「act07 回想in回想」

 ――僕はリヒート・モルゲンシュテルン、地図にも載っていない、勿論名前もない小さな小さな村で生まれた。好きな食べ物はオレンジ、嫌いなのはトマト。同年代の子供は少なく遊び相手は少なかったけど村のみんなはいつも優しくて色々なことを教えてくれた。昔から不思議な子だったみたいで、泣いたのは今まで産声をあげた時だけだったみたい。


 ある日、魔法使いだったお母さんは僕に魔法を教えてくれた。すると、普通なら半年は修行しなきゃ習得できないような魔法をただの一回見ただけで発動できちゃったんだ。なんか魔法の素養が高かったみたいで、家に少しだけあった魔導書を読み漁ってついに二年前自力で自分だけの魔法を編み出したの。魔力の流れを操作して相手の自由を奪う束縛魔法、名前はいつか旅に出た時センスのある人につけてもらおうと思ってる。


 一週間前、偶然かどこからか僕の噂でも聞いたのかアレイスター・クロウリーっていう魔法使いのお兄さんが村に来た。アレイスターさんは魔法の研究をしている人らしく魔力の効率のいい運用方法とか、僕がルシフェルという熾天使と契約できる素質があるってことを教えてくれた。


 そしてちょうど夕飯を食べ終わってアレイスターさんがこの村から出ていくときに僕の未来を占ってくれたの。そうしたら爆弾の衝撃がこの村を襲うって結果が出て、「心配には及ばない、君なら必ずこの村に生きて帰ってこれるさ。さて、私は準備があるのでこれにて失礼するよ」って言って足早に帰って行っちゃった。かなり急いでるみたいだったから呼び止めることも出来なかったけど僕はこれをその時冗談半分に捉えていたのかもしれない。


 あの人の言ったことが現実味を帯びてきたのは三日前のことだった。突然、今まで現れたことのない野党が村に襲い掛かってきたんだ。魔力は生命力とイコール、どんな生物でも微弱ながら必ず持っているものでそれを操れる僕は当然負けるわけはなかった。僕がどうしてここを襲ったんだ、と聞くと「爆弾の影響内にある村人は全て避難してるから盗みを働くなら今が狙い目だって言われたんだ」と息苦しそうに言った。こういう人たちに素直に話を聞くには臓器の働きを抑制して酸欠状態にするのが手っ取り早い、と頭に声が響いたのでその通りにしたらすぐに話してくれた。この声の主は誰だったんだろうか、とそこは今問題じゃなかった。


 ……急いで少し離れた村の様子を見に行ったら嫌な予感は的中していたようで、村全体が焼けたのか灰と煙、それに何かが焦げたような臭いが鼻を刺す。一番最初に目に入ったのは大人と思しき人の焼死体、男か女かも判別できないほどに、かろうじて大人だろうということしかわからないほどに徹底的に焼けていた。身体のところどころが抉れているのはただ焼けたのではない衝撃が彼らを襲ったということ。しばらく村を歩いていると何かを守るように覆いかぶさっている焼死体を発見した。微かに中から呼吸の音が聞こえた気がして人だったソレをどかすとそこには昔からたまに遊んでくれていたゼタ・サーフスという同年代の女の子が辛うじて生存はしていた。


 治癒魔法には心得はないが損傷個所を魔力操作で把握して応急手当くらいはできるはずと即座に傷を確認したが目立った外傷は見当たらなかった。ではなぜこんなにも衰弱しているのか。これもすぐに判明した。喉を見れば重度の火傷症状が、つまり高熱の煙を吸い込んで内臓が焼けてしまっていたのだ。


「こんなの……、おうきゅう手当なんて、魔法じゃないとどうしようもないじゃないか!」

「お、お空が、ね……」


 話したのはゼタ、いつも聞いていた声色の面影は無く目を瞑っていれば動物が鳴いているのかと思ったくらい掠れたか細い声だった。


「ぱあって、光ってね。そしたらあつくなった、の」

「もおいいから。しゃべらないで!」


 魔力操作でもって心臓を無理矢理動かすことで血流を良くする。そんなことをしたところで火傷がどうにかなるわけでもなかったがこれが小さな魔法使いにできる最善の延命治療だった。


「りてぃー……?」

「……な、なに?」

「いままで、ね。一緒に、遊んで、ね」

「…………」

「ふゅー……。くれて、ね。ありがと……ね――」

「っ………!!!!」


 勿論意味はなかった。そんなことをしようが内側の損傷が治るわけもなくただただ見ていることしかできない。


 命の終わりを感じた時物心ついてから初めて大粒の涙を流した。怒り、悲しみ、苦しみ、様々な色の混じった大粒の涙。紛らわせるように大きな声を上げて、しばらくその場で泣き崩れていた。


 しばらくして立ち上がったリヒートは村へ戻りながら先程得た情報をまとめていた。


「ゼタはって言ってたけど、ぼくらの村からその光は見えなかった」


 確かに全力で駆けても半日はかかる距離とはいえ隣村の空が光ったというのであればこちらからもそう見えていないとおかしいのにそれらしきものを見たという話は聞いたことない。それにあの燃え跡、もしやアレは例の爆弾とやらのせいなのか?


 ……いくら考えても所詮学校にもまだ行けないほどの小さな子供、答えがわかるはずもなく結局わからないまま村へと戻ってきてしまった。


 そして戻ってきた時に遭遇したのがガイナ一行だった。状況もわからなかったから興奮して攻撃をしてしまったが後になって思えば申し訳ないことをしたなという自覚はあったが、色々ショッキングな出来事が多かったせいで感情の整理ができていなかった、つまりは仕方のないことだったのだ。


 さて、回想はこれにて終わり。時間を現在に戻そう。


 この幕の主人公、リヒート・モルゲンシュテルンは現在、爆弾を抱えて村すら豆粒に見えるほどの高度まで上がっていたのだった。


「待ってて、ばあちゃん、みんな、お母さん。ぼくは……。ぼくは、かならず村にかえるから!」

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