第56話 試練
シェリーはロイと向かい合っていた。腰に下げている刀に手を当てると、自分の高鳴っている心を落ち着ける。以前はギルと手合わせをしたが、それは真剣勝負という感じではなかった。しかし、今こうして向かい合っているロイからは本気の気配しか感じない。彼曰く、自分の見たものしか信じないそうだが、シェリーもまたそう思っている。
だからこそ、自分はここで彼に見せつける必要がある。そうシェリーは考えていた。あの襲撃からまだあまり日は経っていないし、刀に武器を変えてからはさらに短い。それでも、シェリーは最大限の努力をしてきた上に、ベル、ギル、それにユリアとも鍛錬を重ねてきた。
「ほぉ……雰囲気はあるな。ベルのやつが推すだけの理由はあるってか?」
「……」
そう言われるも、シェリーは応じない。いやすでに彼女の意識は戦闘へと没入しつつあった。
「じゃあ、行くぜ。心配しなくても、殺しはしねぇ。だが、少しばかり痛い思いはするかもなぁッ!!」
ロイは地面を思い切り蹴り、距離を縮めて来る。それと同時にシェリーは腰から下げている刀を握りこむ。今回は居合抜きからこの戦いを始めると決めていた。そのため、すぐには抜刀しない。相手の動きを最後まで見切って、攻撃をする。
「オラあああああああああッ!!」
ロイが持っているのはブロードソード。学生でも扱っている一般的な武器だ。もちろん、彼の本来の武器は別にあるが彼は別にどんな武器で敵を殺す事ができればいいと考えている。そのため、他の特級対魔師と異なり武器にこだわりはない。武器など所詮は消耗品。それに頼り切るなど、彼にはできなかった。この世界にある全てを利用して魔族を殺しつくす。それが彼の信条だった。
そして今は試合前に近くにいた軍人からブロードソードを二本借りて、それを二刀流にしてシェリーに向かっている。
姿勢を低くし、その勢いのまま大地を駆ける。そして両手を掲げるとそのまま思い切り振り下ろした。
「……」
シェリーはそれを見切って後方にわずかに体をずらすだけで躱すと、抜刀。彼女の放つ鋭い一閃がロイを襲う。
「……ッ!!」
もちろん、ロイもシェリーの構えから居合抜きをして来るのは把握していた。今回は様子見も兼ねて、敢えてそれを許した。だがそれはロイの予想を超えていた。
(まじかこの女、ベルそのものじゃねぇか……)
ロイは以前にベルに喧嘩を売り、彼女と戦った事がある。当時はこんなおどおどした女に負けるわけがない。そう思っていた……。
ロイは天才だった。学院も早期に終わり、すぐに軍属となった。その勢いのまま、彼は特級対魔師の地位にたどり着いた。そこで彼は人類の中でも最高峰の対魔師の面々と出会った。もちろん、彼は片っ端から喧嘩を売るつもりだった。その始めがベルだった。その当時からベルは序列2位で、こいつを倒して序列一位を倒せば自分がこの人類で最強なのだと証明できると思っていた。若さ故の過ち。今はそう振り返るが、当時のロイはベルに完敗。手も足も出ないとはこの事かと痛感することになった。
全ての攻撃を躱され、カウンターを叩き込まれる。彼女の扱う刀捌きに全くついていく事ができなかった。年齢は10歳近く違う。それでも、ロイには自信があった。自分は天才だ。誰にも負けたことはない。学生の時でも危険区域レベル3に赴き、魔物を狩ったこともある。全てにおいて、自分は才能に恵まれている。人類の救世主になるのは自分だ。そう……思っていた。
だがベルに鼻っ柱を叩き折られてから、彼は謙虚になることを覚えた。もちろん、その攻撃的な性格は依然として変わりはないがそれでも自分の能力を過剰に見積もることはなくなった。自分など、特級対魔師の中ではまだまだ下の地位なのだと理解した。それ以来、彼はその能力をさらに伸ばしていった。
今回、シェリーに喧嘩を売ったのは、伝聞は信じないということもあったが純粋にあのベルの弟子はどんなものかと知りたい理由の方が大きかった。情報として、ベルと同様に刀を使い、彼女に酷似した戦闘スタイルを確立していることも知っていた。
だが、この女はなんだ? そう思わざるを得なかった。今の攻防。確実に避けれる距離にロイはいた。十分に距離を取っていた。だというのに、シェリーの居合抜きはロイの軍服を横に切り裂いていた。後、数センチでその攻撃は彼の皮膚に届いていたのだ。それと同時にロイは彼女の攻撃を把握した。シェリーは予め、ロイの攻撃が誘いだと分かっていた。だからこそ、ロイの攻撃を避けたと同時に前に詰めていたのだ。本当にわずかな体捌きだが、それはベルに酷似していた。人の無意識に潜り込むような動き。自由在在に距離感を操り、その刀の攻撃を一番有効な手段で用いる。ベルと同じか、いやもしかしたら……。
「……本気で行くか」
ロイは今の攻防でシェリーの実力を把握した。いや、厳密には自分には正確に測りきれないものだと分かった。だからこそ、彼もまた本気を出そうとしていた。
(……雰囲気が変わった? 本気で来るつもり?)
一方のシェリーもまた、ロイの変化に感づいていた。自分の刃は特級対魔師に届き得る。そう自信を身につけた彼女だが、まだ互いに本気ではない。ならば……。
シェリーはベルで言うところの秘剣……六花を解放しようとする。だが、二人の戦いはそこで終わることになる。
「はいはーい。終わり、終わりね〜。ロイさん、もういいでしょう。今の一瞬で十分だ。彼女は強い。それも限りなくこちら側に近い」
水を差すようにして、二人の間に唐突に現れたのはヨハンだった。
「ヨハン、テメェ……」
「分かってるでしょ。これ以上は本気の殺し合いになるって」
「ッチ……おい、シェリーと言ったな」
「はい」
「認めてやるよ。お前は強い。そして、正真正銘ベルの弟子だってな」
「……恐縮です」
場の雰囲気が弛緩していくのを感じて、シェリーは刀を鞘へと戻す。今の攻防だけで認められるとは意外だが、確かにこれ以上やれば本気になる必要があった。丁度いい幕切れなのかもしれない。そう思っていると、ユリアが近づいて来る。
「シェリー、お疲れ様」
「と言っても、たった一撃やりあっただけね」
「それでも十分だよ」
「そう。ならよかったけど……」
二人でそう話していると、ロイが近付いて来てこう告げるのだった。
「よし、今日は四人でレベル3に行く。いいな?」
『了解』
その言葉に、ユリアとシェリーは頷く。こうしてシェリーもまた、ロイに認められることになった。だがしかし、これはまだ始まり。シェリーが今後、対魔師の中でも最強格の一人になる……その序章に過ぎなかった。
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