第34話
その日から、俺は毎日香澄の病院を訪ねて、菜々子ちゃんの代わりに付き添いをする。
菜々子ちゃんは、学校に行けるようになった。
だけど、一番の問題は、お医者さんと話しが出来ないこと。
菜々子ちゃんは未成年だし、俺は他人。
看護師さんは優しいけど、俺と菜々子ちゃんには、何も言わないし、何も教えてくれない。
香澄の体の状態を知っているのは、診察室で話しを聞く、彼女の両親だけだった。
病棟には一度も顔を出したことがないから、俺も見たことがない。
香澄は、出産の予定日が近いこともあって、ほとんどをベッドの上で寝て過ごしている。
菜々子ちゃんは学校から帰ってきたら、宿題と、北沢くんからもらった塾のテキストを、ベッドサイドでやっている。
「お家では、なにしてるの?」
香澄は静かに寝息を立てていて、俺は真剣な顔で問題を解く菜々子ちゃんの、横顔に聞いた。
「大人しくしてる」
「大人しくって?」
「大人しくは、大人しいって意味よ」
菜々子ちゃんは、大人だった。
突然、香澄に繋がる表示モニターが警告音を発した。
あわててナースコールを押すと、ほぼ同時に看護師さんが飛び込んで来る。
「どいてください!」
香澄がベッドごと慌ただしく運ばれていくのを、俺と菜々子ちゃんは、ただ黙って静かに見送った。
「おばあちゃんから、なにか聞いてない? 具合、悪いのかな」
彼女は首を横に振り、ただ前を向いて立っていた。
それからの数日は、俺が面会に行っても、関係者以外は面会謝絶状態で、菜々子ちゃんはうちにも勉強しに来なかった。
一度だけ病院の廊下で、おばあちゃんらしき人と、知らない大人の人と歩く菜々子ちゃんを見かけたけど、俺はあえて声をかけなかった。
邪魔になると思ったから。
彼女はうつむいて、大人しくしていた。
今日の朝も、病院の面会時間前に、店の前を掃いておく。
最近はろくに店も開けていないから、特に掃除する必要もないんだけど、体に染みついた日課なんだから仕方がない。
吹く風が少し冷たくなってきて、導師は建物の陰でうずくまっている。
数枚の枯れ葉と、どこからか飛んできた何かの紙くずを、まとめて片付けておいた。
もうとっくに学校は始まっている時間なのに、ランドセルを背負ったままの菜々子ちゃんが、店の前に立っていた。
「赤ちゃんは、いならいんだって、子供はもう、いらないんだって」
「菜々子ちゃんは、いらない子じゃないよ」
道を掃く、ほうきの手を止める。
「お腹の赤ちゃんは、このままだとお母さんが死んじゃうから、どいてもらうんだって」
菜々子ちゃんはランドセルを背負ったまま、学校に行かずにここに立っている。
「いつ?」
「今日」
「行こう。そんなこと、俺が許さない」
菜々子ちゃんの手を握って、病院へ歩き出す。
あんなに大きくなったお腹の子をあきらめるなんて、おかしいじゃないか。
菜々子ちゃんは、まだ産まれない赤ん坊を、自分と同じように思っている。
だからここへ来て、黙って立っている。
表情を殺した顔で。
それなのに、そんなこと、俺は許さない。
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