第72話 死の欲動



 どれほどの時間が経過したのだろう。僕はすでに時間感覚など忘れていた。ただ向かい合うのは、目の前にいる彼女だけ。



 クレア。僕の妹。その姿は酷似しており、さらには戦闘スタイルまでもが似ている。まるで意図的にそうデザインされたかのように、僕たちは同じ攻撃を繰り出し続ける。神域サンクチュアリを互いに発動しているかつ、不可視刀剣インヴィジブルブレードを組み合わせる。その剣撃はすでに、人間の域を超える。互いに人間でもあるが、魔人でもある。特に顕著なのが、戦闘技能。僕たち双子は互いを高めあっていた。



 それは本能的に悟っている感覚。一振り一振りに成長を感じる。魔法の構築速度が増していく。この目に見える世界は、一体何なのか。いやすでに視覚だけには頼っていない。第六感とも呼ぶべき感覚が、僕を促していく。もっと速く、もっと強く、もっと……高みへ。それだけが今の僕にある感覚だった。



「あははははは!! 最高っ!! 最高だよっ!! お兄ちゃんはやっぱり、私を満たしてくれる! あの戦争で満たされなかった私の心が満たされていくッ! あはははははは!! もうイっちゃいそうだよ!!! ねぇ、お兄ちゃん!!」



 クレアの高ぶりは留まることを知らない。感情を爆発させればさせるほど基本的な能力が向上するのか、彼女はその悦びを体全体で表現していた。互いに繰り出す攻撃。それらは全て不可視刀剣インヴィジブルブレードによるものだが、互いに視界では知覚していなかった。神域サンクチュアリ不可視刀剣インヴィジブルブレードの軌跡を捉えると、体は一秒以下の世界で反応する。僕は依然として、複合短刀マルチプルナイフを使って戦闘をしていたが、クレアはすでにナイフを捨て去っている。



 彼女は一つのつるぎだった。四肢全てを使って繰り出されるその攻撃は、受け止めるだけでも厳しい。避けるのもまた、至難の技。それでも僕は対応していた。以前とは異なり、僕はまだ自壊していなかった。むしろ、自分の状態はさらに上がっていく。高みへ登っている。天井など見えない。解放されたその真価は僕をどこまで連れていくのだろうか。



 そんな時、本能的にある魔法のイメージが脳内に浮かぶ。




領域拡散ディフージョン



 それは相手の固有領域パーソナルフィールドを一時的に解除する魔法。無属性魔法の一種だが、これは完全に僕のオリジナル。ただこれはできると思ったから使っただけ。あの固有領域パーソナルフィールドを剥がすことができれば、確実にクレアを殺すことができる。その想いから発動した魔法だった。



 そしてクレアを覆い隠しているそれが剥がされると、間髪入れずに僕はさらに魔法を重ねる。




「――爆裂四散フルバースト



 それは複合短刀マルチプルナイフから放たれる攻撃だが、その軌道はすでに直線ではない。僕はすでに魔法を使える。ここでいう使えると言う意味は、無属性魔法だけに限らない。覚醒した僕はすでにありとあらゆる魔法を行使できる。さらに、今まで問題なく使えた魔法の精度もさらに上がっている。今までは不可能だった魔法もすでに自由自在だ。



 そこで僕は今まで直線に収束させていた魔素の動きを、全てランダムに置き換える。その軌道はクレアに向かっているも、全てが不可解な動きをして予測は僕でさえ不可能。さらには、トドメと言わんばかりに僕は最後の攻撃を仕掛ける。



流星ミーティア



 それは僕の指から放たれるただの直線的な攻撃。しかしその攻撃速度は人間だけではなく、魔族の超人的な知覚するも超える。ただ物理的な速度を極めに極めた攻撃。それは光にも匹敵する速さ。光魔法であるそれは、擬似的とはいえ光の速度にほぼ匹敵する。一種のレーザー光線であるそれはそのまま輝きを増すと、一気に直進。


 すでにこの場にある魔素は全て僕の支配下にある。脳内で次々と生み出される幾多もの魔法は、容赦なく彼女を襲った。



「あはははははは!! 最高っ!! いいねぇ、いいねぇ!!」



 固有領域を剥がされ、魔法の作用が直接的になったと言うのにクレアは依然として果敢に立ち向かう。その行動に恐怖心など見えなかった。そして爆裂四散フルバーストは容赦なく、彼女に降り注ぎそれを防いでいる間に……その僅かな隙間を縫うようにして、閃光が走る。



 流星ミーティアの光は、その輝きを知覚した瞬間には相手に着弾している。だがクレアはその光をその双眸で捉えると、僅かに首を傾けるだけで躱す。直感が優れているのか、彼女は流星ミーティアを見切っていた。



 しかしこれらの攻撃は彼女の気をそらすための布石。僕は防御に専念しているクレアに急接近すると、そのまま不可視刀剣インヴィジブルブレードをその首めがけて薙いだ。



 そして永遠とも思える攻防は、唐突に終わりを告げる。



「……終わりだ」



 今の瞬間、僕は彼女の左腕を刎ね飛ばした。首を切断するには至らなかったが、それでも僕の攻撃をかわし切れることもなく、クレアはの左腕は宙を舞っていた。



 肘から先はすでになく、ボトリと地面に切断された腕が落ちる。僕は分かっていた。このままいけば、僕の方が反応速度が速くなると。魔法だけではない。物理的な身体能力は僕の方が上になるのだと。



 そして拮抗している実力は突如として、崩壊する。



 クレアも確かに強い。以前の僕ならば、付いていくのがやっとというところだろう。だが、魔人の能力もまた解放した僕は彼女の上をいっている。



 そんな彼女は切断された腕を見て、ニヤリと嗤うも僕の体はすでに次の行動を取っていた。



「……」



 首を刎ねる。それは僕が不可視刀剣インヴィジブルブレードでやったものではない。爆裂四散フルバーストはまだこの場に停滞していたのだ。クレアはそれを躱し続けていたが、追尾し続けるその凶刃は容赦なくその首を刎ねた。



 後悔などなかった。ただ成すことを成した。それだけだった。たとえ肉親であったとしても、相手は魔人で敵なのだ。ならば容赦する道理などない。顔に付着した血を拭うと、僕は死体に近づこうとするも……後方から聞こえて来たのは彼女の声だった。




「あはぁ……いいねぇ……いいよぉ!! さいっ、こうだよ!! 私の腕を、それに首も刎ね飛ばすなんて、さすがお兄ちゃん!! あのオーガの村では満たされなかったけど、今は違う。今はこんなにも楽しい!! あぁ楽しいよぉ!!」

「……生きている、だと? いやこれは……」




 そう。クレアは嗤う。嗤っている。首は確かに宙を舞った。だが彼女は生きている。それも五体満足の状態で。意味が、意味がわからない……どう言うことだ? 僕はそれと同時にある思考が脳内によぎっていた。まさかこいつは……あの能力の使い手なのか? そう……予想し始めていた。それにこいつが言った言葉も今は気になっていた。



「オーガの村? まさか……」

「ふふ、知りたい?」

「……殺したのか」



 その口ぶりから察するに、クレアはあの村で何かをしたのかと思った。そして、今までのようにニヤリと不敵に嗤いながら話し始める。



「殺したよ。もちろん、皆殺し!! あはははは! いやぁ雑魚ばっかりだったけど、一人だけ強かった奴がいたなぁ……あの村の長だったみたいだけど、10分も掛かったよ。殺すのにさぁ……」

「お前が、エドガーさんを……」




 僕は自分の感情の高ぶりを抑える。お世話になった方々が死んだ。それも、それをやったのが目の前にいる女だと知って、殺意が爆発しそうになる。いやそれだけじゃない。あの襲撃での惨劇。それにエリーさんの件。クレアが全てと繋がっているとは言わないが、それでもこいつもまた魔人であり、人間に仇なす存在なのだ。



 心を満たすこの黒い感情。殺したいと言う明確な殺意が僕の心を満たしていく。だが……ここで感情的になってしまえば僕は自分自身を失ってしまう。全てを破壊したい衝動に駆られてしまう。それだけは抑えなければならなかった。今の自分は覚醒したとはいえ、不安定。ここにいるのがクレアだけならまだしも、シェリー、先輩、リアーヌ王女もいる。仮に全てを解放してしまえば、この場全てが崩壊してしまうだろう。


 だからこそ、僕は押し殺し続ける。この真っ黒に染まる大きな殺意を理性で抑えつける。ギュッと握る拳、それに唇からは血が流れていた。どこまで、どこまで人を愚弄すれば気が済むのか……。こんな理不尽は早く終わらせなければならない。




「ふふ……あーあ。お兄ちゃんってば、やっぱ人間だね。構成素体は、人間と魔人。でもその心は人間のまま。私と違って魔人じゃない。だからさぁ……こうなるんだよッ!!」



 瞬間、クレアの右目が発光する。僕は直視していけない……と分かりつつもそれはすでに遅かった。光の速度に抗えるほど、僕は速くはない。



「――死の欲動タナトス



 直視した先に待っていたのは……全くの別世界だった。




 ◇




「ここは……」



 先ほどまで僕は地下にいた。あの場所でクレアと戦っていた。だというのに、今いるのは真っ白な世界。


 呆然としていると、どこからともなくクレアが現れる。もちろん僕はどんな場所にいようとも、戦闘を続ける。すぐに不可視刀剣インヴィジブルブレードを発動しようと試みるが……発動しない……?



「ふふ。ようこそ、私の世界へ」



 クレアは落ち着きを取り戻したのか、先ほどよりは冷静な声でそう呟いた。何もない真っ白な世界に二人きり。嫌な予感しかしない。それに魔法が発動しないとは一体……。



「ここはね、私の精神世界。お兄ちゃんは元々物理特化するようにデザインされている。だからね、私はいずれ追いつけなくなる。でも……私にあるのは、私の本質はここ。この世界なの」

「精神干渉系の特異能力エクストラか……」

「……正解。さて、お兄ちゃんは耐えられるかな?」



 スッとクレアの姿が消えると、僕は椅子に拘束されていた。ここは彼女の精神世界というのなら、何が起きて不思議ではない。だが……まさか……。


 嫌な予感が頭をよぎる。そして僕は椅子の下の方が燃えているのに気がついた。熱い。確かに感じる。感触はまだ鈍い。だが痛覚は間違いなく存在していた。これは間違い無く、痛み……そのものだった。



「あああああああああああああああああッ!!!!!!!」



 悲鳴。あまりの痛みに僕は叫び声をあげる。その後、僕に襲ってきたのは間違いなく死そのものだった。あらゆる拷問により生じる死。串刺し、磔、火あぶり、アイアンメイデン、ギロチン、引き伸ばし、審問椅子、そのすべてのイメージが僕を襲う。どこまで痛みが伴う死。精神が狂ってもおかしくはない程の死のイメージ。いやイメージではない。それは現実と全く遜色はなかった。むしろ、この痛みだけは現実と変わりようがない。



 これは人の尊厳を踏み躙るような能力。僕はそれを真正面から受け止めていた。どこまでも凶悪で、悍ましい特異能力エクストラ。普通の人間は死など体験できないし、経験もできない。死ぬことは存在がなくなることなのだから。体験とは、経験とは、存在しているからこそできるものだ。でも僕は確かに死を経験している。その矛盾をこの身に受け続けている。訳がわからない……この痛みに耐えることができるのか、一体いつになれば終わりがくるのか……。



 人が根源的に抗うことの出来ない圧倒的な恐怖を相手に与える。



 クレアの真価とはこのことだったのか……。




「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」



 気がつけば、僕はあの地下空間に戻ってきていた。地面に手をつき、体から溢れ出る汗を拭う。間違いなく、僕は死んでいた。いや、死を経験した。そして目の間には僕と同じように、全身汗だらけのクレアがにこりと微笑んでいた。



「……どう? 楽しかった?」

「まさか……お前も……」

「もちろんだよ、お兄ちゃん。あの世界での痛覚は私にも反映される。あの瞬間、私とお兄ちゃんは一緒に何度も死を迎えていた。でもやっぱり、お兄ちゃんは特別だね!! 死の欲動タナトスを受けて生きているなんて、流石だよぉ……あぁ、もう。本当に大好き、愛してるよ、お兄ちゃん……」



 正気ではない。いや……もう互いにとっくに正気などではない。狂気の世界で生きている。そしてそれは僕もまた、同様なのか。死を経験したばかりだというのに、この体は動く。精神的にもダメージはあるものの、僕にはまだ戦う意志があった。


 自分もまた、彼女と同じ化け物なのだと嫌でも突きつけられる。



「ははは、いやそうか……そうだったのか……」



 独り言をぼそりと呟く。僕は化け物だ。この異形を宿している自分はまともではない。心は人間だから大丈夫。そう思っていた。だがその心もまた、化け物であると悟る。自分という存在が分からなくなりそうになる。



 でも、それでも、使命だけは忘れていなかった。死んでいった人たちのために、ここで倒れるわけにはいかない。たとえ、どれほどの死を経験しようとも、僕は前に進もう。肉親すら殺してみせよう。それが、作り出された僕の役目なのだから。



「クレア、終わりにしよう」



 そして、僕は再び凶刃を振るった。





 


 

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