第10話

「いやぁ、ホント参りましたよ」


その男は、昨日千里が持ってきたCDアルバムの全部を、レジ台の上にのせて言った。


「やっぱりね」


アルバムの一枚一枚を裏返して、製造番号をチェックしている。


「これ、全部返品対象ですよ」


「えぇっ!」


「メーカーのミスで、音源が収録されてないCDが流通するなんてねぇ、僕は委託されてあちこち回収にまわってるんですが」


その人は、にっこりと人のよさげな笑みを浮かべた。


「ここにも書店があったことをふと思い出して、立ち寄ってみたんです、早めに気付いてよかったですね、ほら、ここの店って、以外と桜坂花百合隊の入荷量多いし、グッズも充実してるから」


ついさっきまで、うちで寝転がっていた千里の顔が、ドアップで写っているアルバム。


呼び出しとかいって出て行ったのは、このことだったのかな。


「特別コンサートの抽選券つきCDですからね、今日は発売日だし、これから一騒動ありますよ」


「そっか、だから呼び出しかぁ」


「あと、これも」


やっぱり千里自身が昨日持ってきて、千里の指示で俺が張っておいたポスターを、この人は勝手にはがして手に持っている。


「ポスター貼ってると、在庫があると勘違いしたお客さんから商品を出せって、クレーム入れかねないですからね、ついでにこれも回収しておきますね」


「わぁ、ありがとうございます!」


なんて気の利く、なんていい人だ! 


千里はあんな奴だけど、千里のまわりには、こんなにもあたたかい、いい人たちであふれている。


沢山のファンと、そんな人たちに支えられて、千里は活動できているのだと思うと、俺にはもう感謝の気持ちしかない。


「じゃ、これ全部回収しときますね」


「あ、そうだ! 予約販売分の在庫も、裏の倉庫に入ってるんですけど」


「あぁ、じゃあそれも一緒に、回収しておきましょうかねぇ」


「ご苦労さまです」


俺は、段ボールを抱えて去りゆく男の背中に、ていねいに頭を下げた。


あんなとんでもなくわがままな千里につき合わされ、振り回されているのは俺だけじゃないんだと思うと、本当に涙が出てくる。


その直後、店に若い男の子二人が駆け込んできた。


「すいませ~ん! 予約していた桜坂花百合隊のアルバム、ください!」


「あぁ、それね」


経緯を説明する。


「は? そんなの、あるわけないだろ」


「あんたバカか、それって、今流行の詐欺じゃね?」


彼らは手にしたスマホで、何かを検索し始めた。


「ほら! そんな情報、一個も出てないぞ!」


「詐欺じゃねぇの、詐欺!」


「抽選券狙いで、そんなのが横行してるって、お前知らないのかよ」


「ちょ、ちょっと待って! 確認してみるから」


まくし立てる、俺より五つは年下の男に頭を下げてから、俺は店の奥に駆け込んだ。慌てて電話をかける。


「あ、千里? あのね……」


「はぁ! アルバムの返品? そんなミスあるわけないでしょ! お客が怒ってる? とりあえずお姉ちゃんに電話!」


すぐさま尚子にかけ直す。電話は、すぐに出た。


「さすが我が社の唯一にして無二の赤字部門、やってくれるわね」


受話器の向こうで、ため息が聞こえる。


「予約は何枚入ってたのよ、あっそ。小さい書店でよかったわね、とりあえず、発送の車が事故で遅れてるって、説明しておきなさい」


プチッと電話が切れた。


本当にキレているのは、通話じゃなくて、尚子と千里。


俺はそれからも次々と訪れる客に、ひたすら頭を下げて謝った。


「すいません、本当にすいません!」


書店の売り上げ、一日平均五千円前後、来店者数四、五人という店に、今や客が十人はいて、しかも全員怒ってる。


これは我が家の危機的状況だ。


尚子の会社と提携している物流会社が、善意で車の手配をしてくれて、千里のご本人さまパワーで、未発送の在庫をかき集めてきてくれた。


その間にも、俺はひたすら頭を下げ続ける。


尚子と千里が走り回ってくれたおかげで、夕方遅くには、予約枚数の全部が数を揃えて店の奥に積まれ、その大半がお客さんの手に渡った。


また騙された。


俺はその対応に追われて、とにかく一日中ドキドキしっぱなしだった。


やってくる客は、全員千里のアルバム目当て。


俺は運送会社の車が出発したという尚子からの電話を受けてから、ずっと時計とにらめっこでその時を待っていた。


この世には、悪人しかいないのか? 


特注で荷物を運んできてくれた人は、にこにこして、「大丈夫ですよ~」とか言ってくれて、いい人だった。


アルバムを取りに来た人たちも、「じゃあ、また後できます」なんて言って、(言い分けを考えたのは、尚子だけど)ちゃんと後から取りに来てくれた。


もしかしたら、あの盗んでいった人も、ただ単にアルバムや、抽選券が目当てだったんじゃないのかもしれない。


なんらかの事情があって、俺にはそれが想像出来ないけど、きっと何かの理由であのアルバムが大量に必要だったんだ。


きっと時期が来てお金が出来たら、きちんと説明してくれるに違いない。


俺は一呼吸して、誰もいなくなった店内を見渡した。


俺はなんのためにこの店を続けているんだ? そうだ、俺はこのためにこの店を続けているんだ。


みんなの、優しさを感じられる場所のためだ。

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