第8話

のれんで仕切られた背後の居間から、にぎやかな笑い声が聞こえてきた。


どうやらあの二人は、テレビのワイドショーに写っている自分たちの姿を見ながら、盛り上がっているらしい。


「まずは、あの女をどうやって追い出すかだ」


「あの女って、どっちだ」


「大きい方!」


千里だけなら、まだなんとかなる。


しかし、尚子と一緒になると、とにかく上から目線で攻められるから、かなわない。


千里がうちに来た時はまだ小学生だったから、一緒に住んでた時期もあるし、扱いには慣れてる。


けど、尚子の方は親父が再婚した時にはもう大学生で、ほとんどずっと大学の図書館で勉強してたから、うちには寄りつかなかった。


「血はつながらなくても、姉として認めたんじゃなかったのか」


「やめた!」


もしかしたら、その頃十五歳だった俺に、遠慮してたのかもしれないと思ったこともあったけど、そもそもが、そんな殊勝な考えを持ちそうなタイプじゃない。


「やっぱ嫌いだ」


あいつは、自分の母親が病気で倒れたとき、奨学金で海外留学をしていた。


病気になってしまったことを、親父にも娘にも隠し通そうとしていたあの人を、俺は影で支えた。


「なんでろくに話したこともない、見ず知らずの連れ子と同居しなくちゃならないんだ。おかげで俺は、二人目の母さんにふりまわされたんだ」


俺が馬鹿だった。


もっと早く、そのことを誰かに相談しておけばよかったんだ。


「あいつを追い出す魔法を使って。そしたら、あんたを魂の指導者として認める」


もう二度と、あんな思いはしたくない。


「それで、導師って、呼ぶ。導師を信じて、魔法使いの修行をする」


俺は本気だ。その願いが叶うなら、鬼にでも悪魔にでもなってやる。


「いいだろう、お前の望みは叶えられた」


「え?」


「追い出したぞ」


「えぇっ!」


「確認してみろ」


その言葉に、俺はのれんの奥へと走った。


飛び込んだ居間には、確かに千里だけしかいない。


「あいつは!」


「あいつって、お姉ちゃんのこと?」


ごくりとつばを飲み込んでから、うなずく。


「なんか急なトラブルがあったとかで、さっき連絡が入って、飛び出していっちゃった」


「そうなの?」


「なんか、二、三日は帰ってこれないかもって」


頭の中で、色んなことがぐるぐるとまわってるけど、その正体が俺にはよく分からない。


千里はそんな俺を見ながら、眉をしかめた。


「なによ」


「いや、なんでもない」


俺はゆっくりと後ろに下がって、再び店のレジ台に戻る。


目の前には、一匹の老猫。信じられない。


「修行、始めるか?」


「あれ、本当に導師の魔法?」


偶然と必然。可能性と蓋然性。


あるかないかと、確率の問題。


正直、学校の成績なんて、いい方じゃなかった。難しい話しは分からない。


けど、今目の前にいるこの不思議なしゃべる猫は、どうしてここにいるんだろう。


それは、嘘じゃなくて、本当のこと。


「信じるか信じないかは、お前次第だ」


導師は黙ってうずくまり、丸くなって目を閉じた。


俺を試すつもりなら、俺もこいつを試してやる。


「じゃあ、もう一人も追い出してよ! あのちっさい方!」」


導師の耳が、ぴくりと動いた。


「では、お前がやってみろ。お前があの妹を追い出せばいいじゃないか。それが望みなら、そうすればいい」


うずくまったままの導師の、両目がうっすらと開いた。


「私が魔法を使って、追い出すことは簡単だ。自分で追い出せないのなら、魔法を習ってから、自力で追い出せばいい。これが最後通告だ。おまえに魔法を習う気がないのなら、私はここを去る」


導師は丸くなったまま、じっと動かず目を閉じている。


そうだ、猫の導師に出来るなら、俺にも出来ないはずはない。


もしもあれが偶然であるならば、俺にも同じ偶然があるはず。


それに気がついた俺は、めったに客の来ない本屋の店番を抜け出して、奥の居間に戻った。


目に入ったのは、誰もいない部屋。


台所の方から音がして見上げると、千里が廊下へと出て行くところだった。

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