第128話 出陣



「ふぅ……よしっと……」



 クレアはそういうと、相手の脳天に不可視刀剣インヴィジブルブレードを突き刺した。最後に命乞いのような声も聞こえたが、そんなものは御構い無しだ。彼女には、同情も慈悲もない。そもそもこの戦争に参加している時点で、自分の死は覚悟しておくべきなのだ。



 それが今更命乞いなど、情けないにも程がある。



 彼女はそう思っていた。



「クライド〜、終わったよ〜」

「クレアか。こちらもちょうど終了したところだ」



 クレアは付着している血液を軽く拭うと、すぐ近くにいたクライドの元へと歩いていく。



 現在は統一戦争の真っ最中である。魔人、亜人、魔物。そのどれがこの黄昏の元で覇権を取るのか。すでにこの戦争は100年以上続いている。以前の構造は、人間対魔族というものだった。つまりは人間は、魔人、亜人、魔物の全てを相手に戦っていたのだ。しかし人類は敗北を喫して、極地へと追いやられることになった。



 ではそこから先は、その3つの種族がこの世界を統治したのか。否。それは不可能な話だった。闘争心の高い彼らは、次はその3種で戦うことになった。加えて黄昏の影響もあって、彼らの能力はさらに高まることになる。



 他にも様々な要因が絡み合うことで、泥沼の戦場と化し戦争は100年以上も続いてしまうことになった。互いに決め手に欠けるまま、殺し、殺され、その数もかなり減ったところで……とうとう魔人が勝利を収めた、かに思えた。



 しかし、亜人と魔物は諦めきれないのか、それともすでに外聞など気にしていないのか、連合軍を形成した。こうして今の戦争では、魔人対亜人、魔物という構造になっているのだ。




「はぁ……雑魚はいくら群れても雑魚なのにねぇ……」

「しかしやはり数というものは、かなり強力な戦力になり得る。俺たちもこうして対処に追われていることだしな」

「まぁそれはそうだけどさぁ……ずっと雑魚ばかりで飽きるなぁ……強いやつ、いないの?」

「いるにはいるだろうが、まだ出てきていないな。それに強力な敵はすでにかなり屠っているからな。残っているかも怪しいだろう」

「えー!? そんなことってある!? もしかして、このままずっと雑魚狩りとか……?」



 深刻そうな表情かおをするクレア。まるで楽しみが何もなくて落ち込んでいるような子ども……そう思えるも、彼女が求めているのは死と隣わせの戦場だ。ただ敵を蹂躙するだけには、もう飽きてしまった。今欲するのは、ただ純粋なまでの闘争。殺せるかわからない相手との、死闘。クレアはユリアとの戦いを経て、さらにその渇望が止まらなくなっていた。



「その可能性は、ゼロではないな。雑魚で延命措置を取っているかもな」

「えぇ……そんなぁ……またお兄ちゃんと戦いたいなぁ……」

「今回は人間の対処はアウリールに一任されている。諦めろ」

「いいなぁ……私もそっちいきたかったぁ……」

「と言っても向こうは向こうで大変そうだがな。動かせる駒はこちらほど多くはない。せいぜい、人間の進行を止めるのがやっとだろう」

「確か地上で戦ってるんだっけ? なんか大規模な作戦だって聞いたけど」

「アウリールの調査によると、特級対魔師全員を揃えて進軍しているとか。どうやら今回は本気で攻略する気だな、あの大地を」

「えぇ!? 特級対魔師全員!? それってお兄ちゃんもいるし、他に強い奴もいるんだよね!?」

「……そうだが、いくなよ?」

「ぐ……頭抑えるのやめて……さすがに、行かないよぉ……今はこっちの仕事もあるしぃ」

「そうか。ならいいが……」

「それにしても、黄昏の地を攻略かぁ……人間て、以前失敗してるんでしょ?」

「確かそうだったな。しかしいずれは時間の問題だった。おそらく今回の人間の作戦はある程度成功するだろうな」

「そうなの?」

「戦力的に、すでに奴らは魔人にも匹敵し得る。黄昏の大地の一部は支配下におけるほどの実力はすでに持っている」

「へぇ……ま、お兄ちゃんもいるしね。上の奴ら程度じゃ、相手にならないでしょ」

「その通りだ。今はとりあえず、この世界に奴らを進行させないほうが重要だ」

「ふーん。そんなもんか」

「さていくぞ、クレア。そろそろ次の大群がやってくる」

「はいは〜い」



 そう言いながら、二人はその歩みを進めていくのだった。




 ◇



 王城の中を歩いていくアウリール。その隣にはいつものようにリナもいる。二人は人間の対処を任されており、今はその任務を全うしているが風向きが変わってきた。



 そのため、緊急時の時は一人だけ聖十二使徒を借り出していいことになっている。もちろん、今戦闘をしている者、それに序列上位の者は訳あって連れ出すことはできない。



 だからこそ、アウリールはある人物に助力を求めにやってきていたのだ。



「アルフレッドさん、アウリールです。お話があってきました」



 ドアを丁寧にノックすると、そのままギィイイと扉が開く。そうしてアウリールとリナは室内に入っていく。そこにあるには椅子とテーブルだけ。おおよそ、誰かが暮らしているとは思えないほどだ。そんな部屋の隅に、刀を磨いている男がいる。丁寧に、丁寧に、その刀を磨く。刀身は真っ赤だが、その刃の部分だけは真っ黒になっている。ちょうどベルの持っている魔剣、朧月夜とは逆になっている形だ。



「なんだ……アウリール」

「アルフレッドさんはちょうど非番でしたよね?」

「あぁ……」

「人間の進行を遅らせたいのです。付いてきてくれませんか?」

「……人間か」

「どうかしたのですか、あなたなら喜んでくると思ったのですが。以前の件もありますし」

「……」



 黙り込むアルフレッド。以前の件とは、そう10年前のことだ。彼は偶然遭遇した人間と戦った。それは人間の中でも上位に位置する特級対魔師ということだったが、問題はベルだった。アルフレッドは特級対魔師を殺すことはできた。しかし、ベルには遅れをとった。あの時は完全に油断していたせいもあって、深手を負ってしまった。



 そのままアルフレッドは本国に戻ると、その失態から序列を下げられることになった。当時は人間など取るに足らない存在。特級対魔師であろうとも、負けることなど許されない。ましてや、ただの対魔師ごときに敗走するなど。



 特に聖十二使徒に負けは許されない。そうしてそのままズルズルと序列は下がってしまい、今となっては10位まできてしまった。以前は3位に位置していたというのに、だ。



 アルフレッドのベルに対する憎悪はかなりのものだった。元をただせば、自分が油断した失態のせい。それに当時は彼は魔剣を持参していなかった。そのせいもあってほぼ敗北という形で逃げ帰ったのだが、この10年間……アルフレッドはただあの時の失敗を取り戻すために鍛錬を重ねてきた。



 そうして、その時がやってきたのだ。



「……ふふふ、ははは。10年だ、あっという間だったなぁ」

「あなたが戦った人間ですが、外見的特徴など含めてサイラスさん、クローディアさんの持ち帰った情報と照らし合わせると特級対魔師になっているそうですよ。それも序列はサイラスさんが抜けたので、おそらく一位になっているでしょう」

「ほぉ……人類で最も強いということか」

「厳密にはユリア・カーティスなどがいますが……純粋な人類という意味合いでは最強格なのは間違い無いでしょう」

「そうか……あの時の小娘が、今となっては人類最強か……」



 油断していたとはいえ、当時はまだベルは荒削りだった。その才能の全てを発揮しているとは思えない。仮に今のベルを10年前に相手していたならば、油断などしていなかっただろう。



「いいだろう、アウリール。行こうじゃないか」

「ありがとうございます」



 アルフレッドはその刀を鞘に収めると、それだけを持ってアウリールの後ろを追いかけるような形で外に出ていくのだった。



 こうして本格的に黄昏での戦いが始まろうとしていた。

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