第39話 開戦!

依然として空気がピンっと張り詰め、霧がどんどん濃くなっていく中、リテーレ全軍に通じているコミラートから緊迫したマレルの声が響く。


「リテーレ軍、全軍へ。ゲレーダ領の敵部隊がこちらへ向け、進軍を開始した。繰り返す、ゲレーダ軍が渓谷へ向け、進軍を開始した」


いよいよ開戦の時だ。その一報を受け、俺は全軍に向け、指示を出す。


「了解。リテーレ軍の全軍はゲレーダ軍との交戦に備えて陣形を固めろ。なお、今回はタイミングが命だ。全隊、それをわきまえ、戦いに備えよ。皆で勝つぞ!」

『了解ッ!』


全部隊の指揮官が返事をする。そこでコミラートを切り変え、マレルと直通のコミラートを手に取る。


「マレル、適時、敵に攻撃を開始しろ。できるだけ殺さず“倒しながら”渓谷へ撤退するんだ」

「了解しました。交戦を開始しますエンゲージ!」


通信が切れると同時に衝撃波が離れたココまで伝わってくる。リテーレ軍の中でも隠者は魔術に特化した部隊だけに派手にぶっ放す。というか……ルカの父、リベルトが昔から魔術を軍内部に浸透させていたおかげで魔術では引けをとらない軍になっているのだ。


俺は時間を無駄にせず、再度、コミラートを通じて全部隊に指示を出す。


「全部隊、全指揮官に通達する。現在、隠者の部隊が最前線で敵部隊とエンゲージ。敵を押し殺している。だが、破られるのも時間の問題だろう。よって今後の作戦を説明する」


全体が緊張した面持ちになる。

あのミレットでさえ、真剣な面持ちで俺の横で耳を傾けている。


「今回の作戦は敵軍を混乱させ、各個撃破するモノである。我々、リテーレ軍は渓谷に複数の陣地を敷いている。敵軍が見えたら出来るだけ敵をひきつけて陣地内におびき寄せろ。そして、おびき寄せたところで各隊に配布されている柵を風の魔術で地面に打ちつけ、敵部隊を分断。その後。スクロールを使い、殲滅を図るんだ」


俺は懐から巻物を出し、ミレットに渡した。


「コレって……初等魔術ショックアローのスクロール?」

「大当たりだ。ミレット。そのショックアローのスクロールを敵にお見舞いしてやれ」


この巻物は魔術がほとんど使えない一般人でもマナがある限り、使うことが出来る。初歩中の初歩の魔術道具だ。使い方も単純で『光の矢よ・理に応じて・顕現せよ』の三節で起動できる。


ちなみに攻撃を受けた人間は感電し、意識を刈り取られる仕組みになっている。


「んでも、単発の魔術じゃねえーか……! こんなモノで大軍を止められんのか?」


ミレットの指摘はごもっともだ。だが――。


「ああ、できるさ。部隊を5列くらいに並ばせて一斉に撃ってもらう。先頭が撃ったら、先頭は、列の一番後方へ行き、順々に撃ってもらう。その繰り返しだ」

「なるほどねぇ~。魔術を使えない奴でもスクロールなら使えるし、連続で撃つから効力が高いのか……! でも、マナ切れになったらどうすんだよ?」


確かに。そこも説明しておく必要がある。俺は懐から瓶を取り出した。


「その対策としては……これだ」

「マナ補充用ポーション……?」


それは何時ぞやに見たマナ補充用ポーションだ。これはゲレーダが仕掛けてくれた魔力収縮陣から抽出したマナが原料になっている。ほとんどの場合、マナ補充用ポーションは薬草を煮立てマナを抽出して作るらしいのだが、これは地脈から取った純粋なマナだけに効果が桁違いならしい。


マレルいわく、その代わり味はやばいらしいが背に腹は変えられない……。


「マナ補充用ポーションを使うからしばらくの間は持つだろう。それでも前線を維持できないときは後方の地点に退く」

「でも……! それじゃあ、後方から攻撃されちまうじゃねぇか!」

「だからこそ、水があるのさ」

「へ?」


俺の言葉にミレットはきょとんとしている。

各部隊の指揮官も「は?」みたいな感じになっている。


「水は電気を通すんだよ。つまり?」

「突っ込んだら感電する……?」

「そういうこと! それを順々に繰り返していくんだ」

「なるほど……各個撃破って、そういうことか」

「ああ。あ、後、一点だけ守ってほしいことがある。緊急時には他の魔術も使用して構わないが、出来るだけゲレーダ兵を殺さず、倒してくれ」

「はぁ!? んなの無理に決まってんだろーが! コレは戦争なんだぞ!?」


ミレットはそう噛み付く。だが、この後の作戦ではそれが生死を分けるのだ。


「分かってる……。出来る限りで構わない。みんなの命が最優先だからな。みんなが無事にこの戦いで生き残ってくれる事を願う。以上だ」


俺は通信を切り、その場で隠者達が到着するのを息を潜めて待った。


そうしているうちにマレルの声が荒々しくなっていくのが、コミラートを通じて伝わってくる。


「左翼と右翼は本隊の援護をしつつ、後退! <クイックキャスト!>」


明らかに苦戦している。それも当然だ。兵数の桁が違いすぎる。


「隠者より各隊へ。敵勢力の猛攻を受け撤退中! なお、敵の荷馬車に関しては視認できたものはすべて破壊成功。ポイント1は交戦準備を――」

「了解。交戦準備は既に整っている。無理せず、撤退して来い!」

「了解しました」


ミレットは各隊を整列させ、交戦の用意をする。すると、遂に隠者が空を舞いながら撤退してきた。おそらく、風の魔術を応用しているのだろう。


「戻りました。思ったよりも早い撤退で申し訳ありません……」

「いや、健闘してくれたと俺は思ってるぞ」


開戦から三十分を守りきって見せたのだ。この戦いぶりは素晴らしすぎる。

それにこれは俺の思い通りなのだ。


相手の気持ちになれば分かるが、桁が違う部隊に30分も苦戦させられたのだ。

さぞかし煮えくり返っていることだろう。


故に――。


『大軍が接近! 繰り返す! 大軍が接近してくるぞ!!』


まとまった多い兵力を投入してくる。そんなことは俺の想定の範囲内だ。

俺はコミラートを通じて宣言する。


「ポイント1、交戦準備のため、情報規制を行う。交戦後、解除を行う。以上」


そう継げて、全体と通じるコミラートを懐にしまった。


「ミレット、指示を出せ」


俺はミレットにそう言うと緊張感ある声で全体に告げた。


「全隊、スクロールの用意! アタシの指示で柵の投下と攻撃だぁ!」

『うぃ~』

「……!? (ほんとに大丈夫か? 締まらないのはミレットのせいか?)」


俺は思わず、不安になる。ミレットは下の通路を凝視してタイミングを見計らう。

そして、遂にミレットと俺の前にゲレーダ軍が現れた。その相貌は正しく鉄の兵士というべきだろう。全員が鉄のヘルム。ボディーアーマーを身に纏っている。

思わず息を呑む。


ミレットは片手の拳を握ったまま、『待て』のまま、攻撃の指示を出さない。

そう、まだだ。まだまだ、もっと――――。


「今だ!! エンゲージ!!」

「「<光の矢よ・理に応じて・顕現せよ>」」


全員が一斉に詠唱し、半ばお経みたいに聞こえる。

そして、それと同時に――。


「風の精霊よ・嵐なる息吹を以て・吹き抜けよ!」


バーンと音を立てて、何個も柵が地面に突き刺さる。

この柵は各村の人間に俺が頭を下げて作ってもらったものだ。

そう簡単に壊れるものではない。


ゲレーダ軍は狭い渓谷の道で突如、リテーレ軍に退路を阻まれ、一斉攻撃を食らわせられ、混乱している。


「休んでる暇なんてねぇーぞ! バンバン撃ち込んでやれ!」


ミレットの指示の元、容赦なく撃ち込まれていく。

俺はその間に情報規制を解除し、宣言する。


「ポイント1にて、エンゲージ。奇襲成功だ。ポイント2は交戦の用意を――!」

「了解。こちらも既に、用意は完結しております。いつでも退いてきてくださいませ!」


こうしている間にもスクロールを使った魔術攻撃が淡々と行われている。

その甲斐あって、柵内の九割近い兵力を無力化できた。しかし、最初は優勢に思えた戦況だったが、柵のバリケードが遂に破壊され、一気に兵力がなだれ込んでくる。敵兵はほとんど弓矢を失っているため、魔術が飛び交う。いくら高低差があるとはいえ、普通に攻撃が飛んでくる。


「もう駄目だぁ! タツヤ! 撤退するしかねぇーぞ!」

「ああ! そうだな。撤退するぞ! 右翼は先に退いて、水を撒け!」

「了解!」


そして続けざまに指示を飛ばす。


「左翼は本隊の正面に退くんだ! 退け! 退けぇ!」

「こっからは接近戦になるぞ! 剣を抜け!」


ミレットを中心とする左翼は正面で剣を抜刀し。接近戦になる。

こうなると数がものを言う。俺は急いでコミラートで告げる。


「ポイント1、撤退する! 繰り返す! ポイント1は撤退する!」

「撤退だ!! 各隊、水を撒きながら撤退しろ!」

「行くぞぉー! 撤退だぁー! 逃げるぞ!」


各隊は次々に敗走し、右翼が水を撒いた地点で水の入った大きな皮袋を投下した。

道は水で水浸しだ。それを確認した俺はコミラートで指示を出す。


「右翼隊、詠唱の用意を! すぐ来るぞ!!」


隊列を整えることなく、できるだけ幅をいっぱいに使って詠唱体勢に入る。

そして、遂に敵軍が追撃するべく、迷うことなく突っ込んできた。


「ひきつけろ! まだまだぁ!」


そして、戦闘が水浸しの地面から出ようとしたところでミレットが告げる。


「詠唱開始! <光の矢よ・理に応じて・顕現せよ!>」


数千のショックアローが地面に刺さり、バタバタと敵兵士を倒していく。


「よし、攻撃を加え終わったものから全速力でポイント2へ撤退しろ!」


こうして、俺とミレット率いる部隊はポイント2へ撤退した。

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