「act01 森の中で」

「ッ!? ガイナ!」


 驚き、思わず叫んで上体を起こす。そこは洞窟の中などではなく、森の真ん中に建てた絶えず氷の中を火が流れていて寒さを感じない親切設計の氷のテントの中である。大きな声を出したというのに隣で悠長に寝息なんてかいているガイナが確かにいた。それが何故かたまらなく嬉しくてその顔を胸に抱いて、少しだけ涙を流す。


 しばらくしてなんであんな夢を見たのかと考えたが、今ではすっかり夢の内容すら朧げになってしまっている。よくある悪夢の一つ、今日見てしまったのはその中でもとびっきり悪いモノだったのだと胸を落ち着かせる。


「……ふぁ、ふわあ。…………ねむっ」


 魔力量が桁違いに多いとはいえ、今は氷のテントをガイナ&自分用とキール用の二つの氷のテントを用意しているため魔力の消耗がそこそこあるのと、をしたのだからそりゃあ疲れもする。


「ったく、獣かっての……。まあ、そこも可愛いけれど」


 いつの間にかに読心魔法も効かなくなるくらいにまで成長をしていたガイナの額に小さく唇を押し当てると、念のため周囲の索敵をする。自分達以外の魔力反応が近くにあれば起きれるようにはしているが、せっかく一度目を覚ましたのだから今度は少し広い範囲で索敵をしてみることにしよう。


 ——よし、周りに異常はなし、と。なにもないに越したことはないけれど、ここまで何もないと少し拍子抜けね。


 ちょっと前にカナメから忠告された『厄災の子が周辺で発生している』という情報。出ないならそれでいいが、なんかこう張り合いがない。


 王都からアトランティスへ向かう時はユゥサーが足を用意してくれていたので三日程度で済んだが、今の移動手段は徒歩しかないのでかなりの時間がかかっている。アトランティスを経って早二週間、あと二日も歩けば王都シューメンヘルへと辿り着くはずだ。


 ——とにかく少しだけでも休まないと。ワタシのせいで到着が遅れるなんてゴメンだわ。


 そう思い、腕を放り投げ思考を手放す。


 …………。


 ………………。


 ……………………。


 …………………………。


 ………………………………。


「眠れん!」


 中途半端な時間に起きてしまって覚醒してしまう、そんな誰にでも経験があるような状態である。次の日が休みならよいが、予定があるならとても辛いアレだ。


 ——仕方ガないわね。見張りがてら散歩でもしましょうカね。


 そう決めると起き上がって夜の森を歩き出す。夜の森は静かなもので、あと二か月もすれば厄災戦が始まるのだという事実をつい忘れてしまいそうになる。


 と、何かの気配を感じて視界を横にやると、そこには手のひらほどの大きさの妖精フェアリーと自分の腰くらいの小鬼ゴブリンがこちらを木の影から見ていた。


 妖精フェアリー小鬼ゴブリンはどちらも魔族と呼ばれる部類の生き物だ。普段は人前に姿を見せることもなく、森の奥深くでひっそりと生活をしていると言われている。遺跡だとかそういう歴史が深いところにいるとされ、人生に一度お目にかかれたら幸運だと言われるほどに珍しいもので、少なくとも自分が生きている中では人を襲ったとか街を荒らしたとかの話は聞いたことがないくらい温厚な種族だ。


 やがてこちらの視線に気が付くと、でも見たかのように奥の方へと逃げていく。


「……あぁ、ココにはこれがアったわね」


 そう言って触ったのはすぐそばにあった大樹。自分の十倍はあろうかという大きな、大きな樹。こんな樹があるところであれば魔族が住み着くのも納得というもの。


「っと、スコし遠くまで歩キすぎたかな。そろそろもど——」


 言葉はそこで途切れた。そんな言葉を吐くことすら許されない存在がすぐ隣に立っていたからだ。呼吸すら忘れてしまうような存在。それを見て明確に認識してしまったら拮抗状態も崩れてしまう予感がする。


 ——隣から魔力は感じない。それは何故。隠しているからに決まっている。魔力の塊みたいな存在がソレを隠すことができるのか。隠せているからこうして隣にいる。それじゃあ気付かなくてもしかたがない。いや違う、途中からガブリエルが漏れていた。アレは彼女なりに忠告してくれていたってことにやっと気づいた。それに今気が付いたからといってなんだというのだ。今すぐここから離れろ、それしかない。その瞬間に攻撃されたら終わりだ。なら先に攻撃するのが正解か。もしかしたらあちらだって気が付いていないかもしれない。なら急いで離れれば問題ないか。そううまくいくものか? ならばどうすれば——


 思考が凍り付いている間に隣では少しずつ魔力反応が姿を現している。ソレに恐る恐る視線を移すとその黒く、禍々しいモヤがかかったような身体がはっきりと見えていた。紅い瞳が特徴、その凶悪性から死を司る神の名を与えられた獣の子、その一つだ。

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