第八幕「ありがとうとさようなら」

「act01 夏だ!海だ!水着だ!」

 シューメンヘル王国での一ヶ月の基礎修行を経て次に向かったのは海の街アトランティス。海の街、と謳うだけあって街への唯一の陸路以外は全て海で囲まれたところだ。


 ここは観光業が栄えておりビーチにはこの世界唯一の国に勝るとも劣らないほどの人で溢れかえっている。どこを見ても人、人、人。人とぶつからないように歩くのも一苦労である。


 そしてこの街の一番の特徴はほぼ全ての人が『水着』と呼ばれる特別な衣服を身に纏っていることだ。男性はパンツ一枚だけ、女性も女性でビキニっていう布っ切れ一枚で平然と店の中に居たり遊んだりしている。正直困惑したし目のやり場にも困るが他の人は特に気にしていないのでむしろオドオドしている方が変だと堂々としてみる。


 ということで——


「水着装着!」


 一行は購入した水着を装着して浜辺まで行っていた。ガイナにとっては初めての海。今まではずっと陸ばかりを見ていたが世界はこんなにも水で溢れているのかと感動している。


 世界の七割はこの海と呼ばれるもので構成されているとの話を聞いた時無知なのをバカにされているのかとさえ思ったが、これを見てしまえばそれを疑うことはできなくなっていた。今まで歩いた距離もかなりのものだと思っていたがそんなもの、この世界では取るに足らない範囲での話だったのだ。この街にきて世界の広さを改めて思い知らされる。


「夏だ!」

「海だ!」

「水着だ!」

「ってアンタ誰ぇぇぇぇ!?」


 水色ワンピース(いつもよりスケスケ仕様)を身に纏っているガブリエラは何食わぬ顔で同伴している自分よりぐらまらすぼでーな黒ビキニお姉さんに対して突っ込まざるを得なかった。


 それを聞いた黒ビキニ、もといラスティーナ・パンジーは「あら」と短く言うとうーんと少し悩む。


「私の名前はラスティーナ。短い間だと思うけれどよろしくね妹さん♡」

「かなり腹立つわねこの女。しっかしどっかで聞いたことあるような名前だけれどアンタ何者?」

「この人は不可解な蘇生魔法を使ってた魔法使いだぞ、マリン」


 かなり喧嘩腰のガブリエラに対しラスティーナは年上(といっても三つだけ)の雰囲気で対抗。ガブリエラは単体でいると大人っぽくも見えるが本当の大人と一緒にいると子供っぽく見えてしまう。結局は本人の気の持ちようだったりするのだろうか。


 そんなことはさておきなんとなくバトルな雰囲気が漂いそうだったのでその前にガイナが仲介。キールは後ろからぼうっと眺めているだけで何もしようとはしない。


 俺は俺でこっちに殺意が湧きそうだ。


 さてお気づきの方はいらっしゃるだろうが、現在ウリエルはこの場にいない。なんだか外せない用事だかで今日は一日空けるとのことだった。ウリエル恒例、修行初日は羽伸ばしである。代わり、引率のお姉さんとしてラスティーナはここにいるのだ。


「まったく。一ヶ月だけって契約だったのに追加されちゃって、私想定外にお外が楽しくって帰った後泣いちゃわないか心配だわ」

「別に帰らなくてもいいんじゃないのか? 戦いに参加できなくてもついてくるくらいならできるだろ」


 一瞬驚いたような表情を少しだけ明るく悲しそうに、


「ふふっ、ダメよ。帰らないと偉い人が怖がるから」

「どんな人か知らないけれどさぁ? ガイナぁ? なんだかこのえっちなお姉さんに随分と心開いてるじゃないぃ?」

「へ? あ、いやあ別にそんなじゃないけどなー。別にマリンのこと見てないとかそんなじゃないけどなー」


「あらあら、お若い。そういう相手いないから羨ましいわぁ。ね、キールくん、ってそんなに見つめてどうしちゃったのかしら。なぁに? 貴方まで私に惚れちゃったの?」

「あっ、いや胸が大きくてすごいなって。あと俺様には心に決めた人がいるからそこは心配しなくていいぜ」

「……アナタ、心に決めた人がいるならそんな発言はやめといたがいいと思うけど……」


「俺様も一時期そう思ってたんだけどな。あいつが『最終的に私の傍にいればいい』とか言ってまさかの許可してきたんだよ」

「あら、なんて愛が深いのかしら。そういう相手、大切にしなさいね」

「そ、そんなことはいいから早く海に入りてぇ! こんな大きな水に入るの俺初めてだから! 早く!」

「……ったく、このオトコはホント調子いいんだから。ま、いいわ。ガイナ、あまり遠くまで行っちゃだめー!」


「そんなこと聞いてる場合かね! 止められないよ!」

「ガイナは聞いてる場合よ、ってほおらすぐ足のつかない場所まで! アノコには足がつかない水場があるって概念がそもそも無かったわね」


 ガイナは足早に海へと向かいそれを追いかけるガブリエラとそれを見て後から少しずつ歩く二人。


 ラスティーナは走り出した二人を見てどこか嬉しそうな表情を浮かべているが、それがどこか悲しそうに見えてキールは見ていられなくなった。この人のことは魔法使いであることと仕事でここにいるということ以外何も知らないが、


 魔力を持った生き物はどんな些細な傷口からでも微量の魔力が自然と漏れ出してしまう。それと自分の魔力を吸収する魔法特性のせいで傷を負っているモノの近くにいるとそれが誰か、そしてどのくらい大きな傷なのかというのがわかってしまうのだが。


 ——こいつは身体の表から奥まで傷だらけ。女性としての機能が生きているのかどうかも怪しい……。過去にどんなことがあったのか知らねぇがこれはあんまりだ。


 また視線を向けられていることに気付いたのか振り向き少しだけ笑うとすぐに少年少女の方へと向き直す。


 キールの考えていることに何か気が付いたのか

「貴方が気にすることではないのよ」と笑う。


「私は本来貴方達の物語とは交わることはない世界の人間。ハプニングがあって表舞台に立ってしまったけれど、ふふ。そんな人間のことまで気に掛けるなんてキールくんってば優しいのね。惚れちゃいそう」


 それだ。惚れるだとか愛だとかを語る時だけ何故かその言葉が重っくるしく感じる。そうは思っていないのに本気でそう思っているような気持ち悪さがそこにある。正直この人のことは嫌いにはなれないが苦手だ。


 本当に何者なんだろう。この人は。


「私の本当を知りたいの?」

「……差し障りなけりゃあ」

「じゃあ今の私の状況だけ簡単に説明するわね。私の名前はラスティーナ・パンジー。約十年前に街一つ分の人間を全て殺して懲役九千四百五十年を言い渡された極悪人よ」

「街一つ、だと!?」

「驚いた?」


 驚いたどころではない。街一つといえば軽く五千人は手にかけている。それも十歳の頃に? そんな殺傷能力のある魔法を使えるようには見えないが。そしてここで彼女がガブリエラにフルネームを言わなかった理由がわかった。こんな人間をガブリエラが知らないわけがない。何故かわからないが知られたくなかったのだ。ウリエルが彼女を嫌悪していたのもそういうことかと思えば納得できる。


「刑務……?」

「いいえ、正確には刑期短縮の契約よ。一ヶ月修行に付き合えば百年刑期を短縮してくれると言われたわけ」

「それでも百年。それがなんの足しになるんだ……」

「ちりつもよ。ちりつも。こうやっているといつか出れるかもしれないじゃない」

「……どんなことをしたんですか?」

「言ったわよ。街一つ消したって」

「何で……」

「理由を聞かないと不安?」

「いつ牙を剥かれるかわからないんだ。そりゃあ不安にもなる」

「……ふふ、いいけれどあの二人には教えないでね」


 こっそり。耳元にそっと寄って他の人には聞こえないように小さく話す。その言葉一つ一つに重みがあって胸に重りのようにのしかかり、最後には涙が頬を伝った。


「そんなことってありかよ……。あんたはそれでいいのか!?」

「ふふ」


 少し笑って、少し曇って、そして少し笑って、


「いいのよ。後悔なんてしてないから」

「……でもなんでこんな大事なことを話してくれたんだ?」

「ふふっ」


 また少し笑って、少し曇って、


「だって貴方とはもう会えないと思うから」


 そして少し嗤った。

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