一年生の春 ~ありがちな出逢い~

(あれ…ネクタイってどうやって結ぶんだっけ?)

 14年前…4月。今日から高校生として新しい生活が始まる。新学期だ。

住宅地の一軒家。自宅2階の自分の部屋で鏡に向かってブレザーを着込み、ネクタイを結ぼうと完全に制服に着られてる男と向かい合う。胸元を見ながら目線だけチラリと鏡を見ると二重顎で口を半分開けた顔になっている自分が見えた。

(ぶっさいくだなぁ…。)

 顔が問題なのに意味もなくワックスをつけた髪をツンツンと上に引っ張り、雑誌で見た通りのねじりを毛先に施す。格好つけて見るものの、ワックス慣れしていないのは事実だ。

高校デビューとまでは言わないけれど、中学の時の自分から一新はしたいと考えている。


「あー無理。わかんね。」

階段を降りながら台所にいる母を呼ぶ。

「お母さーん。ネクタイの結び方分かる?」

「えー?分かるわけ無いでしょ。お父さんに聞きなさい。」

「お父さんどこ?」

「部屋じゃないの?」

「お父さーん。ネクタイの結び方教えてー。」

「貸してみろ。」

父は普通のサラリーマンとして働き、比較的今時の父親にしては嫌われないタイプというか、子どもにも関心を持ってくれる。母はパートタイマーで働く主婦。だからといって家事を怠ったりはせず、いつも相談相手になってくれる良い母だ。

「おにぃ今日から本格的に学校でしょ?絡まれないように頑張ってー!」

「絡まれねーよ。」

妹の名前は朱里。2歳下の中二。生意気になってきたが、今は部活のテニスと某女性アイドルグループに熱中している。何やらとても顔の小さな子がいるグループらしい。僕は恥ずかしいが「おにぃ」と呼ばれている。

「んじゃあ行ってくるわ」

「気を付けてね。お昼は大丈夫なの?」

「購買があるらしいから、そこで買うよ」

「そう。いってらっしゃい!」

「うん。いってきます。」

入学式は何も問題なく昨日済み、今日からいよいよ本格的な高校生活が始まる。

玄関のドアを開け、緊張と楽しみが入り混じる中、自転車を駅に向かってこぎ始めた。


 どこを歩いても桜が満開の僕の住む町の名前は桜見市(さくらみし)。大きな町でもなく、とても栄えているわけでもないが、必要最低限の物は揃っている。田んぼのある田舎道もあれば市街地も多くあり、とても住みやすい町だ。

桜見市というだけあって桜が有名なのだが、単純に我が町の自慢を言うと、四季折々の風景や季節毎の行事。その風景がまさに美しく日本らしい風景を生み出している。

 僕がこれから通うのが市立桜見高等学校。通商「桜高」(さくこう)は、偏差値としては中の上。部活動も盛んで、制服も人気。卒業後の進路も進学、就職どちらも安定している。

家からは3駅先の花見坂駅で降り、徒歩15分ほどの立地だ。桜高に通う事にした理由は部活も頑張り、勉強も頑張りたかったから。

…というか、単純に自分の成績でいける公立高が桜高だったのだ。


 そこに入学するのが僕、齋藤 陽太(ひなた)だ。小学校から中学までずっとサッカーをしてきた。もちろん高校もサッカー部に入る。プロ選手になりたいわけではないが、単純にサッカーが好きで続いている。成績は中の上。ちなみに彼女が出来た事なんか一度も無い。見た目はいたって普通の高校生だ。


 僕は家から自転車で最寄り駅の川の瀬駅まで向かい、駐輪所に駐車して電車に乗り込む。おそらく桜高であろう制服の生徒も多く乗っている。この中で何人と友人になれるのだろう…


 川の瀬から花見坂までは20分。快速でも停車する駅なので、快速ならば10分で到着する。吊革に掴まり、朝の通勤ラッシュの中、窓の外を見つめる。

 住宅地が多い「川の瀬(かわのせ)」の次は、田園風景もあり、神社や川も多くある自然豊かな「蛍火(ほたるび)」。その次が割と新しめの住宅街が並び、高台にある「星見(ほしみ)」。次に畑や農家のある山側の町「草笛(くさぶえ)」。そして、商店街や桜高、団地が立ち並ぶ「花見坂(はなみざか)」だ。ちなみに、その次はショッピングモールがある「雪の下(ゆきのした)」、そして都心部の「青葉町(せいようちょう)」、マンションが立ち並ぶ住宅街の「山野辺(やまのべ)」がある。


 過ぎていく駅を眺めていると、あっという間に花見坂へ到着する。

改札を定期で抜け、駅を出ると新入生らしい生徒と、先輩であろう生徒たちでごった返す。初日ということで自分も最初は勢いこそあったが、いざとなると委縮する。うつむきながら、学校まで向かうと後ろから声が聞こえた。

「よう陽太!おはよ。」

「おう!和樹(かずき)。」

 彼は小野田 和樹(おのだ かずき)。同じ中学で同じサッカ―部に所属していた。小学校は違ったが、中学から仲良くなり、所謂親友の関係性だ。僕とは反対の性格で、思った事はすぐに言い、かなり行動的だが、ちょっとやんちゃな部分もある。部活動やこれからの授業の事。クラス分け等くだらない話で盛り上がりながら学校へ向かう。駅近くは賑わいのある商店街が多いが、学校へ近付くとそこは並木道や公園が多くなり、いよいよ学校が見えてきた。


 高校入試の時に来て衝撃的だった、というか印象に強く残っていた風景だ。なぜ、桜高は花見坂駅にあるのか。それはこの通学路に秘密がある。桜高は高台に建っており、後方を山に囲まれている自然豊かな学校だ。その為、校門へ向かうには100メートルはあるであろう、長い坂道を登らなければならない。

だがこの並木道、全て桜の木の並木道で、この季節には満開の桜が出迎えてくれる。かなりきつい道ではあるが、流石に圧巻と言わざるを得ない桜並木に言葉が詰まる。市のガイドブックにも載るほどの桜並木の為、この地域は「花見坂」と呼ばれている。


 自転車通学の生徒を横目に僕達は校門へ向かって坂を上る。サッカー部として活動していた事もあり、この程度の坂は問題無く歩けるだろう。校門まで残り数メートルの所まで来ると、校舎の入口付近。昇降口にクラス分けの紙が掲示されていた。

「あ!俺見てくるわ!」

そう言い和樹が走り出す。いくら体力があるとはいえ、部活を引退してからは、受験勉強と言いながらテレビゲームなんかしていた事もあり、息が少し上がっている。走るのは断念し。ゆっくりと校門へ向かった。

(流石にきちぃな…)

 他の新入生であろう生徒達も息切れしながらも歩いている。

その中で、明らかに周りより歩みが遅い女子生徒がいた。後姿だが細身で少しサイズの大きなブレザーを着ている。髪は肩より少し長く、真っ黒なストレートだ。学校指定の鞄を肩に掛け、小股で少しずつ歩いている。

比較的普通のスピードで歩いている僕はすぐに彼女に並び、追い越す時にチラリと顔を覗いた。

「はぁ…はぁ…」

そう言いながら歩く彼女は驚くほど色白で、揃った前髪の中から大きな目を並木道の桜に向け、息を切らしながらも微笑んでいる。


あまりの透明感とその微笑みになぜか言葉が出てしまう。

「お、おはようございます…一年生ですか?」

「え?私…ですか?」

「は、はい!すいません突然!」

勢いで声をかけてしまったが何を話せば良いか分からない。

「あっ、いや大丈夫です。一年生です。この坂…すごいですね…」

「なかなかの坂ですよね。俺も息切れちゃって。」

「そうですよね…。一年生ですか?」

「そうです。齋藤って言います!」

「私、野木(のぎ)です。」

見た目通りの静かな口調だが、ハッキリと話す彼女は、うっすらと首筋に汗を流しながら、ニコリとこちらに微笑み、名前を教えてくれた。

「野木さんは桜好きなんですか?」

「えっ?何でですか?」

「いや…、あの、なんか女の子って花とか好きなイメージあるから…」

(あなたを見ていたら桜を見ながら笑ってたので。)なんて言えるはずもなく、何とかごまかそうと必死になっていた。

「私…好きですよ。」

「えっ!な、何が?」

「何って…お花です。」

完全に動揺してしまった。坂を上っているからなのか、彼女と会話しているからか分からないが、心臓がドキドキと拍動しているのが分かった。

「ぼ、僕も花!というか桜好きですよ。一年生の僕らを歓迎してくれてる感じ!」

「…あははっ!齋藤さん面白い事言いますね。」

つまらない事を言ったと後悔した。だが、彼女は目を細めて笑ってくれた。


「美月(みづき)~!早くしてよ!」

前方の校門から女子生徒が大きな声をかける。おそらく同じ中学の友人だろう。入学初日なのに既にスカートを短くし、リボンを緩めている。

「あっ、優里(ゆうり)!今行くから!じゃあ齋藤くん。失礼します。」

「あ、はいっ!どうもありがとうございました!」

何がありがとうなのか分からなかったが、とりあえずお礼を言った。彼女は控えめに一礼し、ぎこちなく坂を走って行った。

「(そうか…彼女、美月って言うんだ。)」

 

 15年間生きてきた中で。生まれて初めて異性を見てドキドキと胸が高鳴った。あの後姿、色白な肌、きれいな髪。そして、桜を見ながら浮かべていた微笑み。全てが頭から離れない。

それが一目惚れなのかどうかも分からないまま、僕は校門を過ぎ、和樹の待つ昇降口へ入った。


 和樹と合流すると、何やらテンション高く話してくる。どうやら高校でも同じクラスだったようだ。でも、既に僕の頭の中は、彼女の事で一杯になってしまっていた。

彼女と同じクラスなのか?無性に気になってしまった。


 初登校したあの日のあの坂道。

桜を見ながら歩く彼女とした、たわいもない会話。

それが、僕と「野木 美月」との最初の出会いだった。




 1年3組になった僕と和樹は緊張しながら席に座っていた。最初のホームルームにも関わらず、僕の視線はキョロキョロと彼女を探していた。いない。

どうやら別のクラスの様だ。残念だったが、それよりもまた会えるかどうかという心配や不安が強かった。使用する教科書を配布され、休み時間になり和樹が近づいてきた。

「なぁ陽太、この学校女子多くない?」

「え、そう?」

気づかなかったが、明らかに女子が多い。男子のクラスメイトに聞くと、各学年1クラス30人でそれが4クラス。計120名の内、女子が70人、男子が50人という割合らしい。もともと女子高だった桜高の名残なのだろう。今は共学だが10年前は女子高だったらしい。

 部活も当然サッカー部に決め、瞬く間に学校は終わり放課後。もうすでに何人かのクラスメイトと連絡先を交換し、友人になった。

あまり人見知りしない自分の性格が幸いした様だ。


「なぁ、他のクラス回ってみねぇ?」

和樹が男子数名を誘って言いだした。

「いいね、行ってみよう!」

 入学初日から調子に乗っている男子生徒の集団とでもいえば良いか。そのノリで3組の男子数名で他のクラスを覗きに行く事になった。僕の目的は、朝の彼女が何組なのか知りたかったのだ。

各クラスを回り、4組のドアを開けると、盛り上がっている女子グループがいた。

その影にひっそりと席に座って鞄を開き、帰り仕度をしている彼女を見つけた。

「あ、俺3組の小野田って言います。よろしく!」

ヘラヘラしながら挨拶している和樹を見て、中心で騒いでいた女子達が笑いだす。掴みを成功した様だ。その中に、朝校門にいた優里という女子がいた。

「小野田くんね!うち伊藤 優里!下の名前は?」

「和樹!よろしくね!」

僕も控えめに後ろで声を出した。

「どうぞ、よろしく。」

すると、優里がこっちを見る。

「ん?あれ?齋藤くん…ですか?」

「え?そうだけど…」

「ちょっと待ってて!」

優里はパタパタと美月の元に行き、少し話すと遠慮している彼女の手を掴んで入口まで連れてきた。

「この子、野木美月!私と同中の子なの!朝校門の坂で話したんでしょ?よろしくね!」

彼女は注目を浴びた事が恥ずかしかったのか頬を赤らめた。

「もう!いいよ優里!少し話しただけだから!ごめんね齋藤くん。」

「え、全然大丈夫だよ。よろしくね。」

こんな言葉しか出なかったが彼女とまた会えた事が嬉しかった。

「え、どこ中だったの?」

「うちらは星見中だよ!」

和樹と優里を中心に会話が盛り上がり、その後は他のクラスに行った時とは違く、仲良く話し込んだ。

次の日からも、二人が中心となり、仲良しグループの様になっていた。


 放課後になれば部活までお互いのクラスを行き来し、無駄話や昨日のテレビの話。人気のお笑い芸人やアイドル、色んな話を毎日しながら、本当に楽しく話す仲の良い関係が築けていた。

美月はいつも、その中で会話に時折参加してニコニコと笑っている。

 僕は美月と少しでも会話出来ればと思い、出来る限り積極的に話しかけていた。もちろん友人としての範疇で。

 動物は犬が好きな事。良く聞く歌手は女性の曲。趣味は絵を描く事と散歩をしたり星を見たりする事。たわいもない話をしていた。

会話している一言一言が楽しく感じる。でも、なぜかいつも美月は決まって自分から話題を出そうとはしない。いつも僕が切り出してしまっている。


皆が何やらドラマの話で盛り上がる中、下を向いている美月に話しかけた。

「野木さんはさ、部活とか決めたの?」

「うんっ。美術部に入るよ。」

「美術部か…。凄いな。俺絵とか苦手だし、分からないから尊敬する。それになんか興味あるし。」

「そう?尊敬なんて…。私、中学の時も美術部で、高校も絵を続けたかったの。桜高って、ずっと昔から美術部が有名でね、年に1回夏に県で開催する大きな展示会も兼ねたコンテストをするんだよ!それに出展して、何でも良いから表彰を取りたいんだ。私の小さな夢!」


 いつになく晴れやかに話す美月の眼はキラキラと大きく開き、口元には笑みを浮かべながら話してくれる。まるで初めて会った時の桜を見つめていた時の様だ。

いつも皆で話している時にも笑っているが、それとは明らかに違う。

この笑顔が彼女の本当の笑顔なのかもしれないと、その時初めて感じた。

「へぇーそうなんだ…。そのコンテストって見に行っても良いの?」

「うん、多分大丈夫じゃないかな。私も中学の時見に行ったことあるし、いとこも絵書いてるから、毎年行ってるって言ってたよ!」

「んじゃあ、野木さんの作品が飾られたら見に行く!そこで大声で言うわ!「やばっ!この絵一番上手い!」って!審査員に聞こえる様に!」

そういうと彼女は大きな目をパチリと瞬きし、声を出して笑いながら、

「あははっ!んじゃあ楽しみにしてるね!」

と返してくれた。


 僕はこの日初めて彼女と本当に会話した気がした。皆との会話では、無理に自分を作ろうとしてたのではないかなと思えた。

もちろんそれが悪いわけでは無いが、彼女には素直な笑顔でいて欲しくなった。だってその顔が一番キレイというか、可愛かったのだから。

僕は勝手に彼女の素直な気持ちや笑顔を作るのは皆には出来ない僕の使命だと感じていた。


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