第157話 模擬戦へ
「失礼します」
ドアをノックして室内に入ってきたのは女性だった。眼鏡をかけており、長い黒髪を一つにまとめている。いかにも知的そうな人だという印象だった。
そうして僕らの対面に座るとさっそく本題を投げかけてくる。
「ユリア・カーティスさんに、イブ・エイリーさんですね」
「はい」
「……はい」
「お初にお目にかかります。私はこの第一結界都市の対魔学院で教師をしております、フォレスターと申します。さて単刀直入に言いますが、お二人には今回担当する生徒の心をへし折って欲しいのです」
「……えっと、そのイマイチ概要が掴めないのですが」
「ご説明しましょう。本日お二人に担当していただくのは、六年生ですでに卒業を控えている生徒達です」
卒業、か。
そういえばもう完全に冬に入り、それが開けて春になってしまえば卒業……という形になるのか。思えば僕も結界都市に戻ってきた時には四年生として第七結界都市の対魔学院に在籍していたけれど、すぐにあの事件が起きてそのまま特級対魔師となり、軍人となった。
いわば飛び級という形だったので、卒業式などというものに縁はない。それはイヴさんも同じだろう。彼女もまた飛び級という形で対魔学院を満期卒業する前に、軍人になっているからだ。
でも卒業を控えている六年生達の心を折って欲しいなど、尋常ではない。何か理由でもあるのだろうか。
「特級対魔師、それに他の上位の対魔師の方々のおかげで黄昏の大地を取り戻せたことは記憶に新しいと思います。それと同時に対魔学院ではある噂が広まっているのです」
「噂、ですか?」
「はい。それは黄昏の大地は実際は大したことはないのでは……というものです。現在の六年生達は非常に優秀で、危険区域レベル1程度ならば普通に戦うことができます。そして今回の作戦の成功。浮足立っているのか、妙な自信をつけているものが多いのです。特に貴族の生徒に多いのですが……」
「なるほど。それで心を折って欲しい、ですか」
「はい。黄昏の大地がどれほど厳しいものか、あの子達に教えて欲しいのです。私もかつては最前線で戦っていましたが、
「もちろんです。無駄な犠牲を増やさないためにも、黄昏の非情さは教えておくべきでしょう」
「……わかった」
「ありがとうございます! 本当に、本当に、助かりました……」
黄昏を甘く見てはいけない。それは特級対魔師ならば誰でもわかっている事実だ。今回の作戦で序列元一位だったベルさんが亡くなったのがいい例だ。
彼女ほどの剣士であっても、黄昏の大地でその命を散らすことになったのだ。
その相手は魔人だったとしても、他の魔族を、黄昏の大地を侮っていい理由にはならない。
黄昏危険区域レベル2、3と進むたびにその危険度は跳ね上がる。特級対魔師ほどの実力があっても慢心していいことなど、ありはしないのだ。
だからこそ学生に伝えて欲しいと懇願したのだろう。あの黄昏の危険性というものを。
そうして僕とイヴさんは早速、敷地内にある演習場に足を運ぶのだった。
◇
「ねぇアイン。今日は誰が講師に来るか知ってる?」
「あ? なんだよカレン。藪から棒に」
「実はユリア・カーティスとイブ・エイリーがもう来てるって噂よ。目撃情報もあるみたい」
「は、序列零位様と魔法の天才が来たのか。こりゃまたすげぇ話だな」
「えぇ。すごい話だけど、腕がなると思わない?」
「カレン、お前と同じ意見なのは癪だが……そうだな。今の俺がどれほど通用するかは興味があるな」
対魔学院のとある教室内。そこで話している二人の男女がいた。
男性の方はアインといい、女性の方はカレンという名前だ。
二人ともに貴族出身であり、その実力は現在の対魔学院の中でも随一。もともとは飛び級で軍人になる予定だったが、様々な事件が重なりそれが見送られることになった。
そんな中この二人を筆頭に、今の六年生達は考えていた。自分たちの能力は決して低くはない。むしろすでに軍人としてやっていけるだけの実力があると。それは決して何か根拠があるわけではない。実際に危険区域レベル2、3にいって魔物を狩ったというわけでもない。
ただ純粋に驕っているだけ。
ユリア達が筆頭になり、作戦は成功。黄昏の大地を取り戻した事実を知って彼らは思ったのだ。実は黄昏の大地は大したことはないのでは……と。
彼、彼女らは知らない。黄昏の世界はどれほど残酷で、どれほど非情なのかを。ベルティーナ・ライトという人類最強の剣士がその黄昏で命を散らした話は耳にしているも、それは魔人に出会ったせいだと。
決して黄昏が問題ではないと、そう楽観していたのだ。
そんな矢先にやってきたユリアとイヴ。二人は特級対魔師の中でも若く、才能に溢れている対魔師。特にユリアに至っては若干15歳にして序列の最上位に君臨する英才だ。
その二人に今の自分はどれだけ通用するのか。もしかしたら、かなりいい勝負……勝機すら見えるのではないか。そんなことをアインとカレン、それに他の生徒も考えていた。
しかし彼、彼女らはまだ知らない。
自分を圧倒的に上回る存在に出会ったことがまだない。運良く、自分と同等かそれ以下の者としか出会ってこなかったのだ。
こうしてユリアとイヴは彼らと出会うことになるのだった。
◇
「イヴさん」
「……なに?」
「どう相手します?」
「別に……全員を二人で捌けばいんじゃない?」
「うーん。でも心を折るというか、現実を見せつける必要があるんですよね」
「まぁ、そうだけど……」
「イヴさんはスフィアとか使いませんか?」
「使ってもいいけど……ちょっと疲れるかも」
「迷いますね」
「ま、臨機応変にいこうよ……」
「そうですね」
僕とイヴさんは二人で話しながら演習場に向かい、視界にはすでに生徒達が並んでいるのが見える。
ざっと見て30人ほどだろうか。でもその視線は明らかに試すような、というよりもちょっと敵対心を持っているような感じだった。
そうして僕とイヴさんは生徒達の前に立つ。実際のところ、おそらくこの中では僕が一番年下だろう。この生徒達の方が年上なのは周知の事実だ。でもだからと言って遜るわけにはいかない。僕は特級対魔師序列零位なのだから。
「えっとみなさん、初めまして。特級対魔師序列零位、ユリア・カーティスと言います」
「……特級対魔師序列六位、イヴ・エイリー」
「さて今回は僕ら二人が君たちの実戦演習を担当することになりましたが、そうですね……とりあえず全員で僕ら二人と戦って見ましょうか」
そう僕が告げると先頭にいる男子生徒が声を上げる。
「それは流石に舐めすぎじゃないですかねぇ……特級対魔師様よぉ」
「えっと君は?」
「アインでいい。で、本当にそれでいいのか?」
「こちらは十分だね。というよりも僕とイヴさん相手だと30人は少ないくらいかなぁ……ハンデつけますか、イヴさん?」
「ん? まぁ別にいいけど……どうするの?」
「とりあえずイヴさんはスフィアなしで。僕はそうですね。素手でいきます」
「でもユリアくん素手でもあんまり変わらないじゃん……」
「……確かに。なら右手の人差し指一本にしますか」
「それならちょうどいいかもね」
僕とイヴさんがそう話していると、目の前の生徒達の魔素が漏れ出すのを感じる。
――おー、流石にここまで煽られれば怒るかぁ……まぁそうだよね。と言っても正直言ってこれでもハンデとして足らないくらいだと僕は思っているのだが。
「ははははは! 流石は特級対魔師様だ! じゃあ見せてもらうおうぜ! なぁみんな!!」
ということでアインが生徒達をさらに先導して、僕とイヴさん対30人の生徒との模擬戦が始まるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます