第70話 禁呪秘跡




「あはははー、お兄ちゃん宙吊りじゃーん。あはははぁ〜」

「お前は、一体……」

「ん? 分かんないの? 双子だよ。双子。私が妹で、あなたがお兄ちゃん。見てわかるでしょ? だってこんなにも私たちは似ているんだからさぁ……」



 ニヤリと微笑む少女。その言葉を聞いて、僕は否定の言葉など浮かばなかった。似ている。いや、似ているなどという次元ではない。同じだ。全く同じ顔に、髪色。それに背丈もほぼ同じ。本当に、僕とこいつは双子なのか……でもそう考えると、僕は一体誰なんだ?



 この髪はストレスで白くなったと思っていた。だが、目の前の少女もまた白髪。どこまでも純白の髪が腰まで伸びている。つまりはこの状態が、異常ではなく普通ということなのか? それにこの近くにいるだけでも感じる魔素の大きさ。間違いなく、魔人だ。でも、僕が魔人と双子? つまりは……僕という存在は……。




「クレア。そこまでにしなさい。始めるわよ」

「はーい。バイバイ、お兄ちゃん」




 クローディアはすでに魔法陣を描き終わり、僕たちの方に歩みを進めてくる。今拘束されている中で、意識があるのは僕とリアーヌ王女だけだ。でもリアーヌ王女の方は呻き声を上げるだけで、まともに話すことができないようだった。僕もまた、完全な状態には程遠い。あの転移の際に何かされたのだろう。僕たちはすでに満身創痍に近い状態だった。



「……アイン零零アインソフ零零零アイン・ソフ・オウル



 クローディアがそう言葉を紡ぎ始める。すると僕たち四人の体は発光を始め、意識が遠のいていく。




「ケテル、コクマー、ビナー、ケセド、ゲブラー、ティファレント、ネツァク、ホド、イェソド、マルクト、ダアト」




 もはやその声は意識の外にあった。僕はこの世界のどこにもいない。今いるのは……世界の中心。そう呼ぶべき場所に自分がいるのを悟る。そしてこの世界を客観的に見ている……そんな感覚。全てを俯瞰し、眺める。真っ白な世界。僕はそこにいた。たった一人でその場に立っていた。



 確かに僕はあの地下にいた。だけど、意識だけなのか……僕は今確かに不確かな空間に身を置いていた。



「ユリアくん」

「……え?」



 後ろを振り向くと、そこにいたのは……エリーさんだった。どうして……エリーさんは殺されたはずなのに……。



「どうして……どうしてここに……」

禁呪秘跡サクラメント。それを使ったから。万が一に備えてあなたの体に少し細工をしたの」

禁呪秘跡サクラメント?」

「魔法の一つの極地。私の場合は、意識を転写することだったけど……もう時間はあまりないわ。単刀直入に言うわ。今から、あなたの能力を解放する」

「解放? まさか……」

「そう。あなたの能力はまだ眠ったままなの。無属性魔法しか使えないんじゃない。あなたはそうなるように、自分で封印をかけていたのよ。自分が壊れないように……無意識に、ね」

「エリーさんやはり僕は……」



 そこから先の言葉を言うのは躊躇われた。それでも僕は現実を向き合う必要がある。








「……そう。あなたは人間でもあるけど、魔人でもある。厳密に言えば、人間と魔人のハーフ。その二つの血を持つ完全体」

「そう……そうですか……だから僕の黄昏症候群トワイライトシンドロームは……」



 その時、僕は思い出していた。あの時の先輩の言葉を。僕の部屋に来て、服を脱ぎ去り見せてきた姿。そして、最後に先輩はこう言った。



『ねぇユリア……私たち……』

『先輩……』

『……私たちは、人間なのかしら?』



 その時はその言葉を真正面から受け止めることはできなかった。先輩の戯言とまでは言わないが、考えすぎだろう……と。だから僕は忘れることにした。それも、敢えて忘れることに。何故ならば、僕はそんな現実に直面したくなかったからだ。自分が人間ではない。そんなことはありえないし、許容できない。だが時間が経つにつれ、それは確信に変わり……そして今に至る。だからこそ僕はエリーさんの言葉をすんなりと受け入れることができた。


 もともとその懸念は頭にあった。僕はやはり、厳密な意味では人間ではないのだと……。



「あなたの場合は、病魔に侵されている訳じゃない。むしろ正常な状態に戻りつつあった。黄昏症候群トワイライトシンドロームは、あなたの場合は全てを元に戻すための機能でしかなかった、ってわけね。さて、と。もう時間があまりないわね」

「エリーさんは……もう……」

「私はもう死んでいる。サイラスに殺されたから。奴は擬態の特異能力エクストラを有しているわ。それは魔素形態だけじゃない。固有領域パーソナルフィールドさえもコピーできる。そして奴は……魔人よ。サイラスという人間に擬態している、魔人。それで最後に、奴らの目的はセフィロトツリー解放。だから四人の媒体が必要だった。全てはそのためだったのよ」

「それはどう言う……?」

「……もう時間がないわ。ユリアくん、ここから先はリアーヌ王女が知っている。いや、これから知ることになる。私にできるのは、あなたの能力を解き放つことだけ。さぁ、行ってらっしゃい。人類を、世界を頼んだわよ……」

「はい……ッ!」



 そして僕の意識は再び遠ざかる。これは夢か幻か、それともうつつか。だがもう僕は振り返ることはなかった。


 

 エリーさんの死を、全ての人間の死を、無駄にするわけにいかない。




 ◇




「……」



 僕は完全にあの地下へと意識を戻していた。そして自身の能力が本当の意味で解放されるのを感じ取る。すでに拘束しているワイヤーは切り裂いた。


 なるほど……尋常ではない魔素を込めていたのか。それに対象の魔素を吸収する能力もあるようだ。よくできているが、そんなものは今の僕には通じない。僕は拘束されている全員を解放すると、その場に寝かせる。そして結界で3人を覆い隠すようにして守護領域を生成。すでに魔法は正常に機能している。無属性魔法だけではない。今の僕にはあらゆる魔法が使える。それは本能的に理解していた。



 さらに、僕の体からは完全に刻印がなくなっていた。


 黄昏症候群トワイライトシンドローム。それは僕を魔族にする病魔ではなかった。それは僕を完全なものにする過程。全てはここに至るまでの途中経過でしかなかったのだ。



「ユリア……さん……」

「リアーヌ王女、意識が。大丈夫ですか?」

「えぇ……最後に、最後に私はやることが……」



 彼女から耳打ちされた内容を理解すると、僕はゆっくりと立ち上がって呆然としている3人に対峙する。



「何よ……何よそれ……」

「……」



 すでに交わす言葉などない。僕は完全に覚醒した。自分の意味を知った。なぜここにいるのか、なぜ生み出されたのか。人間と魔人の間に生まれた子ども。それが僕……いや、僕たちだった。ここにいる者で人間は一人もいない。



 シェリー、先輩、リアーヌ王女、そしてクローディア、サイラス……そして僕たち双子。皆、宿命を背負ってこの場にいる。呪われた運命。人間と魔族を組み合わせるという、業を背負って生きている。もしかすれば、僕もあっち側にいたかもしれない。だが、僕は今……人類を守るためにここに立っている。もう……迷いなどなかった。自分の起源を知った。それは確かに忌避すべきものだ。呪いとも呼ぶべきものだ。それでも、僕は……戦う必要がある。あの襲撃で死んで行った多くの人々。そして、僕に想いを託してくれたエリーさんのためにも……。



「クローディアッ!! 完全個体だッ! 下がれッ!!」



 サイラスがそう言うも、僕はすでに奴の左腕を不可視刀剣インヴィジブルブレードで弾き飛ばしていた。


 なるほど、人間を超える能力とはこう言うものなのか……そんな感覚に浸りながら、僕は切断した傷口を凍らせる。おそらく再生魔法を使ってくるだろうが、これならばしばらくは時間が稼げる。魔人の再生能力は厄介だ。ならば、初めから対策をしておくに限る。



「……そんな、どうして……どうして……」



 妙に狼狽えているクローディア目掛けて僕は地面を駆ける。すでに彼女を殺す術は脳内に幾つも浮かんでいた。だが、ここで殺してしまってはいけない。奴には情報を吐かせるためにも、生かして捉える必要がある。そして僕は不可視刀剣インヴィジブルブレードを両手に持つナイフから起動して襲いかかるも……目の間にはあの少女がいた。



「ふふふふ、あははははははは!! 来てよかった! やっぱり、お兄ちゃんもそうなんだねッ!! 私たちはやっぱり兄妹だよッ!! あはははははッ!!!」

「……煩わしいな」



 そうして対峙するのは双子の妹。間違いない。この状態になったからこそよくわかる。魔素の形態、そして固有領域パーソナルフィールド、それら全てが僕のものと一致する。この黄昏眼トワイライトサイトに映るのは、この少女は自分と同じ存在であると言う事実だった。



「クローディアッ! セフィロトツリーの回収は!?」

「終わってる……何とか……」

「よし。離脱する。完全個体の相手は些か骨が折れる。クレア、任せても?」

「オッケー。二人は離脱していいよ。お兄ちゃんの相手は私がするよ〜」

「もう、殺しても構わない」

「ふふ、できるといいけどね〜。ちょっと、厳しいかもね〜」

「最悪の時は……分かっているな?」

「ん? あぁ……はいはい。分かってるって」

「では頼んだ」



 逃げ去ろうとする二人だが、逃がすわけにはいかない。僕は目の前のいる彼女を無視して、二人の足を切断しようと試みるが……不可視刀剣インヴィジブルブレードはクレアに受け止められていた。



「……邪魔するのか、死ぬぞ」

「ふふ、いい。とってもいい。あぁ……最高だよ、お兄ちゃんッ!!」




 僕たちが剣撃を交わす瞬間、後方にいたリアーヌ王女が能力を解放。そしてこの地下にクローディアの悲鳴が響き渡る。今までの攻防。それは時間稼ぎでしかなかった。全てはリアーヌ王女の能力を万全に使用するための。



「きゃああああああああああああああああああああッ!!」



 成功したようだ。リアーヌ王女とクローディアの間には緋色の線のようなものが目を通じて繋がっていた。それは……リアーヌ王女の特異能力エクストラ。この世界を暴き出す、能力だ。



「……よそ見しちゃダメだよッ!!」



 眼前。降りかかるってくる二本の剣を受け止めると、さらには彼女の足を起点にした不可視刀剣インヴィジブルブレードもまた、躱す。双子だからなのか、使う魔法もよく似ている。


 そしてそれを黄昏眼トワイライトサイトで知覚すると、僕は余裕を持ってさらに躱し続ける。



「……ぐッ!!」



 間髪入れずに連続攻撃。それを真正面から受け止めると、クレアは後方に吹き飛んでいった。なるほど……このぐらいの力でもまだ足りないか……。そんなことを考えて、僕はすぐに後方にいるリアーヌ王女の方へと向かう。




「ユリアさん……成功しました……はぁ……はぁ……」

「情報はどの程度?」

「7~8割程度……です……でも、重要なものは奪えました……はぁ……はぁ……う、ぐうううううう……ううぅ……」



 その双眸そうぼうからはおびただしい量の出血。おそらく能力の限界を超えたのだろう。すでに彼女の体は悲鳴を上げ、自壊を始めている。



「分かりました。あとはお任せ下さい」

「頼み……ました……」



 そしてリアーヌ王女はその場に倒れこむ。



 僕は改めて、シェリー、先輩、リアーヌ王女のいる空間に結界を張るとクレアに向かって歩いていく。



「攻撃してこないのか?」

「ふふ。正々堂々、やりたいでしょ?」

「理解できないな……だが、いいのか逃げなくて。二人は逃げたぞ?」



 そう。すでにサイラス、クローディアは共に離脱していた。追いかけたい気持ちもあるが、情報はすでに手に入れた。それに今は……こいつを無視して追いかけることはできないと悟る。おそらく、その実力は特級対魔師に匹敵するか……超えている可能性もある。今のクレアからは幾分の隙もない。完全に解放された僕であっても、油断できない相手だと……そう判断した。




「ふふ、ふふふ。あははははははは!! こんなにも最高のお兄ちゃんがいるのに、殺し合いをしない理由なんてないよッ!! さぁ満たして!! 私のこの渇きを満たしてよッ!! その強さでさぁッ!!!」

「……理解できないが、仕方ない」

「ふふ、そうこなくっちゃ!!」



 そうして僕は、双子の妹であるクレアと対峙するのだった。



 もう止まることなど、出来なかった……。


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