第193話 接敵の時


「……ふぅ」


 休憩を取る。


 黄昏危険区域レベル5ということもあって、この周囲の黄昏はかなり濃くなっている。僕自身はそこまで影響を受けてはいないのだが、体は確実にこの黄昏に反応している。


 僕とシェリーは、黄昏に対する抵抗力が普通ではないので、この濃い地域でも普通に活動できる。一方で、普通の人間であるギルさんは少しばかり辛そうだった。


 それでも、一番最年長であり、黄昏に長時間その身を晒してきた彼はすでに普通の人間とは言い難いのかもしれない。


「ギルさん、大丈夫ですか?」

「ん? まぁ、今のところは大丈夫だ。それにもともと、この体は黄昏に侵食され切っている。別に今更どうってことはないな」

「……そうですか」


 すでに割り切ってるようだが、もしかすればギルさんの命は限りなく短いのかもしれない。これは完全に個人差が出てしまうのだが、黄昏に侵された人間はその寿命を早く終える人もいれば、長生きする人もいる。


 しかし、長生きといっても、60歳以上までいった人は──ほとんどいない。


 それこそ、黄昏に侵された人の平均寿命は40歳前後。ギルさんはもう40を超えている。そろそろ厳しくなっていても、おかしくはない。


「ギルさん……その……」

「あぁ。ユリアの言いたいことはわかってる。俺の寿命だろ?」

「えっと……」

「まぁ、おそらくは長くねぇだろうなぁ。最近は体の動きも、少しだけ鈍っている気がするんだ」

「そうですか……」

「でも、ユリアにそれもシェリーもいる。ちゃんと若い世代は揃っている。だから、いつ逝っても構わないと思っているが……まだ、まだ俺は生きるぜ? しぶといからな、俺は」


 ニヤッと笑うその姿は、虚勢の類ではなかった。


 そうだ。ギルさんは、特級対魔師の中でも最年長。今まで僕たち以上に、数多くの死に触れている。それこそ、膨大な人の死を背負って生きているんだ。きっと、僕らとはその年季が違うし、覚悟も違う。


 生きることに関しては、僕らよりも貪欲なのかもしれない。


「さて、と。そろそろ休憩はいいだろう?」

「そうですね」


 少し遠くで監視をしていたシェリーは、こちらにパタパタと走ってくる。


「こっちは大丈夫みたい。魔物もそれほど暴れてないし。先に進む?」

「うん。そうしようか」

「よっと。じゃあ進みますか」


 そうして僕たちは、さらに進み始めた。さらに濃くなる黄昏の霧。それは、僕らの体を確実に侵食していく。流石の僕であっても、この一層濃い空間は体に痺れを感じるほどだ。


「む……あれは?」

「魔物ですね。共食いをしているんでしょうか」

「う……ちょっと、えぐいわね」


 そこにいたのは、巨大蝎ヒュージスコーピオンだった。体は紫黒色をしており、仲間を捕食しているようだった。


 僕らはその様子をじっと見ていると、その個体がこちらを向いた。


「キィイイイイイイイイイアアアアアアアッ!!」


 どうやら、気がつかれたみたいだ。


 ついに、戦闘が始まるのだった。

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