「act09 始まりは普通の少年で」

 俺の名前は盾城要たてじょうかなめ、〇〇という国にある偏差値五十より少し下くらいの〇〇高校に通っているごく普通の少年だ。瞳が生まれつき薄く赤色で行く所々でカラコンを入れていると思われてちょっと大変なことが色々あったけど、まあ普通に楽しい日常を過ごしていた。


 家族構成は父母、オレと妹の澄海まりん。決して裕福というわけではなかったが平均的な生活水準を満たした普通の一般家庭だったと思う。


「もーう! お兄ちゃんまた喧嘩してきたでしょ!」

「だっから、あっちから突っかかってきてんだから俺は悪くねぇ!」


 瞳の色と目つきの悪さのせいでガラの悪いヤツに絡まれることなんてしょっちゅうだった。最初は一方的に殴られて終わりだったが痛いのは嫌なので多少身体を鍛えるようになり今ではそこらのチンピラ二、三人程度になら辛勝できるようになってしまっている。


「お兄ちゃんって不良なの? って聞かれるこっちの身にもなってよー」

「む、それは……ごめん」

「はい、わかればよろしいです」


 このやりとりもほぼ毎回定番になってきている。毎回本当に申し訳ないとは思ってはいるもののボロボロになって帰ってきた時の顔を見るのが嫌で結局やられたらやり返してしまう。自分と違って頭が良く可愛くて家族思いのいいやつだ。兄としてとても誇らしい。


 ……まあ妹自慢は置いといてだ。そんなこんなで大なり小なり色々なことが起こりつつも変わらぬ日常を過ごしていたのだが高校二年の春、少し遅めに入部したテニス部の部活動帰りに人生の転機を迎える。


 いつも通り夜暗い道を帰っていた時だった。何か後ろからついてきているような気配を感じて足早に歩く。不審者が湧いてくるのは何故か決まって夏、そういう輩が出てくるには少し早くないか? となればこれまたいつも通りのチンピラか。なら対処のしようもある。


「おいさっきからなに追ってきてんだ。わかって——」


 振り向いて顔を見た俺は一瞬自分の見た光景を信じられなかった、脳で正しく処理できなくなっていた。


「……ったく、俺は一体いつから夢ぇ見てんだ?」

 振り返ったら風貌は多少違うものの自分と瓜二つの顔を持つ青年が立っていた。

「夢なンかじゃねェぜ」


 声まで瓜二つときた。世の中には三人自分に似た人間がいるというがそれと遭遇するにはあまりにも確率的に奇跡だし、ちゅーか似てるとかいう次元の話でもない。根拠はないが直感でとわかってしまう。


「本能的に理解しているだろォがオレはテメェの、並行世界のテメェだ」

「あーっと、えー、漫画の読みすぎでは?」

「確かに急に言われても納得はできねェわな。だが事実だ」


 嘘を言っているようには聞こえなかった。信じられないがあくまで本気らしい。


「で、その並行世界の俺が何の用なわけ? この先何かが起こるかもしれないから忠告しにきてくれたとか」

「いいや、殺しにきた」

「そりゃあ親切なこっ……。今なんて?」

「テメェを殺しにきたつってンだろォが」


 今度こそ思考が凍り付く。俺を殺しに来た? なんのために? こっちこそあまりに現実味がない。しかし殺しにきたという男の赤い血のような瞳が嘘は言っていないと真っ直ぐに語っているかのようだ。


 まだ暑い季節でもないというのに全身から汗が噴き出る。心臓の鼓動が早まる。震えが止まらない。言葉が詰まって喉から発することができない。


「ようやく現実を理解したか」

「な、なんで俺なんだ……。なんで俺が殺されなきゃならないッ!」

「そんなの

「……本当にそれだけ、なのか?」

「それ以外に逆に何がある。見たところ平凡な少年みてェだが他に恨まれるようなことでもしてたンか?」

「…………喧嘩を少々」

「………………ンな習い事を少々なンて軽さで言うようなことでもねェと思うけどよ。まァ、いいか」


 今から殺すからどうでもいいやという感情を感じる。


「待ってくれ! い、妹が、妹がいるんだ。あいつを残して死ぬわけには——」

「妹? あァ、か」

「————」

「嘘だと思いてェか。なら見せてやる」


 男が手を振り下ろすと自分の隣にぼとり、という生柔らかいものが地面に落ちる音が聞こえた。心臓の鼓動なんて早まっているのか遅いのか感じられない。下を見てはいけない。見たら自分の中の何かが決定的に崩れるような予感があった。


「はぁ……、はあっ……」


 眼球だけを動かす。女性のような足が見える。履いている靴が偶然か去年の誕生日に澄海へ送ったプレゼントと酷似していた。次第に呼吸も大きくなる。


「どうした、早く見てみろよ」


 目の前の男は少しだけイライラしているのか鋭い口調でそう言う。


「はあ、はあ……。っ……、くっ——」


 首を動かして下、女の顔を見る。


「そぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 同時に駆けだす。並行世界の自分だと名乗る目の前の男にめがけて拳を振るうために。


 もはや恐怖はなかった。否、恐怖はあったかもしれないがそれ以上に大きな黒い感情が視界を、思考を埋め尽くす。


「うおおおおおおおおおおおおお——」


 だが続きはなかった。


 拳が届く前に二メートルはあろうかという槍のようなものに腹部を貫かれ一歩も動けない。喉にあがってきた鮮血を力なく吐き出すとその場に倒れこむ。


 こんな意味のわかんないことで死ななきゃならないのか。結局なんで殺されなきゃならないのか理由もよくわからないままだった。


 ——あぁ。ごめんな。


 最後に俺が見たのは——




ここで盾城要の人生は終わり。

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