第111話 Bertina's perspective 1:孤独な少女



 思えば、私はずっと一人だった。うまく話すこともできず、人と関わりあうのが苦手だ。心の中では今みたいにスムーズに言葉が出るのだが、いざ人と話すとなるとどうしても詰まってしまう。緊張して言葉が出ないのだ。震えてしまうし、ビビってしまう。そんな生来の性質は変わりようがない、そう思っていた。



「お前気持ち悪いんだよ」

「こっちに来るな、根暗!」

「あの子って不気味だよねー」



 みんなが遊んでいる中で、私はポツンと離れたところで一人だった。そんな私は魔法を使うことができたので、それで遊んでいた。寂しい……始めはそう思っていたが徐々に慣れていった。むしろ一人の方が心地よかった。私は以外のみんなは明るい日差しのもとでのびのびと遊んでいる。一方の私は影だ。誰かに見られることもなく、ただ影に徹する。根暗といわれ、謗られても構わなかった。だってそれが、本来の私なのだから。



「ベル学校はどうだった?」

「……楽しかったよ?」

「そうか」

「……うん」



 親には嘘をついていた。今思えば、孤独を受け入れているのなら親にもそのことを言えばいいのに……私は恥ずかしくて言えなかった。やはり心のどこかに、羞恥という感情があったのだろう。でも、それでも私には魔法があった。周りの子どもは誰にも使えない……魔法が。



 そして私はその才能を見出され、すぐに対魔学院に入学することになった。




「おいあれが……」

「まだガキじゃねぇか……」

「でも天才らしいよ?」

「本当かぁ?」



 環境は変わっても、私の存在は変わらない。


 ベルティーナ・ライト。それは天才とすでに評されるようになっていた。魔法を幼い頃から巧みに操り、特に近接戦闘が得意。そう私は噂されているらしい。そして変わらず友人のいない私だが、一人だけ親しい人間ができた。



「お前、強いな」

「……? そうで、しょうか……?」

「ふむ……お前になら、教えてもいいかもな」

「何をです……か?」

「秘剣だ」

「ひけん……?」



 学院の演習場で一人で刀の素振りをしていると、一人の男の人がやってきた。その風貌はどこか怪しい。ヒゲは顔のいたるところに生えていて、髪は真っ黒なものが腰まで伸びており、右手には黒くて長い刀を持っている。よく見ると、刃の部分だけ灼けるような朱色になっている。


 はっきりいって怪しい……でもこの学院にいるということは先生か何かだろうか。私はとりあえず、私だけは聞いてみることにした。



「お前、名前は?」

「ベルティーナ・ライト……です」

「ほう……あの天才か。しかし予想以上だな。さて、ベルティーナ……いや、ベルでいいな。お前、強くなりたいか」

「強く……?」

「あぁ。お前は人類最強になれる器だ。でもな、そこにたどり着くには本人の強い意志がいる。なりたいのか、なりたくないのか、はっきりさせていた方がいい」

「……」



 悩む。正直いって、ここにいるのはただ才能があるということで入っただけだ。何か高尚な目的があったわけではない。でも強くなれるということは、今の自分から別の自分に変われることなのかもしれない。



 なぜ私は、学院に入学してからずっと一人で鍛錬を繰り返してきたのか。改めて考えるとやはり……私は、今の自分を変えたかったのだ。この鍛錬の先に何かあるに違いない……そう子どもながらに考えて、毎日を送っていた。



 だから、迷いなどなかった。



「強く、なりたいです……」

「よくいった。なら俺のことはこれから師匠と呼べ。いいな?」

「師匠?」

「そうだ。お前に俺の剣技を全て授ける」

「……分かりました……」



 こうして私は進むことになる。そして後に、人類最強と謳われる剣姫へと成長していくのだった……。




 ◇




「おい! ベルッ!! そんなもんで、秘剣が扱えるようになると思っているのかッ!!」

「ぐ……ううぅうう……」



 それから地獄の日々だった。なぜか私の学院でのカリキュラムは全て終了したことになり、残りの授業とやらは師匠と特訓をすることだけになった。説明された時は、意味が分からなかったが……おそらく、この人から授けられる秘剣とやらを全て習得しないと私は先に進めない。幼いながらに、それを理解していた。



「……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」



 肋骨は折れている。それに左腕も変な方向に曲がっていて、こちらも折れているだろう。内出血もしているのか、所々青いアザになっている。あとで治癒魔法で治してもらえるとはいえ、師匠は容赦がなかった。私が幼い子ども、それに女性だということも全く関係なかった。



 初めの数ヶ月はひたすらにボコボコにされる日々。でも私はそれでも、心が折れなかった。骨は折られても、心だけは折れずに保ち続けた。感受性が鈍いのが幸いしたのか、それとも別の要因なのか、私はただ前に進むということだけを見据えていた。



 あとで師匠に聞いた話だが、実は当時の私に恐怖していたらしい。本当ならばとっくに心が折れていてもおかしくない。いや、もともと折る予定だったらしい。まずは精神力から鍛える算段だったというのに、私は立ち上がる。どれだけ痛めつけられても、立ち上がり続ける私は人間とは思えなかったと言っていた。でもそれぐらいじゃないと、特級対魔師という地位にはたどり着けない。



 そして師匠と出会ってから、二年が経過して……私は12歳になった。



「やっとものになったな」

「や……やりました、師匠!」

「と言ってもまだ十の秘剣の中の一つだ。あと九つ、やれるか?」

「……はいッ!」



 秘剣。その領域に行けるまで一年かかった。そしてその十の秘剣の一つを習得するまで、一年。この調子だと十年はかかるかもしれない。でも私はそうは思っていなかった。自分の刀を握る手をじっと見つめる。


 強くなっている……そう感じていた。秘剣を習得した瞬間、天命が降りたような感覚があった。別に神を信じているわけではないが、いうならば……そんな感覚としか形容できなかった。



 人の領域にはない、別の感覚器官を持っているような感じだった。



 そして残り全ての秘剣を習得するのに、私はさらに三年をかけた。



 もう、15歳になっていた。




「……ふ、15歳で全ての秘剣を習得か」

「……今まで、お世話になりました……」



 ぺこりと頭をさげる。第二次性徴も終了し、私の体は幼い頃とは比較にならないぐらい大きくなっていた。師匠に匹敵するほどだ。そのおかげもあったのか、私は秘剣を習得するのに五年だけ済んだ。師匠曰く、十年かかっても早い方らしい。



「さてベルよ。お前はもう一人前の剣士だ。つまりもう学生でいいレベルじゃない。来月からお前は、軍人になる。そして俺の直属の部下になる」

「……師匠は、軍人だったのですか?」

「あぁ。少佐なんだぜ、実は。これからは少佐と呼ぶようにな。師匠は今日で終わりだ」

「……分かりました、師匠……じゃなくて、少佐」

「はは。ま、来月からでいいさ。さて、今日はめでたい日だ。何が食いたい?」

「……お肉で」

「お前も好きだなぁ〜。いつもそれだな」

「まぁ……それは……はい……」

「じゃあちょっと高級なところに連れて言ってやるよ」

「……やった!」



 自分らしくもなく、はしゃいでしまう。師匠との鍛錬の日々は辛かった。地獄のようだった。どれだけ体を、そして心を痛めつけたのか、もう覚えきれないほどだった。それでもこの日々は充実していた。何よりも美しく、安寧に満ちた日々だった。



 そして私は軍人となる。そこで知ることになる。これだけの努力を重ねても、黄昏は無慈悲にも人間の命を刈り取るのだと。そこに尊厳などはありはしない。ただ、蹂躙するか、蹂躙されるか。それだけの世界。



 そうして私はそんな世界に身を投じることになる――。

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