第4話 黄昏人
あれから一週間。僕はあのダンジョンの最深部まで潜ってみたが、何もなかったので再び黄昏の世界を歩いている。それにしても一年も放浪を続けて、結界都市の一つにも戻れないとはどういうことなのだろうか。
そんなことを考えていると、何か不穏な気配を感じた。
「ん? これは……?」
最近は第六感とも呼ぶべき感覚が強くなったのか、僕は妙な気配を感じ取れるようになっていた。
「結界……なんだろうか?」
そしてそのまま森の中を進むと、結界が張ってあるのを感じた。結界を支えるのは人間にもいる。もしかしたら、この先に人間がいるのかもしれない。僕はそう考えて、結界を
「……」
ゆっくりと歩いて中に入ると、そこに広がっていたのは村だった。様式は確か……こういうのを和風って言うんだっけ? そこは結界都市とは別の街並み、レンガなどではなく石や木材などで出来た家がいくつも並んでいた。この文明のは立つ具合から見て、間違いなく人間がいる。そう、思っていたけど僕の予想は外れることになる。
「結界が破られたぞおおおッ!」
「敵襲か!? 数は!?」
「あの結界を破るのか!? まさかマクスウェルのやつか!?」
ざわざわと騒ぎ始める。そして走り回っているのは、人間に似ていても人間ではなかった。魔族だった。ちなみに、魔族と一括りにしているが知性のない獣を魔物、知性のある方を魔族と分類している。それを踏まえると、これは間違いなく魔族。それにあの頭に生えている
人と同等の知能を持ちながら、かなり高い身体機能を持つ。特に刀を扱う能力に長けており、人の手には余る……確か学院でそう習った記憶がある。
「お前!? 何やつだッ!!?」
数人のオーガに取り囲まれる。それと同時に思った。今までは出会えば即戦闘。殺し合いが始まった。僕はすぐに逃げようとしていたが、どうにも話を聞いてくれるみたい……というか、話が通じる相手と判断したので大人しく手を上げて名を名乗る。
「種族は人間。名はユリアと言います」
その言葉を聞いて、周囲のオーガは驚愕に包まれる。
「な!? 人間……だと!? ありえないッ! ここをどこだと思っているんだッ!」
「でも見ろ。あの右腕、
「本当だ……あの腕は……」
「それよりも、早く
僕は両腕を上げていたので、ちょうど袖が下がって腕が丸見えになっていた。そういえば、この右腕の侵食は時間が経てば経つほど長く伸びている。肩から肘まであったのが、今は手首まで赤黒い模様が絡み合うようにして伸びている。
これを見て、急に反応が変わった? それに
そう考えていると、明らかに雰囲気の違うオーガが出てくる。身につけている服装もかなり手入れされているようで、一目しただけでかなり高位の人物だと分かった。さらに特筆すべきはその筋肉。服の上からでも分かる隆々とした筋肉。間違いなく、あの人がこの村で一番強いのだろう。
「……
「襲ったりはしないんですか? 人間を食べたり……」
「……魔族が全て人間の敵と思っているのか? ま、そのことを含めて話そう。それに
そして、僕は長と思われる人物の後についていくのだった。歩いている最中はすでにでも逃げられるようにしていた。でも、周りのオーガはジロジロと見てくるものの、攻撃の意志は見られない。
人間に慣れている? でも、そんなバカな……黄昏の中で生きている人間が……と、その時、閃いた。そうだ。自分がこうして生きているのだ。他にも黄昏の中で生きている人間がいてもおかしくはない。今までどうして考えてこなかったんだ……。
「さ、座ってくれ。茶くらいは出そう」
「……ありがとうございます」
僕は用意してもらった四角い柔らかい布の上に座ると、相手と同じように正座をする。
「私はここの長を務めている、エドガーという。さて、ユリアとやら。どうしてここに? 見たところ、襲撃しに来たようではないが」
「その……信じてもらえるかは分かりませんが、一年前に黄昏の世界に放り出されまして……迷いに迷った挙句、一年ほど放浪しています」
「なんと! では、あの結界都市から出て一年一人でこの黄昏を放浪していたと?」
「はい。でも、エドガーさんは結界都市をご存知で?」
「ふむ……お主は知らんようだが、オーガは中立だ」
「え!? 魔族って、全てが人間に敵対しているんじゃ!?」
「確かに、8〜9割はそうだろう。だが、残りの1〜2割はそうではない。我々のように人間に対して友好的な種族もいる。それに、150年前に人魔大戦では我は人間に命を救ってもらった。あの時は、オーガは中立を貫くといったが他の種族がそれを許さず、襲って来たことがあった。それ以来、我らは人間には友好的だ。確か、数年前……3年前にもここに人間が来た。貴殿と同じように、腕に赤黒い印を刻んでな」
「この腕のことをご存知で?」
「それは黄昏人の証。つまりは、黄昏に適応した人間の証明だ」
「黄昏に適応? 黄昏には何かあるんですか?」
「知らぬのか? 黄昏は人間にとっては毒だ。といっても即死するわけではない。黄昏の世界では人間は動きが鈍くなり、魔族は強化されるのだ。しかし、例外的に人間にも強化される個体がいる。それこそが、黄昏人……」
「そうですか……」
その話を聞いて得心した。思えば、才能のない僕がこんなに強くなるわけがない。眠っていた才能があったとかではなく、僕は黄昏によって無理やり能力をこじ開けられた……そう聞けば、なるほどと納得がいった。
「それで、その三年前に来た人は何をしに?」
「流浪しているといっておった。特に語ることはなく……な。だが、書物をいくつか残していった。そして人間が来たら渡して欲しいと頼まれた」
「書物……ですか」
「うむ。しかし、貴殿……なかなかに馴染んでいるな」
「分かるんですか?」
「黄昏の適合具合はよく分かる。貴殿はあの時の人間と同等か、それ以上に馴染んでいる」
「そもそも、黄昏とは何なのですか? 人魔大戦の時に、発生しそれによって人間が敗北したと聞きましたが………」
「分からん」
「え?」
「この黄昏は不明な代物。どこから発生しているのか、そもそも原因があるのか。それとも自然発生なのか、不明なものだ」
「そうですか……外の世界は謎に満ちているんですね」
「それよりも、貴殿。結界都市に戻りたいのか?」
「……忘れてました! そうだ、知ってるんですか!? ここがどこなのか!?」
「もちろん。ここは大陸の中でも極東に位置する。もう少し東に行けば、そこから先は海しかない」
「極東!? 正反対じゃないですか!?」
「それだけに驚きだ。よもや、徒歩で結界都市からたった一年でここまでくる人間がいるとは……」
世界地図は頭に入っている。人間が今いるのは、西だ。西にある土地を縦に貫くようにして七つの結界都市は存在する。どうりで、たどり着かないはずだ。僕はずっと真逆に進み……そして大陸の行き止まりまで来てしまったのだ。
「地図って貰えたりします?」
「……勝負をしないか?」
「え?」
「我らは武に生きる種族。3年前に来た黄昏人も強かった」
「勝ったんですか?」
「いや負けた。圧倒的な敗北だった。そして私はこの三年、あの敗北からさらに積んだ。どうだ、試してみないか?」
「勝てば、地図をくれると?」
「いや勝敗はいい。とりあえず、全力で戦いたい……貴殿とな。終われば、書物と地図。それに衣服や、カバンの類も渡そう。食料も提供してもいい」
「これは何から何まで……本当にありがとうございます」
「で、受けてくれるか?」
「もちろん! こちらこそ、宜しくお願いします」
とにかく今は人に飢えていた。それにこうして稽古のようなものをつけてくれるのは嬉しい。自分がこの世界でどれほど強くなっているのかも知りたいと思っていた。
そして僕は、オーガの長と戦うことになるのだった。
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