第5話 最強の刺客

時を同じくして、松竹寺道場でも同じように初めて恐怖を感じている男がいた。


ルーカス・ベイルだ。


元旦のこの日、松竹寺道場を部外者が訪問していた。時代祭で織田信長に扮していた京仙院大学の留学生だ。稽古中に道場に現れたこの留学生は、応対した松尾女史に、

「ネイサン・ミラーと言います。昨年、あなた方をコテンパにやっつけた京仙院大学の留学生です」

と丁寧な日本語で侮辱した。松尾女史は怒りをこらえ、

「そのミラーさんが、何のようですか?」

と訊く。ネイサン・ミラーは、

「大丈夫。道場破りではありませんよ」

と笑いながら言うと、真面目な顔つきになり、

「あなた方の主将の噂を聞きましてね、少し稽古をつけてもらおうと思ったんですよ」

と言った。しかし、松尾女史は、

「ネイサン・ミラーさん、申し訳ありませんが、うちは他流試合を認めていません」

と言い、稽古の申し出をきっぱりと断った。

「負けるのが怖いからですか?」

ネイサン・ミラーが不敵な笑みを浮かべて言う。しかし、ネイサン・ミラーの視線がとらえているのは松尾女史ではなく、その先にいるルーカス・ベイルであった。ルーカスの視線もまたこの闖入者をとらえていた。視線と視線がぶつかり、道場に不穏な空気が流れた。

「いいじゃないですか、松尾師範。少し手を合わせるだけです」

ルーカスが松尾女史の隣に並んで言った。不満げな松尾女史の耳元にルーカスが囁く。

「決勝で当たるかもしれない相手です。実力を知るまたとないチャンスですよ」

「しょうがないわね」

松尾女史は不承不承頷いた。

ネイサン・ミラーがニヤリと笑う。

「それでこそアメリカの男だ。それでは、一本勝負でいいですね。私は防具は要りません」

「それはダメだわ。怪我でもされたら困るから」

松尾女史は防具に関しては断固として譲らず、結局、道場に保管してあった防具を貸し出すことで落ち着いた。

「みんな、稽古を一旦やめて」

松尾女史が、道場開きに参加していたダンディー霧島、トモッチこと葛城智彦、木田氏、そして、浦賀氏、つまり私と佐々木由紀マネージャーをのぞくメンバーに呼び掛ける。


道場の中央で防具をまとったルーカスとネイサン・ミラーが対面する。他のメンバーは壁際に下がり、突然組まれた今回の他流稽古を見学することになった。


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