「act16 虚しさ」
初撃はキールを覆う魔術展開式自律兵装『アイカ』が放った魔力弾。威嚇射撃(当たっている)は眼前の敵を十数メートル吹き飛ばすほどの衝撃を生んだ。そう、威嚇射撃でだ。普通の人間なら当たり所が悪ければ絶命してしまうほどの衝撃でさえ『アイカ』にとっては警告程度のようなもの。とはいえこれは普通の魔法使いが使うにはあまりにも燃費が悪すぎるのだ。そこでキールはこの世界の空気に溶け込んで漂っている魔力を
『さて、初撃は威嚇射撃です。貴方がここから素直に立ち去るなら見逃すのですが』
否、見逃す気など毛頭ない。これで戦意喪失して帰るところを後ろから容赦なく構えた主砲で撃ち抜くつもりでいるがその戦術を提案した『アイカ』自身が叩き出した成功確率はほぼゼロ。それは相手もわかっているのか、それとも本当に単純に感情的になっているのか、
「ボクがこの程度で引くと思ってい——」
『勿論、思っていませんよ』
もう一発副砲を放つ。相手の意識外から撃つなら威力重視の手法よりも速射できる副砲が重宝される。
「こ、んの、許さん!」
格下だと見下している相手からコケにされたらどんな高尚な人だろうとイラっとくらいするはずだ。そして戦いにおいて精神の乱れは致命的、そこを正確に戦術的に突く。まっとうな人間であれば少しくらいは躊躇してしまいそうなことでも淡々とこなしてしまうのが『アイカ』。これと共に行動することで人間でありながら非人間的で効率的な思考をキールは手に入れたのだ。
黒い影が肉薄してくる。十数メートルの距離を詰めるのに二秒だって必要はない。
だが、それは熾天使いにとっても同じこと。たかが影を迎撃するのにそれこそ二秒も必要はない。
「灼式」
高位な魔法使いほど
「
蒼く美しく、なによりも残酷なそれは迫る影を完膚なきまでに焼き尽くす。本来ならばウリエルの権能魔法、それを劣化とはいえコピーできてしまっている。これこそがガブリエラの才能、いや彼女が手に入れたもう一つの自分。
敵も驚いていたがなにより驚いていたのは——
「ガブリエラ……、テメェ、火属性も扱えやったのか!?」
「え、ええ。本当なら火の方が才能があったらしいわ」
口に出して否定することはなかったがカナメはなんとなくそれは違うと思った。確かに一部例外は三属性以上の魔法を扱えるが彼の目から見れば少なくともガブリエラはそういう特性は持っていない。なら考えられる可能性は元から『マリン・ブリテンウィッカ』には水属性の才能があり、火はなんらかの理由で後付けされたものだと考えた。
……あくまでただの希望的観測だが、それでも少しだけ信じたくなった。とっくの昔に失われたそれがあると。
「ガブリエラ!
言われた時ガブリエラはなんのことかわからなかった。しかし本能がその言葉を理解していた。だって、今まで何回もやってきたことだったから!
「えぇ、わかった! ワタシについてこられるかしら?」
「!? ……誰にモノを言ってやがる、テメェがこちらに合わせろ!」
無意識に口角が上がったのがわかった。こんな感覚は久しぶりだ。目の前には敵がいるというのに胸の高鳴りが止まらない。
「「
二つの声が重なる。刹那、ガブリエラの手のひらから蒼の炎がいくつも放たれた。それは真っ直ぐに影へと襲いくるがそんな直球が通じる相手ではない。
「こんなもの、バカにしているのか?」
そう、直球ならば。
炎は一つを残して全て何かに吸われるように消滅、直後影の八方を覆うように展開された。その一つに気を取られ周囲に展開された蒼炎に対応するのが遅れたのだ。
「そうか、転移の使い手がそこにいた——ががががああああああああああ!」
じっとり。肉を焼いた焦げの臭いが鼻を刺す。そこにある肉は焼かれ続け、ただ悲鳴をあげる発声機となっている。充分すぎるほどの火力を叩きこんでいるはずだが、それだけで終わるとも思えなかった。影は炎を振り払うと駆け、一、二と拳を振るう。不意を打たれたガブリエラは咄嗟に反応ができず——
——間にあわ……ってアレ? コイツの動きが遅く見える?
正確に言えば世界の動きが全てゆっくりに感じていた。
——ガイナの
相手が遅くなっているわけではない。かと言って自分が早く動けているわけでもない。ただそこには『時間』という差があるだけ。なんとも不可思議な感覚で意識していると感覚がズレて酔ってきそうだった。
しかし時間は目の前の敵より猶予があるものの、いつまでも考えている場合でもない。いつもガイナが感じている感覚はこういうものか、と拳を避ける。そして拳を思いっきり振りかぶって!
「ぼぐっ!?」
熾天使を
「ガイナ!」
「どうだ、俺だって成長してるんだぜ!」
ガブリエラが思うのは変だがガイナの才能も規格外だとつくづく思い知らされる。そう思っている間にガイナの姿が消えていた。消えていたは正確ではない。百数メートルも飛ばされた敵の背後で剣を構えていた。これは一秒の中に五秒を作っても間に合う速度ではない。つまり——
「創造時間が増えた!? 全く、どこまでアナタは成長していくのかしら!」
慈悲はなかった。
躊躇もなかった。
そこにあるのはただ目の前の敵を倒すという思考のみ。
ガイナの存在に気付いたそれは叫んだかもしれない。だがその叫びは上げられることはなかった。それよりも早く、脳が叫ぶという指令を発する前に胸を一突き。それだけで黒い影は動かぬ肉となっていた。
「…………終わった、のか?」
「チッ、殺すのが早すぎンだろォが。覚悟決まりすぎだってンだ。それとも感情に任せてか?」
終わってしまえばあっけない。カナメは彼から何か情報を得ようと考えていたようだが他の三人はそれを考える余裕すらなかったらしい。
「まァ、いい。オレの目的はどのみち達成されてたンだ。これ以上の報酬は贅沢ってヤツか。おい、コイツをテキトーに処理しておいてやるからテメェ達はウリエル、って今はウリエルじゃねェか。ユゥサーを弔ってやれ。……この世界ではどう処理するのが正解なンだ? 土葬か、火葬か?」
「カソウ……、はわからないけれど埋めるのがセオリーね」
「ンじゃそっちは任せた。あの街にはオレの拠点がある。東から入って三番目の曲がり角を左、そこから五分くらい歩いたとこに屋根が赤い家があるはずだ。そこで待ってろ」
ガブリエラに家の鍵らしきものを渡して今さっきまで動いていた肉を抱えて虚数へと潜り込む。その場にはキール、ガイナ、ガブリエラ、そして穏やかな顔で眠っているユゥサーだけが静寂と共に残された。
激情に任せて動いていたが今更になって自分達がしたことの重大さに気付く。人を一人殺されたといえそれを殺してしまえば殺した相手と同じ格に落ちてしまう。
「くそっ、全然、スッキリしないじゃないか……」
ガイナはまた一つ学んだ。復讐、その虚しさ。どうしようもない、このやるせない気持ちを。
そう、こんなことをしてもあのユゥサーは帰ってはこないのだから。
——ま、カレがあんな程度で死ねるようなタマではないけれどね。
ガイナの中の何かがそう、呟いた。
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