第60話 休まぬ動き

ミレットの隣で少しの時を過ごした俺は冷静さを取り戻していた。

だが、胸のざわつきは未だに止まってはいない。


「……ミレット、俺はどうしたらいい?」

「ん? そんなもん、アタシにだってわかんねぇーよ」


俺が押し黙るとミレットは思い出したかのように優しく語り出した。


「ただ、タツヤ自身が『納得する、後悔しない道を選ぶこと』だとアタシは思う。だって、『人生に答え』はないんだろ?」

「(それって……俺がミレットに言った言葉――)」


自分の言葉をそのままつき返されるとぐうの音も出ない。

俺はミレットに一言だけ言葉を返した。


「……ありがとう」

「いいえ、どういたし――!?」


ミレットがスッと俺から離れた前方を見やればルカが何やら抱えて戻ってきていた。ルカの目線はどこか鋭い。


「ありゃりゃ……さすがにまずいトコロ、見られたなぁ~」

「まずくも無いだろ? 何もやましい事をしているわけじゃないし」

「はぁ……タツヤってやつは……」


ミレットはうな垂れて無言になるが、すぐにルカを指差した。


「……見てみろよ。ルカ姉の顔。ありゃあ、カンカンだぞ」

「いやいや! 怒られるようなことしてないだろ? あっ……村人から報復の件をめちゃくちゃ頼まれて頭に来てるとか……?」

「あ~……もういいや」


ミレットはガクリと頭を落としてルカの元に駈け寄っていた。しばらくの間、二人で何かを話していた様だが、すぐに二人で俺の元に戻ってきた。ルカの手には紙袋が握られている。恐らく、中にはパンか何かが入っているのだろう。


「達也さん。お腹、空いていませんか? 村人の方から少し分けてもらってきたんです」

「……確かに。だけど今は」


確かに腹は空いている。それでも今、何かを食べたら確実に吐き出す自信があった。何せ人を殺してしまった後の飯なのだから。


「……やめておくよ」


俺が沿うポソリと言うとルカは深入りはしてこなかった。


「じゃあ~要らないなら、アタシが頂くな! 結構、腹減ってんだ」

「こ、こらっ! ミレット!」

「いいじゃん! ……ってなんだよ、コレぽっちか。アタシはもっと多く食べたかったな~」

「別にあなたの為に持ってきたんじゃ在りませんから!」

「まぁまぁ、そうカッカせずに! 帰りの馬はアタシが引き受けるからさ?」

「もう、あなたという子は……」


ミレットが素早く御者台に乗り込み、紙袋に手を伸ばそうとしたときだった。

不意にルカのコミラートが鳴り響く。


「……マレル?」


ルカはコミラートを見て不思議そうな顔をしながら通話に出た。最初は至って普通の表情をして居たが、徐々にその表情が険しくなってくる。そして、チラチラと俺やミレットの表情を見ていた。どこか動揺しているのは明らかだった。


「……わかった。そのまま待機でお願い」


ルカはそう言うとコミラートを耳元から離して俺たち二人に告げた。


「カルナス村の外にエプリス軍――いえ、エプリス領、次期領主のアロス様が護衛数名を引き連れてここまで来ている様です」

「はぁ!? ルカ姉……! 今はちょっと……」


二人の真剣な視線が一気に俺へと向けられた。二人とも俺の意向が気になるのだろう。リテーレ領の軍事決定権や対処の権限はミレットやルカにもあるが、最終的な権限は俺にある。故に心配するのも分からない訳ではなかった。


「(要はどうするか聞きたいって事だろ? ――そんなの決まってる。ここで俺がアロスを殺す。それが村人たちの意向だ。……いや、それが本当に正しいのか?)」


ミレットとルカからの視線を受け続け、俺はどうするべきか悩んだ。


相手はエプリス領の次期領主だ。彼を殺せば戦争は不可避になる。

それに一体、どういうつもりでココまで来たのか全く分からない。

散々、悩んで俺は言葉を発した。


「……ルカ。マレルに伝えてくれ。『アロスに会う。隠者は俺たちの護衛に付くように』ってな……」

「は、はい……ただ、その前に――あっ……いえ、そのように命令を出します。ミレット、あなたは馬を」

「あ、ああ! わかった……」


ルカもミレットも聞きたいであろう所を聞かぬまま、各々動き出した。ミレットは馬を操り、ナーイット村の方向に走らせる。同時に偵察の結果がルカを介して流れてくる。


「達也さん。彼らは五名。森の中で暖をとっている様です」

「……了解だ。気配を消して背後から接近するぞ。ミレット、近場に着いたら止めてくれ」

「ん……わかった」


ミレットは生半可な返事をしながら心配そうな目線を向けてくる。ルカはその様子を見て遂に切り出した。


「達也さん。アロス様、いえ――アロスを殺すつもりではないですよね……?」

「……正直、殺してやりたいよ」


俺がそう吐き捨てるとルカは驚いた顔つきになるが、すぐに俺は言葉を被せた。


「だけど、俺の個人的感情とその場の勢いだけで動くわけには行かないっていうのも分かってる。もし、俺が暴走しそうになったら止めてくれるか?」

「はい。リテーレ家の名に掛けて誓います」

「アタシも止めてやるよ。タツヤ」


ルカもミレットも即決した答えが飛んできた。


「そんなあっさり……でも、ありがとう」

「何を今更、アタシ達はリテーレの指揮官なんだから当然だろ?」

「そうですよ。今度は立場が逆になるだけです」


ルカはニコッと笑みを浮かべる。俺はその風景を眺めながらそっと目を閉じた。

目頭には熱いものが込み上げてくる。


「(今の俺は本当に、本当に助けられているんだな。自分がいかに弱いくて、醜いほど情けないか良く分かるよ……)」


俺はごしごしと腕で目を擦って正面を見据えた。


「さぁ、会いに行こう。話し合いで片が付く事を祈ってな」

「はい。行きましょう」


俺たちの乗せた馬車はひたすら、西へ向けて駆け続けた。

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