第41話 侵食




「第七結界都市で貴族たちのパーティーが開かれることになった。それで今回の任務は極秘裏にある人物の護衛をすることだ」



 早朝。いつも通り、ブリーフィングルームにやってきた僕たちにやってきた任務は通常とは違うものだった。いつも通り、黄昏に行くものだと思いきやまさかのパーティーでの護衛。これは一筋縄ではいかないのかもしれないと僕は思った。



「護衛対象は?」



 エイラ先輩がそう尋ねる。すると、大佐の口から出てきたのは聞き覚えのある名前だった。



「主な護衛対象はリアーヌ第三王女だ。他の人間は、憲兵部なども協力して行う。なんでも、元々は第一結界都市で開かれる予定だったが、今回は第七結界都市で行われる運びとなった。おそらく第一結界都市から遠ざけたいのが理由だろう」



 第一結界都市。襲撃があってからしばらく経つけれども、それでもまだあの時の爪痕は確かに残っている。さらには裏切り者がまだ暗躍しているかもしれないのだ。確かに、あそこから離れるという選択は合理的なのかもしれない。



「さらに今後は貴族たちがこちらに居を構える予定……らしい。各結界都市に移動するみたいだが、第七結界都市はその中でも数が少しばかり多い。今回はその親睦会……というのがパーティーを開く理由らしいが」

「何かあるんですか、大佐?」

「今回の貴族、さらには王族の移動。相手が狙うには絶好の機会だ。王族と貴族は結界都市の維持に資金的な面などでも貢献しているからな。そこで我々が駆り出されたわけだ」

「なるほど……」



 そもそもパーティーを開かないという選択肢もあるだろうが……それは一般市民に向けてのアピールの意味もあるらしい。我々は黄昏に、魔族などに屈することはないのだと。あの襲撃があろうとも、前に進み続けるのだと。



「それでもう一人、特級対魔師が補充にくる」

「え? それだと、第七結界都市に四人もいることになりますよね?」



 僕は純粋に疑問に思った。一つの都市に4人も集中してもいいのだろうか……と。



「と言っても一日だけだ。上はそれでいいと判断したようだ。ちなみにやってくるのは……」



 大佐がそう言おうとすると、ドアが思い切り開く音がした。



「じゃーん! 私でしたー! どう、みんな驚いた?」

「……クローディアじゃない」



 エイラ先輩は彼女の姿を見て、忌々しそうにそう呟く。そう、やってきたのは序列第七位のクローディアさんだった。



「あら? 反応薄いわね〜。ユリアくんだけじゃない。いい顔してるのは」

「ははは……お、お久しぶりです……」




 ということで、今回の任務はクローディアさんも帯同することになるのだった。




 ◇




「ユリアく〜ん、お久しぶり〜」

「あ、はい。どうも……」

「あら? どうしたの? なんか余所余所しいけど」

「えっとその……」



 別にクローディアさんと話すのが嫌というか、緊張するとか、そういうわけでもない。確かに美人で色々と緊張する面もあるが、今は何よりも……エイラ先輩がすごい不機嫌なのだ。



「どうしたの、エイラ? 今日はやけに機嫌悪いけど」

「あんたのせいよ。よりにもよってクローディアが来るなんて……」

「もう〜、そんな事言って……可愛いんだから〜」

「ちょ!? 離れなさいよ!」



 そう言ってべったりと抱きつくのを嫌がる先輩。なんというか、一見すれば微笑ましい光景なんだけど……先輩の嫌がり方は結構マジで、普通に嫌っているという印象しかない。


 まぁ……確かにあまりベタベタと来られると嫌な人もいるしね。



 ちなみに今はブリーフィングルームに3人だけ残っている。他のメンバーは会議が終わるとすぐさま移動してしまった。これは後から聞く話なのだが、クローディアさんの言動は以前から軍でも問題になっており……と言っても、ただ鬱陶しいというものだが、それでも避けるのが賢明……というのが全体の総意らしい。そして先輩と僕は運悪く捕まってしまい、こうしているわけだ。



「ん? エイラ、もしかして……進んでる?」

「……別に、ちょっとだけよ」

「なんの話ですか?」

黄昏症候群トワイライトシンドロームよ」

「え、先輩進んでいるんですか?」

「……」



 顔をそらすエイラ先輩。進行している? でも、そんな素振りは全く……。



「エイラとユリアくんは、特別進行が早いわよね」

「そうなんですか?」

「普通はレベル5の一定まで行くと、進行は止まるの。でもあなたたちはずっと進んでいるわね」

「……確かに僕の黄昏症候群トワイライトシンドロームはかなり進んでいますね。すでに胸にまで到達しそうです」

「……害がないのだといいのだけれど」

「今のところは大丈夫ですが……そういえば、クローディさんはレベル0なんですよね?」

「ん? あぁ、そうね。私はなぜか感染していないみたい。それなりに黄昏での戦闘も続けているのだけれど、全くね。稀にいるらしいわよ。感染しない個体が人間にはいるって」

「そうらしいですね……本当に黄昏って何なんでしょうね」


 黄昏に定期的に行っているにもかかわらず、感染しない人間はいる。それは軍の中でも特別珍しい事じゃない。進行の進む人間と、進まない人間。一体、何の違いがあると言うのだろうか。


 そう話している間、先輩はずっと黙っているままだった。まるでこの話題を避けているように、目を背けているように、ずっと下を向いているままだった。



「それじゃあ、二人ともまた明日ね」



 最後にそう言って、クローディアさんは去って行った。




 ◇




「先輩、ちょっと待ってください!」

「何よ……ユリア」

「余計なお世話かもしれませんが、その……どうしたんですか?」

「別に……なんでもないわよ」

「ちょ、ちょっと!」



 さっきから様子がおかしい。何か怯えているように、まるで逃げるように僕の側から離れようとしている。本当なら、ここは放っておくべきなのだろう。でもそれは直感的に良くないと思った。こんな状態の先輩をそのままにしておけない。



「何よ、ユリア。離してよ」

「離しません。先輩、どうしたんですか?」

「別に……」

黄昏症候群トワイライトシンドローム、ひどくなっているんですか?」

「……」



 再び顔を下にそらす。黄昏症候群トワイライトシンドローム。それは人間に課せられた宿命でもある。黄昏に出る以上、僕たちはこの現象と向き合う必要があるのだ。最近は僕も病院に行って定期的に検査を受けているが、現状は不明。それは他に同じような例がないからだ。僕はおそらく、人類の中でも黄昏症候群トワイライトシンドロームのレベルは最高峰に近いと自負している。でもそれは……もしかして、先輩も……なのか?



「ユリア、来なさい」

「え?」

「ユリアになら……いいわ。そこまで言うなら、見せてあげるわよ」



 僕はそのまま先輩に連れられて、彼女の部屋へとたどり着く。



「ちょ、え!? 着替えるなら、僕は外に行きますよ!」

「……いいから、見なさい」



 先輩は室内に入ると、すぐに服を脱いだ。上半身の服を脱ぐと、そのまま下着も脱ぎ捨てる。そして僕が見たのは、先輩の綺麗な柔肌などではなかった。女性の裸を見れば、多少なりとも思うところはある。でも今の僕はそんなことは全く考えていなかった。



「先輩……これって……」

「あの襲撃からね、ここまで進んだのは」

「そんなだってこれは……僕と……」

「そう、ユリアと同じぐらいね」



 そこにあったのは赤黒い刻印。でもそれは先輩の胸だけでなく、胸から全体に広がるようにして侵食していた。その範囲だけ見れば、僕と同じくらいだ。以前僕の黄昏症候群トワイライトシンドロームを先輩も見たことがあるが、確かにこれは……。



「だ、大丈夫なんですか?」

「ユリアも大丈夫でしょ?」

「は、はい」

「むしろ力が溢れてくる。そんな感じがしない?」

「それは……」



 薄々感じていた。僕は黄昏症候群トワイライトシンドロームの症状が進むたびに、その力を増していると言う自覚があった。



「ねぇユリア……あなたは、私のこと怖くない?」

「怖くなんて……僕も同じですから」

「そうね。私たちは同じ、同じなのよ……でも」



 先輩はそのままゆっくりと歩いて来て、僕の体に寄り添ってくる。



「ねぇユリア……私たち……」



 それから先のことはよく覚えていない。




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