「 act02 熾天使い」


「結局あの人誰?」

「『熾天使い』。魔法使いの中でも上位に位置する魔法使いに与えられる称号で彼はそれに属する最上級魔法使いよ」

「ってことはとんでもなく偉い人なのか」


 まあそんなとこかしら、とテキトーに返事をしておく。


 町長に案内された宿の部屋のベッドに腰をかけて話し始めた。


「まず始めにね、魔法使いには魔法協会によって定められたランクというものがあるわ」


 魔法協会なら俺も知ってる、とガイナ。


 魔法使いとは一言で言えば天使の力を振るう者である。天使の力は絶大で、それを扱う魔法使いは当然どんな落ちこぼれだろうと力を持った一脅威であることには変わりなく、それがなんの決まりもなく放置されていれば今はもっと混沌とした世界だっただろう。


 そうならない為にそういった超常を扱うものを束ねたのが魔法協会。魔法学校を卒業したものは協会に入ることを義務付けられ、それぞれランクが振り分けられる。


 このランクは天使の階級に準えてつけられていて例えば、学校を卒業したばかりのものは基本的に『天使い』という最下級の階級に当てはめられる。そこからは協会、更には世界への貢献度によって昇格するもので、階級もあがれば魔法協会の支部のある町ではそれぞれ待遇が違ってくる。


 そしてその階級の中でも特にVIP級の扱いを受ける最上の称号が『熾天使い』。他の位には基本的に人数制限は無いがここだけは特別、七枠しか存在しない。熾天使いになった魔法使いは契約の儀式を行わされる。名前を変え、身体に天使の刻印を刻まれるのだ。


 ミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエル、セアルティエル、イェグディエル、バラキエルに対応しており、位する魔法使いはそれぞれが元々得意としていた属性に加え、その天使に対応する属性も扱えるようになるのだ。


「ミハエル・エドガー。ミカエルに対応する熾天使いで彼が元々保有する属性は地だけど、ミカエルは火に対応しているわ」

「つまり二属性使える?」


 どころがどっこい、と言ったガブリエラが気温が少し高いことを気にしたのか急激に部屋が冷えていった。逆に、少し寒い。


「水にも対応している、つまり水、火、地の属性が扱えるのよ。しかも本来火の元素を意味するはずのミカエルの属性を強引に地属性と設定して特殊な地属性魔法を完成させたの」

「そんな強引にってできるものなのか?」

「普通できないわ。でも、それが出来てしまうのがあのエドガーなの。多分その気になれば全属性魔法を扱えるんじゃないかしら」


 なんとなく凄さの実感が湧かないので呆然としていたガイナに対しガブリエラはため息をつくと、


「ワタシもその熾天使いの一人、ガブリエルに対応する魔法使いよ。そしてガブリエルよりミカエルの方が強い。これでなんとなく凄さわかったかしら?」


 ガブリエラはそんなに偉い人だったのかと思うと同時につまりガブリエラよりも強いってことか? と疑問も出る。


「そうよ、業腹だけれど認めるしかないわ。魔力の貯蔵量は熾天使い一位のワタシでも勝てるかわからないとんでもなくヤバいやつよ」

「そういうこった」


 びくっとして声のする方を向けば部屋の扉、いつの間にいたのかエドガーが何かを食べながら立っていた。


 呆れながら、


「気配を消す必要ある? それもワタシの読心魔法すら感知しない程の隠匿魔法で」


 ニヤニヤと笑うだけで返事をしないエドガーに対しため息を一つ。


「なんの用かしら? 見ての通り講義中なのだけれど」

「教師をしていた頃の癖か?そりゃもうじゅ──」

「それ以上口走ればここで氷漬けにする」


 ……冗談を言っているような目では無かった。

 どうどう、とエドガーは臆せずに、しかし腰は低く制する。


「別に煽りに来たわけじゃあねぇんだ。そこの少年に用があってだな」


 俺に? と首を傾げる。そんな偉い人が用のあるほど大層な人間ではないのだが、と思ったがガブリエラはわかっていた。また呆れ、とてもとても大きなため息をつき、


「彼は今消耗してるの。せめて来るなら明日にしなさい」

「急ぎの用じゃあねぇからいつでもいいんだがよお。ま、頃合になったらこっちから声をかけるわ」


 とだけ言うとそのまま部屋から出ていってしまう。


 なんだったんだ……、と呆然としているガイナを余所にガブリエラは扉を氷漬けにし、べー!と子供のように舌を出して唾を吐いていた。


 そんなにエドガーの事が嫌いなのだろうか、と思えばそれに応えるように、


「空気が読めないとこが嫌いなのよ。普通レディーがいる部屋に無断で! 勝手に入ってくる? いいや入ってこない、こんなの学校で習わなくたって常識よ、じょ・う・し・き!」

「そんなこと言ったら俺なんか同じ部屋に泊まるわけだが……」

「アナタはいいの、一緒に旅する仲間だしね! それともなぁに? お姉さんのこと意識しちゃう?」


 ……目のやり場と反応に困る。

 ぎゅっ、と『脅威』を腕でもって強調するガブリエラに対し、顔を腕で隠しながらちらっ、と何回か隙間から『脅威』を目に入れる。思春期男子の好奇心を舐めてはいけない。


 と胸元が緩んだところでその奥の方に何か模様のようなものが見えた気がしたのだ。


 その視線に気付いてかあぁこれね、とそれがよく見えるようにか更に胸元を緩くして強調してくる。


「ほら、よくちゃんと見て」

「見れるわけないだろっ!?」

「気になるんじゃなかったの? この刻印」

「そっちも気になるけどぉ!」

「も?」

「な、なんでもない! とにかくそんな見れるわけないだろ!」

「真面目な話なの。こっちを向いてちょうだい」


 なんだ? 急に声のトーンが落ちて、と思いガブリエラの方を見るとその模様を見えやすくしたのかやはり主張が大きいそれを見せつけてくる。


「……それがどうしたんだ?」


 顔はそっぽ向けつつ視線はちらちらと何回も外したり向けたりしている。

 そんな少年ハートを知りつつそこをむにっ、と自分の人差し指で押すと、


「ここに熾天使の刻印が刻まれてるのよ。これがあることによってワタシは熾天使ガブリエルと魔力的に繋がり彼女の神秘を行使することが出来るの」


 ってことはあのエドガーにもそれがあるのか。


 しかしガブリエラの反応を見るにそういうことを言いたいのではないらしい。


 いい機会だわ、と言うとその刻印をガイナへと更に近付ける。


 少しドキッとしたが大体慣れてきたのか露骨に目線を逸らそうとはしない。


「ここ触ってみて」


 今度こそ。


 今度こそ思考が停止した。


「今、なんと……?」

「ここ触ってみてって言ったのだけれど?」


 ここ、と指さしたのは胸の刻印。


 何かの冗談かと聞き直したが返ってきた返事は先程と同じ。


「そこを触ることに意味を見いだせない!」

「触ってみればわかるわよ」

「だからって……! その、あの、お、……を触るのは……」

「触らないと凍らすわよ」


 これは本気の目だ。この短い間にもガブリエラについてわかったことがある。やると言ったらやる、そういう気概がこの女には存在するのだ。だから触れと言われれば触らねばならぬし、凍らせると言えば凍らす。


 どの道触れと言うならばwin-win! 触らねぇで氷漬けにされるより触っておく方が得! そう! これはやらねばならぬこと! 邪念は捨てろ! これは決していやらしいことではないッッッッ!!


「ええい、ままよ!」


 ふにっ、と柔らかい感触があったと同時に電撃が走った。


 咄嗟に手を離したがそれでもこの衝撃は止まらず身体全身に響き、耐えきれずに触れた指から一条の血飛沫があがる。


「流石にまだ早かったみたいね」


 そうとだけ言うとガイナの胸部に一撃、肺から空気と共に赤黒い血塊を吐き出す。


 苦しみの中ガイナは『似たような感覚』を思い出していた。


 ——この全身に一つの線で繋がる感じ、この苦しさ、俺はまさか……。


 ようやく気が付いたのね、と損傷の酷い部分に『氷結治療』を施すとなんとなく息苦しさから脱したガイナは口を震わせながら開く。


「この感覚、俺は魔法を使ったのか。そして俺が今まで使ってたのも──」

「アナタとワタシの間に魔力的な繋がりを作って擬似的に一つの魔力タンクとして扱えるようにしたの。そうすれば少しコツはいるけれどワタシはアナタを介して魔法を使えるし、アナタもワタシを介して魔法が扱える。さっきはアナタを通して魔法を使おうとしたのだけれどいきなり慣れないものを使ったもんだから力が暴走して身体を傷付けてしまったみたいね」


 自分も魔法を扱えていたと喜ぶ反面、誰でもなんでも扱える便利なものでも無いのかと思い知らされた。


 しかし驚いたのはそれだけではない。なんとなくわかったのだが魔力というものがなんとなく、本当になんとなくだが感じるようななった。


 今までの自分とは比べ物にならないくらい魔力が増幅されたのも感じる。足りないものがガブリエラから流れてくるのがわかる。


 そして使


「どれだけ離れようがワタシが認証しない限りこの接続は切れない。これでアナタはあの時間加速クロックアップを使用しても簡単にはへばらない。そうね、回数で言えば十倍以上使用出来るようになったんじゃないかしら?」

時間加速クロックアップ……」


 アナタの魔法の名前よ、とガブリエラ。

 その名前を聞いた時何故かと思ってしまったのだ。


 俺の魔法は──


「俺の魔法は人間の時の流れで言う一秒の中に自分だけの時間を五秒分創造すること。……だと思う」


 それを伝えるとガブリエラは驚いたように、さらに考え込むとしばらくして口を開いた。


「それって、アナタはそれを使った瞬間だけ人の五倍長く生きていることになる、つまり使えば使う分だけアナタの寿命が縮まるってことになるけれど」


 少しだけ。


 少しだけガブリエラは後悔しているのかもしれない。魔力を繋げたことを。


 しかし、だ。理論的にはそうなのだが、何故なのか。何故なのか分からないが『大丈夫』だと言いきれる。


「確かにアナタは昔から沢山使ってきたみたいなのに見た目と実年齢がほぼ一致している。もしかしたら寿命を削るなんてことはないかもしれない。けれどね、使わないなら使わないに越したことはないわ。ここぞという時の切り札としてだけ使いなさい」


 その代わり他の魔法も教えてあげるから、と一言添えたことで少年の顔色は曇りから雲一つない晴天へと変わった。


 そうね、例えば────

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