「act17 ラブコメ」
「…………なんだ、これ…………」
街の外れにあった墓地にユゥサーを弔った後、カナメに指定された通りの場所に行ってみれば確かに家らしきものはあった。だがそれは家というより屋敷、いや広義では屋敷も家なのだが所謂普通の家を想像していた一行はぽかんと口を空けていることしかできなかった。
とりあえずここで本当にあっているのか、受け取った鍵を扉に差し込み、回すとガチャリと開錠された音が響く。
「マジでここかよ。俺様ビックリだぜ」
観光の街に似つかわしくないわけではないが、こういうのは宿施設として利用されているのが一般的だと思う。それを個人で持っているなんて、実はかなりのお金持ちなのか?
「……どうする? これ、勝手に入っていいのか? ラスティーナさんは音もなく何処か行っちゃってたし……」
ラスティーナ、という名前がガイナの口から出て(無意識に)ガブリエラは彼を睨みつける。
「あーあそーですか、どうせワタシは頼りないですよーだ!」
「誰もそんなこと言ってないだろ!」
「暗にそう言ってるってわかりなさい、このバカガイナ!」
「バカってなんだバカって!」
「あら、バカって意味がわからなかったのかしらぁ?」
「そんなの俺でも知ってらぁ! それにバカって言ったヤツがバカなんだぞ!」
「ムキー!」
「ちょっとお前ら落ち着けって! 今のガイナの発言には確かに問題あったけどよ、最初に相手を罵倒したのはガブリエラだろ? ならさ、両成敗ってことで収めて、な?」
『この場合、どっちもどっち、ということだと』
「アナタ達は黙ってて!」「お前達は黙って!」
「…………お前ら人ン家の前で何をやってンだ?」
声をかけたのはいつの間にか後ろに立っていたカナメ。やれやれ、といった具合に扉に刺さったままの鍵を引き抜いて家の中へと入る。その扉を閉めない、ということは入れと言っているのだろうか? 最初からそうしろと言っていたのは言っていたが、何故そうするのかそういえば聞いていない。
とはいえ、だ。そのまま突っ立っていては何も話は始まらない。三人は互いの顔を見合わせて唾を飲みこむと恐る恐る中へと入っていく。
中は外装通り豪華な造りではあったが、それにしては物が少なく無駄なスペースが目立つ。
「こっちだ」
案内されて入った部屋にあったテーブルや椅子も簡素な造りのどこにでも売っていそうな物ばかりで、なんかこう、感覚がバグる。
「そこ、テキトーに座れ。言っておくが茶なんて出さねェからな。つーかねェし」
全員が座ったことを確認してさてと、と腰を構える。数秒の沈黙、それを破るように、
「テメェらこれからどォするつもりだ?」
こう言ってきた。なんのことはない。これからの方針を聞こうとしたのだ。だが——
「わからない、というのが正直なところね。勿論ワタシは厄災戦に参加するつもりだけれど、それをコノコ達に強制する気もないし」
「ちょっ、ここまで来てそれはあんまりだろマリン!」
「だってそうじゃない。ガイナ、それにキールもお兄様が死んだことでかなり心にダメージを負ってる。たかが一人死んだ程度でその調子なら本格的な戦いになった時、アナタ達はきっと耐えられない。そうやって死なせてしまうくらいなら、ワタシ一人でも戦うわ」
……確かに。人の死に触れたのは初めてだ。それがどれほどに恐ろしいものかを身をもって体験した。ユゥサーの死の臭い、自分が人の胸に突き立てた剣を感触、それらを思い出すだけで手足が震え、背筋を冷たいものが奔り、胸が苦しくなる。
……確かに。厄災戦は一人どころではない、もっと多くの人が死ぬだろう。そしてその中に自分が含まれないという保証は一切ない。
……だが。聞き捨てならない言葉を聞いた。
「たかが一人、だと?」
……確かに『世界』という大きな単位の中では人一人の生死など些細な問題かもしれないが、一個人誰しもが持っている『世界』の中で、それは確かに大きな一だったはずだ。特にガブリエラはそうだったはずなのに。
「撤回しろ! いくらお前でもあのヒトを蔑ろにすることは許さ、ない……?」
ガブリエラの肩が大きく跳ねる。違う、彼女だって苦しいのだ。たった一人の兄をわけもわからないところで失っているのだから苦しいわけがない。本当は今でも大声で泣きたいはずなのだ。
「でも、だって、アナタ達には理由がないじゃない! 命を懸けて戦うだけの理由が! なのにワタシ達の都合で振り回して、戦わせるなんて、できない……。大切な人を、失くすのはこんなにも辛いんだって知ってしまったら、もうワタシはアナタ達に戦えなんて言えないのよ」
「っ、俺には戦うだけの理由、が——」
「世界を知りたい、って? そんな好奇心だけで命は懸けられない。そんな理由で死なれても、ワタシ、迷惑よ。目覚めが悪いったらないわ」
それもそうだ。そんな理由では他に命を懸けて戦いに向かう人に失礼かもしれない。最初はそれでもいいんだと思った。だって人が命を何に懸けるかなんてそれこそそれぞれだ。ガブリエラのことだ、本来ならそれでも良しと思っていたのかもしれない。
だが本当の死を目の前にして、それは覆された。大切なモノを失って初めて、自分がどれほど浅ましかったのかを理解してしまった。
——でも、それだけじゃないだろう?
——そうだな。俺はこれまでの旅で色々な人の心に触れた。人の感情を、想いを、底の底から汲み取れ。
そして一つの当たり前で、単純な答えに辿り着く。
「——俺を、死なせたくない……?」
「ッ!! えぇ、そうよ。何か悪いかしら!? これ以上誰に死んでほしくないと思うのは当然でしょう? それがアナタならなおさら。結局特別な力を持っていようと、今まで普通に生きてきただけの人間の手を借りるくらいならワタシは一人で倒れた方がマシよ」
カチン、と。頭の中で何かがキレる音が聞こえた。
——一人で倒れた方がマシ?
「——カじゃねぇのか」
「あァン? 何か言いましたかー?」
「バカじゃねぇのかって言ったんだよこのバカ!」
「またバカって言った!」
「あぁ、何度だって言ってやるさ! バカバカバカバカバーーーーーーカ!」
「あ、アナタって人は——」
「っんなもん俺だって一緒だってまだ気付かねぇのかよ!」
呆気に取られる。ガブリエラの瞳と口は開いたまま塞がらない。
——あぁいいとも言ってやる! 俺にだって譲れない
「確かに始まりはただの好奇心だった! 真剣に世界を救おうって思ってるヤツにとっては甘いなと、舐めてると思われても仕方ないさ」
——それだってボクは悪いとは思っていないけれどね。好奇心とは人間の活動力の源だ。それを失った人間はもはや生きていると、そもそも人間と呼んでいいのかな? ボクは少なくともそう思っているよ。
ま、ボクの矮小な価値観で語れるのはこの程度だけれどね、と小さく付け加える。
——うるさいな、今は黙ってろ。お前に構ってる暇なんてない。
「でもな、俺はそれ以上に今、未来永劫お前を失いたくない。俺が今戦いたい理由は世界を救いたいとかそんな大層なものじゃない!」
「えっ、えっ?」
「今更言葉にしないとわからないか? 俺はずっとお前と一緒に居たいって言っているんだ! お前が、マリンが居るところに居たいんだ! あぁそうさ、ここまできても結局は自分の欲望のためなんだよ。とっくにマリン・ブリテンウィッカという人に惚れてるんだ。この気持ちだけは誰にも甘いだなんて言わせない。いいか、耳の穴かっぽじってよーーーーーーーーーく聞けよ」
「えっ、あっ、ちょっ待って——」
——誰が待ってやるものか。待つ必要もない!
「俺はマリンがだいっっっっ好きなんっっっっだああああああ!!!!!!!!」
沈黙。ガイナは一人満足している。
沈黙。ガブリエラは恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めて俯いている。
沈黙。キールは何故かイキイキとしている。
沈黙。カナメはただの惚気をどうでもよさそうに存在感を消している。
「そ、そりゃあさ?」
一番最初に口を開いたのはガブリエラ。真っ赤な顔で毛先を指でクルクルさせながら、
「ワタシだって、い、一緒に居たい、けれど。それ以上に大切な人を失うのは嫌なの」
「そんなの俺だって同じだって言っただろ。頼む、俺を一人にしないでくれ」
再びの沈黙。ガブリエラは大きくため息をつくと、ガイナを真っ直ぐに見て、
「……覚悟はあるのね?」
「そんなのとっくの昔にしてる」
「わかったわ、わかった。ガイナに惚れちゃったワタシの負けね」
「マリン……」
「ガイナ……」
ごほん、とカナメの咳払いが聞こえて二人は現実に引き戻される。よくよく考えたら二人の前で堂々と告白したし、されたしで……撤回、よくよく考えなくても恥ずかしいなこれ!
「さァて、これでクッソ恥ずかしい方針が決まったわけだが、キールはそれでいいのか?」
「おう、俺様だって元々は一人の惚れた女のために戦うって決めてたからこいつらが行かなくても行くつもりだったぜ」
『その女の名前を他のモノに付けちゃう最低な人がいるらしいですよ。浮気ですね』
「いちいち辛辣だなお前!」
そこの漫才コンビは置いといて取引だ、とカナメ。取引という単語が出てきて三人は身を固める。それは、どういう取引なんだろうか。
「そうかしこまるな。オレの持ってる情報をいくつかやる。その代わり、ガイナ、テメェはオレの質問に一つ答えろ」
男の口から出たのは驚くほど簡素で、一見こちらにしかメリットがないような話だった。まあ、それも質問の内容によるわけだが。
「まあ、答えられる範囲なら」
「上等。ガイナの母親ってどンな人だった?」
「————」
それはあまりにも突飛な質問で、自分の中に解があるというのに言葉に詰まってしまう。言葉のまま受け取って素直に答えろ、というカナメに敵意のような負の感情は感じなかったので、一言だけ。
「知らない」
と答えた。それは本当のことなのだから仕方がない。物心ついた時には家族と呼べるのは父であるマキナしかおらず、母親の顔どころか声、感触すら覚えがなかったのだ。父に一度聞いたことがあったが無言でスルーされてしまった。答えたくないことには無言を貫くのでそれ以上追及しても無駄だと思って今まで忘れていたが、そういえば自分に母親なるものはいたのだろうか。
「ま、人間ってのは一部例外はあるだろォが、母親の腹から生まれる
そんな一般論を説いて、ありがとな、とだけ言って何やら考え事をする。そんな態度をされると気になるのが人間の性。思い切って聞いてみたものの返答は「オレも詳しいことはわからねェ」だけだった。……これ以上追及しても無駄なようなので、再びこの事は頭の隅にやる。
「俺様腹減った」
なんの脈絡もなく言いやがったよ。カナメは呆れるだろうなと見たが、意外にも同意をしてくれたようで、
「腹減ってちゃ確かに回る頭も回らねェ。そこらでテキトーに買ってくるが——」
「そういうことならワタシが作るわよ。こう見えても料理、できなくはないし。なにかリクエストはあるかしら?」
料理ができるとは知らなんだ。
「……じゃあ、クリームシチュー」
それは無意識に言った言葉かもしれない。カナメが知っている限り、この世界に似たような料理はあってもこの単純で簡単で美味い料理はなかった。ということはこの名前を言われたところでガブリエラはわからない、ということになる。
「……わりィ、やっぱなし——」
「いいわよ」
カナメは驚き、一瞬だけ泣きそうな表情になったかと思えばお金を投げ渡す。
「テメェ、材料とか調理法とかわかってンだろォな?」
「うん、任せて。じゃあ行ってくるわね。ガイナは荷物持ちとして同行するよーに」
「へいへい」
「お二人ともいってらー。そのくりーむしちゅー? ってのがどんなものかは俺様わからんからここでお留守番してるぜ」
『とか言いつつお二人に気を回すマスターでした。流石マスターですね、気遣いのカミサマです』
「お前は俺様を褒めたいのかおちょくりたいのかどっちだ!?」
漫才は放っておいて、だ。とりあえず今から腹ごしらえのための買い出し班ガイナ、ガブリエラ。家でお留守番のキール、カナメに分かれることとなった。
「じゃあ、行ってくるわね」
「おう」
——あァ、夢を見ているような感覚だ。また、こうして——
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