第21話

今日は土曜日。


朝の開店の準備、といっても、シャッターを上げるくらいのもんだけど、三枚あるシャッターを全て上げきらないうちに、もう菜々子ちゃんがそこに立っていた。


「今日も、来ていい?」


「どうぞ」


居間にあがる前に、菜々子ちゃんは私立中学の入試問題を立ち読みして頭に入れる。


受験する気はないけど、もう普通の参考書じゃ物足りないんだって。


俺はとりあえずレジ台に座ってはみたものの、することはないし、したいことは出来ない。


「ちょっと、導師探してくる」


のれんをかき分けて菜々子ちゃんにそう言うと、彼女はぐっと俺をにらみ返した。


「猫なんて、自分で帰ってくるよ。それよりも、もっとやること、あるんじゃないの?」


「俺には、俺のしたいことがあるんだよ」


「したいことって、なによ」


なんかもう、言うことまでも千里や尚子に似てきた。


なんで女って、みんなこうなんだろう。


「ないしょ」


「は?」


「内緒なの」


菜々子ちゃんの舌打ちの音が聞こえる。


店を出て行こうとした俺の横を、北沢くんが通り過ぎた。


「ちーす」


彼は、ちょっと変わった、見たことの無い鞄を肩に引っかけている。


「塾に行く前に、ちょっと寄ってみただけです」


北沢くんは靴を放り投げて居間に上がると、戸棚から勝手にお菓子を取り出してほおばる。


「あ、出かけるんですか?」


もぐもぐ。


「塾まで、店番してますよ」


「ありがとう」


「ちょっと! それが大人のやること? おかしくない?」


「勉強なら、僕が教えてやるよ。それでも、いいだろ?」


「はぁ?」


「あ、和也さん、いってらっしゃ~い!」


菜々子ちゃんの怒鳴り声が外まで聞こえる。


こういう時って、男同士は簡単で分かりやすくていい。


菜々子ちゃんが勉強したいのと同じくらい、俺は、魔法使いになりたいんだ。


導師が探す、白猫がいた河原に行ってみる。


当然のように白猫も導師もいない。


俺が見ていたのは、草むらから伸びた白い前足。


「導師ー!」


風が吹いた。


「魔法使いの修行、するんじゃなかったのー!」


瞬間、強く吹いた一陣の風に、くるりと振り返る。


「お前は、魔道師の資格を有するものか?」


声の主を探す。どこにも姿が見えない。


「はいはいはいはい、そーですよぉ!」 


その資格を有するものは、とっても不名誉なんだということは、この際気にしない。


「どこにいるの?」


声の聞こえる方に、足を踏み出す。


「こっちだ」


かすかに響く声に導かれて、たどり着いたのは町外れの小さな神社。


白い大きな石造りの鳥居のてっぺんに、純白の大きな猫が、吹く風にその長い体毛を揺らして座っていた。


神々しい、という言葉が、こんなにもぴったりとした猫を、俺は初めて見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る