「act03 予兆」

 次に目を覚ました時、最初に目にしたのは見知らぬ真っ白の天井。上体を起こして周りを見ると、なんてことはない。自分の知っている部屋と作りが似ていたのだ。


「ってことは、ここはシューメンヘルか……」


 ユゥサーと初めて会って、一ヶ月間過ごした王城の一部屋におそらく寝かされていた。起き上がろうとするとズキンッ、と激しい頭痛に襲われる。そこで初めて気付いたが、上半身は全体的に包帯でグルグル巻きになっており、余程酷い怪我だったのだろうことは想像できてしまう。若干視界がぐらつくのは血が足りていないんだろうか。外の様子が気になるが、立ち上がろうという気すら起きないほど衰弱しているらしい。全く人間の身体は不便にもほどがある。


 ——ズキンッ。


「ぐっ……」


 頭をハンマーででも殴られているのかと錯覚するほどの頭痛。これはたまらん。痛覚を遮断しよう。


「……よし」


 痛みなんて無視できてしまえばどうということはない。ほかほかに温まったベッドから起き上がるとパンツ一丁であることに気付く。そうか、この季節になると流石に寒くもなるか。自分の服はと探していると、扉を叩く音が聞こえた。入ってくる人物は声など聞かずとも察知くらいできる。


「入るわよ、ガイナ……、ってアナタいつの間に起きてたのよ!?」

「ん、いまさっきだよ。オレだっていつまでも寝てるわけにはいかないしな。ところでオレってどれくらい寝てた?」

「…………アナタ、ホントにガイナ?」

「ん、そだケドどした? それより何時間くらい寝てたんだ? いつの間にかシューメンヘルに着いてるんだからビックリしちまった」

「っ……。一週間も寝てたわよ。まあ、アナタが起きてよかったわ。朝食持ってきたから食べなさい」


 言われてみれば二人分の食事を持ってきている。いつもコイツもここで食べていたのだろうか。


「それにしてもよくオレが起きたってわかったな」

「知らなかったわよ。さっき驚いてたじゃない」

「それもそうだった。じゃあなにか。いっつも持ってきてくれてただけか」

「いつ目が覚めてもいいようにね」

「オレが目を覚まさなかった時は? その食事、捨ててたのか? 勿体無い」


 食事は人間らしい楽しみの一つだ。それをいつ起きるかわからないヒトのために用意しているというのは正直感心しないな。


「まさか。ワタシが全部食べたわよ」

「それを全部か? ははっ、オマエってばそんなに大食いキャラだっけか?」

「…………やっぱりまだ頭がおかしいみたいね。寝ていなさい」

「あぁ、いやいや、寝るケド食事くらいはさせてくれ。知識としては知ってるケドちゃんとこの口で味わってみたいんだ」

「ヘンな人。まあいいわ」


 そう言って出されたのは一つのプレートに焼いたパンとシーセージ、目玉焼きになんか名前の知らない豆が入っているスープ。外を見れば今が朝だとわかっていたが、こんなテンプレみたいな朝食が出てくるとは思っていなかった。


 それでもここにある一つ一つが未知の体験。知ることこそ人間の美徳だよ。


「それにしても絵にかいたような英国朝食だなこれは」

「エイコク?」


 む、伝わらなかったか。それも仕方がない。この世界には国と呼べるものはこの王都シューメンヘル以外に存在しないのだから。この喜びを誰かと共有できないのはなんとなく面白くないが、それはそれとして。


「ではいただきますっ!」

「はい、召し上がれ」


 パンの焼き加減は抜群、少し焦げている部分があるくらいが一番美味しそうだ。ちぎってまずは一口。とても美味しい! もう一つちぎって今度はスープにつけて浸してから口へと運ぶ。


「う、うまいっ。この豆も、うまいっ! いや、やっぱり食事っていいな!」


 目の前の女魔法使いが何か言いたげだが、それは無視しておこう。今はこの食事の感動に勝るものはない。


「ソーセージは非常にジューシーだ。噛んだ瞬間にパリッと音を立てて、口の中を満たす肉汁。目玉焼きも濃厚と言わざるを得ない。このソースも合う。これは、目玉焼き用に調合されているのか? 流石に王城で提供されるものは手間がかかっている。いやあ、命のありがたみを感じるよな」

「うん、まあそうね。ここの料理は王族に提供されるようなものばかりだから当たり前に一流のものが揃うのでしょうね」


 確かにどの料理も極上の出来で、朝から三食これが食べられたならそれだけで自分は満足できるだろう。


 ——ズキンッ。


 っとに空気の読めない子だ。楽しい食事の最中なんだぞ。


 ——ズキンッ。


 あーはい、わかったわかった。もう限界なんだな。食べるもの食べたら寝ることにするさ。


 大急ぎで朝食を平らげると添えられたコーヒーを飲み、


「ごちそうさまでした」


 っていうんだろ? 知ってる知ってる。


「オレはまだ体力が戻ってないから寝るわ」

「……わかったわ。また夕方に起こしにくるわね」

「あぁ、おやすみ」


 それだけ言うと不満そうに部屋から出ていく。やれやれ、中途半端に神気を纏っているヤツがいると居心地が悪い。


 ——ズキンッ。


 わかった。わかったよ、眠るって。それで話の続きをしよう。






 その日、ガイナは目を覚ますことなく。それどころか厄災獣タナトスの封印が解かれる年末まで起きることはなかったんだ。

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