「act05 Buddy_of_Keel」
食事後ウリエルの用意した宿で一晩を過ごして朝を迎える。一ヶ月前から繰り返してきた日々と同じだ。
ただし。
今回は場所もやる修行も違う。今までキールとガイナはセットにされてきたがこれからは一人一人で見てもらえるのだ。
さて、問題がここで一つ。今まではセットだったからラスティーナの蘇生で文字通り死ぬほどの修行にも耐えられたがそれぞれ三人の修行は離れた場所で行う&ラスティーナの視界の範囲しか蘇生は発動しない関係上、必ずしも彼女の援護が受けられる状況ではなくなっている。実践通り死ねないということ。
それが当たり前なのだが死と隣り合わせの緊張感は若き少年少女、血筋が特別なだけの普通の少年なキールには特に重すぎる。
——正直嫌だった。逃げ出したかった。じいちゃんが凄い人だったってのは聞いてはいたけどそんなことは俺様には関係がなかった。なんだって十八年間普通に過ごしてきたただの少年がこんな世界規模の厄災に、それも最前線で立ち向かわなきゃいけないんだ。
勝手に呼び出されて勝手に修行させられて『お前の弱点は実戦経験の無さだ』なんて言われても『そりゃあ当たり前だ』としか言えない。こんなことなら学校で良い成績を残すために全属性の魔法なんて使うんじゃなかったと今でも後悔してる。
それでもこの大役を引き受けたのは守りたい世界があったからだ。この世の中全てのことを守るなんて大層なことは考えていない。自分が大切だと思えるのはせいぜい自分の手の届く範囲、ぱっと頭の中で名前が出てくる人間くらいまでの小さな狭い世界。俺様がやらなきゃそんなちっぽけな世界ですら壊れてしまうかもしれないんだ。
なら行くしかない。
お前は戦わなくてもいいんだよと泣いてくれた両親。
お前は俺達の誇りだ、と送り出してくれた魔法学校で一緒にバカやってきたマイク、ケネック。
私達はあなたの帰るべき場所で待っています、と泣きそうになるのを必死に堪えて、それでも真っ直ぐに見つめていてくれたアイカ。
怖いけど。
どうしようもなく足の震えが止まらないけど。
明確な勝算なんか無くってもさ。
俺様は最後の瞬間までは走り続けていたい——
「おい、キール少年」
「えっ、あ、なんですか?」
「ぼうっとしてんな。戦場ではその油断が命取りになる」
少し物思いに耽ってしまっていたようだ。時間は残り少ない。普通の少年には振り返る時間さえ惜しく、満足には与えられないらしい。
ため息をついているが気持ちがわからないでもないのか叱られる程度で済む。
「どこまで聞いてた?」
「ええっとー……。へへっ、何も覚えてないかも」
大きなため息も一つ。とはいえあと四ヶ月ちょっとしかないのだから集中してほしいのが本音らしいが。
「もう一度説明する。キミに足りない咄嗟の判断能力だ。実践経験が少ないというのもあるがそれとは別にキミ元来の性格によるものだろう」
確かに咄嗟の判断は苦手かもしれない。修行初日連携良く戦えていたように見えていたのだって前日に打ち合わせをしていたからであって、それ以降は大抵自分の動きが遅くてどちらかが死んでいる。
——ここまで言えばわかるだろ。前一ヶ月の修行で足を引っ張っていたのはいつだって俺様だったってわけだ——
「あと数ヶ月でそれが直るとも思っていない。ソレは承知で補う手段を用意した」
「補う手段……?」
そう言って見せてきたのは一個の機械でできたリストバンドのようなもの。それをキールの腕にはめてうんうんと満足そうに頷いている。いや、意味がわからんが。
「ソレは自律型思考兼戦闘補助機、というらしい」
「らしい?」
「アレ……ごほん。製作者がそう呼んでいたのでそのまま伝えさせてもらった。ソイツの役割は……。うん、文字通りだ」
「???」
『その疑問には私が応えましょう』
女性とも男性ともとれる中性的な声が聴こえてうわぁあぁああ、っと情けない声を出しながら尻から倒れこむ。しかし驚くのも当然で声は今キールがつけているバンドからしてきたのだから。渡した本人であるウリエルでさえ実際に声を聴くのは初めてだったのか腕を組んだ状態で目を見開いて驚いている。
『思考に乱れが見られます。大丈夫ですか、マスター』
「ひえっ、やっぱりここから声が聞こえるぅ!? え、遠隔で声飛ばしてるのかなぁ? でもそれにしては魔力の線だとか感じないんだけどぉ」
『遠隔などではありません。この私、自律型思考兼戦闘補助機が自分で考え喋っています』
そんなのありなのか。大体機械自体が都市部で見ることはあるかもしれんくらい珍しい代物なのにそれが考えて話すなんてありえるのか。
「しかしソノ名前では呼びづらいな。キミ、名前を付けてやれ」
「状況も呑み込めてないのに名前までぇ!?」
「これから共に過ごしてもらうんだ。呼びやすい名前があった方が便利だろ」
確かに自律型云々を毎回呼ぶのは少々面倒だ。これから一緒にいるというウリエルの言葉から察するに腕にはめてそこから戦闘を補助してくれるってことでいいのか?
つまり文字通り支えでありパートナーになるのだろう。
パートナー、という単語が頭に浮かんだ時ある名前がよぎった。自分を見送ってくれた本当は一緒に居てやらなければならない女性の名が。
「……アイカ、でどうだ?」
『アイカ、アイカ。それは思うにマスターの想い人の名でしょうか?』
「ばっ……、なんでわかっちゃうかなぁ!」
『その名を呼んだ時マスターの心が安心したように落ち着いていたからです』
そこまでわかってしまうのはなんだか気恥ずかしい気がする。
『私には人間で言うところの心というものがありませんが』
「心がないのにここまで流暢に話せるのはすげぇと思うけど」
『愛の歌、というのは良い名前ですね』
別に彼女の名前はそういう意味では無かったが褒められるのは単純に自分のことのように嬉しかった。
『まあ、他の女に自分の女の名前を付けちゃうセンスはどうかと思いますが』
「一番痛いとこ突かれたぁ!」
「うむ、最初は不安だったが心配は無用だったようだな。では今日の修行内容は『アイカとキールの親睦会』である! ではオレは他の用事があるから後は頑張ってくれたまえ諸君」
「えっ、そんな内容なの今回。こいつと二人っきりって俺様のメンタル持たないと思うんだけど!」
『そういうことなら逢引一日目、じっくりと愛の歌を奏でましょう。ま・す・たぁ(はーと)』
「てめぇ絶対感情あるだろ!!!!」
こうしてキールの修行初日はアイカとの対話に費やされたのでしたまる
『俺様だなんて、本当はそんな柄ではないのですね。マスター』
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