第62話 自問自答

アロスがあの場を去った後、俺達はフィーリスの屋敷まで戻ってきていた。

エプリス領の情勢がどう傾くのか分からないこともあって、様々なことが中途半端な状況になっている。


とりあえず、俺は手始めにミルドに今までの経緯を説明し、貿易戦争の対抗策の件を保留にした。その上で何かエプリス領に関する情報が引っかかるようであれば逐次、連絡を入れるように頼んだ。ミルドの元交易商としての情報網は信用できる。


そして、今、俺達4人は執務室に場所を移し、今後の方針を練っている。

だが、その空気は依然として重苦しい。そんな中、ルカが静寂を破った。


「本当に彼らは動くでしょうか?」

「反旗の件か……正直、わからない。あいつがどこまで本気で言っていたのか俺にもサッパリだ。ただ、あの目だけ見れば本気だったようにも見える」


俺がそう言うとルカは考え込むような表情を見せる。

大よそ、考えている事は分かっている。俺は付け足すように話し続けた。


「もし、事が起こったら援軍を出すべきか、出さないべきか……。まぁ、個人的には『出さない』が正解だと思う。勝手に潰しあってくれば良いだけの事だし、何より手を貸す理由が無いから」

「確かに……。いくら同盟を結ぶと書面を送ったとはいえ、今回の一件がありますからそれで問題は無いかと」


ルカは静かに目を閉じてそう言いつつ、紙を俺に手渡す。


「念のため西と東の砦にまとまった戦力を集結させますが、よろしいですか?」

「ああ。……正直なところこういう命令はしばらく出したくは無かったけど、仕方がない」


俺はルカから貰った紙に領主印を付く。その内容を再確認したルカは黙り続けていたミレットとマレルに視線を向ける。


「じゃあ、マレルは各方面に配備命令の伝達を。ミレットは東の砦に戻って再配備と警戒をお願い」

「了解っ!」

「はい。かしこまりました」


二人は各々、返事をしつつ、俺をじっと見て去っていった。

心配してくれているのだろう。ありがたいことだ。


「(でも、大丈夫。こんな事くらいでタラタラしている場合じゃない)」


俺は自分に鞭を入れるように書類の束に手を伸ばす。


「……ったく、一日出ただけでもうこんなに書類が溜まるとか、異常だよな?」

「達也さん。今日はお休みになってください、下手をすると明日から大荒れになるかもしれないので」

「それなら尚の事、ルカが寝といてくれ。俺はこの仕事を片付けてから――」


俺がそう言いかけたところでルカは俺の机にドンッと両手を付いた。


「達也さん、一人で頑張らないでください。達也さんが無理をしていることを私が気付いていないと思っているんですか!?」


あまりの迫力に俺は黙り込む。確かに今の俺は心に余裕が無い。何かをしたり、考えたりしていないと『自分が人を殺した』という罪悪感に苛まれそうになる。


「(自分でも分かってる。……だとしても、ルカにはこの事実は隠しておきたいんだ)」


ここで気丈に振舞わなければすべてがばれる。薄々、勘付いていたとしても言葉にしなければ事実は有耶無耶だ。


「大丈夫。俺は何も無理なんてしてないよ」

「いいえ、無理しています。私が書類の類はやっておきますから!」

「いや、本当に無理なんてしていないから――」

「いい加減、強がりはやめてくださいっ!」


ルカは眉間にしわを寄せて涙目で強く食いかかってくる。

そして、一言だけ呟くように言った。


「私はナイット村のあの場所で、何があったのかすべて知っています」

「……! どういう、ことだ? サッパリ、わからないんだが?」

「言わないと分かりませんか?」


ルカは目元を赤くしつつ、涙を拭いながら強い視線を俺に向ける。もうこの時点でルカは確実に真実を知っていると悟った。恐らく、あの場に居た兵士の口を割って聞き出したのだろう。


「……分かった。悪いが、後の事は頼む。それと……そこのソファーで寝ても良いか? 情けない話だが、今は一人になるのが怖くてな」

「ええ。もちろん、構いませんよ」


そういいながらルカは優しい視線を投げかけつつ、書類の束を両手で持ち、自分の机に運んだ。そこからはただただ、ルカが事務作業をする風景が続く。


俺はそんなルカの姿を見つつ、執務室のソファーで横になりながら時計が刻む秒針の音に耳を傾けながら過ごした。だが、やはり眠れるものではない。


ふとした瞬間、考えてしまうのだ。

あの指揮官を【殺す】という決断は正しかったのかと――。


「(俺は……正しいことをしたのか?)」


その答えは未だに見つからない。いや、答えなど存在はしないのかもしれない。

グルグルと思いだけが駆け巡る。


考えをまとめられぬまま、過ごしていると時計が小さい音を二回鳴らした、それを皮切りにルカは盛大なあくびをする。


「ん~……やっぱり、この時間になるとさすがに無理ですね」

「だろうな……じゃあ、俺も部屋に戻って寝るからルカも部屋に」

「そう、ですね。今日は寝ましょうか」

「ああ。おやすみ」


ルカはそっとろうそくの火を消していく。それは夜の静けさを増していくようで心に悲しみが増していく。俺はそんな思いを気取られないようにソファーから立ち上がり、ゆっくり執務室脇の扉へと向かった。正直、今夜は寝れそうな気がしない。


「(まぁ、目を瞑っているだけでも少し疲れは取れるか……)」


そんなことを考えながら自室の扉を開け、俺は独りでにテラスに出て空に浮かぶ月夜を眺めながら言葉を呟く。


「神様、『守る』なんて言った男がこんな有様なんてどうかしてるよな……守るって一体何なんだ?」


答え無き、問い。それは俺の人生を物語っている。

彩を守れなかった俺はその術を得ようと大学で勉強を重ねて、この世界に召還されてから本気になってリテーレの領民を、ルカを守ろうとした。


「だけど、俺は……俺は何か守れることはできたのか?」


ルカやミレット、マレルに多くの事を助けてもらいながらの生活で俺は戦略的な事をちょこちょこと考えただけに過ぎない。


「……何にも成せてない。守れても無い。俺の存在意義って……何なんだ?」


あの指揮官を殺した右手を見つめながら黙り込んで考える。

だけれど、答えなんて出てきやしない。


「クソ……クソッ……」


俺はただひたすら時間も関係無しに涙を流し続けた。その涙が、時間が悲しみを異常に増幅し、俺はその場に蹲る。慣れきったはずの感覚に溺れそうになった時だった。


「そこに居たんですね。ノックしても返事が無かったので」


顔を上げればテラスの入り口に寝巻き姿のルカが立っていた。そして、彼女はゆっくりと俺の方へと歩き出す。俺はルカに涙に塗れている姿を見られたくなくて涙を止めようと腕で目元を擦る。


「泣いて良いんです。こんな時くらいは……」


ルカはそっと俺の肩に手を回し、正面からギュッと抱きしめた。突然のことに驚くと共に自分が安らいでいく感覚に包まれた。


「いいんです。泣いてください。……達也さん、私に言ったじゃないですか。『泣きたいときに泣き切って、後の事は泣いた後に考えれば良い』って」


ルカの表情は見えないけど変らず、強くも優しく俺を抱きしめ続ける。


「私には達也さんの辛さは分かってあげられないです。だけど、私にだって達也さんの傍に寄り添うことは出来ます」

「ルカ……」

「私は達也さんを一人にしませんから……。きっと、今の達也さんを一人にしたら達也さんが達也さんじゃ無くなってしまいそうで……それは嫌なんです」


自分でも分かるほど強く胸が高鳴って、心が揺れ動いて涙腺が一気に緩む。

たちまち俺の目は涙で溢れかえっていた。


「……こんな俺なのに、か?」

「何を言ってるんですかっ!」


ルカは俺の肩を両手で掴んで、真っ直ぐ顔を見て涙を流す。


「私がどれだけ、どれだけ今まで救われてきたか……達也さんは私の、その……大切な人なんですからっ!」


ルカはグッと強く、強く俺を抱きしめる。その涙と声、力一杯抱き締め付けられる感覚は俺の体からあらゆるモノを解き放った。彩を失ってから自分が誰かを救いたいとそう思い続けてきたのだ。


それが今、ルカの言葉で『自分が誰かを救えた』と感じれた瞬間であり、ココに居ても良いのだと実感できた瞬間でもあった。自分の存在意義が明確に、そして明白に見えた。


「俺はっ……これからもルカの隣にいて良いのか?」

「はいっ! いてくれないと私が困ります」


夜が朝へと向かい続ける中、テラスでただひたすら二人で泣き続けるのだった。

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