第44話 才能の開花



 互いに刀を持ち、間合いを測る。ジリジリと詰め寄っていき、先に動いたのはシェリーだった。



「ハアアアッ!!」



 大地を駆け、その勢いのまま一閃。だが、ベルはそれをあっさりと受け流すとそのまま彼女の刀を弾き飛ばすようにして自身の刀を振るう。



「……やるね」



 ボソリとそう呟くベル。彼女は基本的には内向的な性格で口下手だ。しかしこと戦闘においては、内向的な性格はともかくその口調は至って普通のものになる。そして彼女が口にしたのは、驚きというよりも感嘆からであった。



 それはシェリーがベルの攻撃をいとも簡単に受け流したからだ。シェリーが刀を持ってから、まだ日は浅い。だというのに、彼女は鍛錬を重ねれば重ねるほど強くなっていく。まるで何も吸収していないスポンジの如く、シェリーはベルの技量をすべて吸収し、自身のものとしていた。シェリーにおいては停滞というものが存在しなかった。



 そして、その実力はすでに一級対魔師の中でも上位に位置する。いや、もしかすると彼女は……とベルは刹那の間に思索に耽るが、今はこの戦いに集中すべきだと再認識し、シェリーの連続攻撃を受け続ける。



「ぐ、うッ……」



 そう声を漏らすのは、ベルの方だった。圧されている。本当に僅かな隙だというのに、シェリーはそれを逃すことはなかった。彼女の瞳に映るのはすでベルだけではない。彼女には別の何かが見えている。ベルはそう考えざるを得なかった。一挙手一投足がすべて把握されている。こちらのカウンターもすべて潰される。シェリーの剣戟は既にベルの領域にも届こうとしていた。



(恐ろしい才能……でも……まだ、若いね)



 ベルはシェリーの驚異的な才能を認めつつも、自分が負けるというイメージは持っていなかった。そしてベルは一気に後方にバックステップをして、距離を取る。もちろん、それを逃すシェリーではない。すぐに追走すると、そのまま袈裟を裂くようにして斜めに刀を振るう。


 だがその一撃は、ベルに届くことはなかった。




「――第八秘剣、紫電一閃しでんいっせん




 ベルは後方に下がると同時に、納刀していた。そしてシェリーがしっかりと詰めてきているのを知覚すると、彼女の刀目掛けて秘剣を発動した。



「な……!?」



 シェリーは驚きの声を上げる。今の瞬間、勝ったと思った。圧していたのは自分だ。勝利への道筋も見えていた。苦し紛れにベルが後方に逃げたのだと思っていたが……その実、ベルのそれは誘いであったことを悟る。


 ベルは秘剣を発動するために、逃げるようにしてシェリーを誘ったのだ。


 シェリーはそれを知った時にはもう遅いとわかった。彼女の刀は根元から綺麗に切断されたからだ。ベルの持つ十の秘剣が一つ、紫電一閃。超高速の電磁抜刀術であるそれは、たとえ後手に回ろうとも先手を取り得る高速の剣技だ。



「はぁ……もう少しで先生に勝てそうだったのに……」

「ふふ。まだシェリーちゃんに……負けるわけには……いかないよ……」



 ベルは自分の持つ刀を納刀すると、シェリーの方へと近づいていく。ちなみに、シェリーはベルのことを先生と呼んでいる。曰く、師匠だと大げさすぎるので先生でいいとベルが申し出たらしい。



「その……とても良かった……よ? 私もちょっと本気出しちゃった……」

「最後のあれ、秘剣ですか? 凄まじいですね」

「秘剣は全部で十あって、私の……オリジナルの……剣技だね……でもあれを一つでも出すだなんて……思ってもみなかったよ?」

「私、成長しているんでしょうか?」

「うん。すごい……成長してるよ」

「でも先生にはまだまだ勝てる気がしません」

「ふふ。それは……十年早い……かな……」



 シェリーは確かに強くなっていた。だがそれももう天井が見えてきた。基本的な技術はもうほぼ完璧だ。ではベルと何が違うのか。それは剣技の有無だ。ベルは秘剣というものを自身の絶対的な力として所有している。一方のシェリーには剣技と呼ぶべきものが何もない。ただ刀を振るっているだけだ。


 これはそろそろ頃合いかもしれない。ベルはそう考えて、口を開いた。



「シェリーちゃんも、自分の剣技を持つべき時……かもね……」

「自分の剣技……ですか?」

「うん……私も……秘剣を使えるようになってから……すごく成長したから……」

「少し考えてみます」

「うん……分かったよ」



 ベルはこの時、これから数ヶ月は時間がかかると思っていた。下手をすれば年単位。だというのに、数日後にはシェリーは自分の剣技の原型を生み出していたのだ。




「ど、どうですか?」

「はぁ……はぁ……はぁ……えっと……その、いいと思うよ……」



 あれから再び、ベルはシェリーの相手をしていた。シェリーが自分の剣技のイメージを掴みたいということで彼女の剣技を受けてみたが……予想以上だった。これでまだ未完成だというのだから、恐ろしい。いや……本当にシェリーは一体何者なのだ……ベルはそう思っていた。これほどの成長度合い。それも、昔から才能があったわけでもなくここ最近になっての急な開花。


 眠っていた才能が目覚めたといえば、そうなのだろうが……ベルは何か別の予感が頭をよぎっていた。



「……固有名称は、六花りっか。この剣技は、6つに分けて使っていこうと思います」

「うん……シェリーちゃんならきっと、モノにできるよ」



 にこりと微笑み、ベルはシェリーの頭を撫でた。色々と思うところはあるが、弟子の成長を喜ぶのは当たり前だ。それに口下手で人付き合いの苦手なベルにここまで、付き合ってくれたのだ。伝えたいことが言えないこともあった。それでもシェリーは一生懸命ベルと向き合ってくれた。



 それを無下にするほど、ベルは無感情なわけではなかった。




 ◇




「先輩、最近食べ過ぎじゃないですか?」

「もぐもぐ……そうかしら?」



 シェリーは鍛錬も終わり、食堂へとやってきていた。そして視界に入るのは、ユリアとエイラの姿。最近はあの二人が一緒にいるところをよく見る。シェリーもまた、あの中に入りたい……そう思っているも、彼女はそれを堪えた。



 自分にはまだ力が足りない。あそこに居ていいのは、特級対魔師だけだ。いつしか、シェリーにはそんな想いが芽生えていた。ユリアとエイラ。二人はこの人類の希望である特級対魔師なのだ。そんな二人に、並び立つなど……自分には到底できない。付き合いで一緒に食事をとったり、会話をすることはある。それでもシェリーは確かなわだかまりを持っていた。



「あれ? どうしたのシェリー」

「……ソフィア」



 後ろから声をかけられて振り向くと、そこにいたのはソフィアだった。いつもニコニコと笑っていて、明るい友人。もうそれなりの付き合いになるが、ソフィアには何かと助けられている。



「ユリアたちのところ、行かないの?」

「……行けないわ」

「何かあった?」

「私はまだ……弱いから」

「あらあら。これはちょっと拗らせてるね〜」

「どういうこと?」

「多分、二人の側に立てるほど強くないって思ってるんでしょ?」

「……うぐ」



 図星である。そんなに分かりやすいのか……とシェリーは思った。いつでもソフィアは見透かしたようなことを言ってくる。それが的外れならまだ言い分もあるのだが、それが毎回的を得ているのだから何とも言えない。



「ま、シェリーは自分で整理をつけるべきだよね」

「まぁ……そうよね」

「もっと強くなりたい。それは私も同じだよ。いつか私たちもあの二人の隣に立てるように、頑張らないとね」

「……ソフィア、ちょっと変わった?」

「ん? まぁ……色々とあってね」



 その後、シェリーとソフィアは二人並んで食事をとるのだった。

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