第37話 夜明け

俺たちがゲレーダ戦線へ急ぐ中、次々とリテーレ軍の動きがサミラルを介して報告がコミラートを通じてなされる。


・ゲレーダ軍は前哨拠点に10,000ほどの兵力が集結しつつあり。進軍の兆しなし。

・リテーレ軍、およそ5,000程の兵士、集結完了。

・ミレット率いる伏兵の配置完了。

・反乱軍より伝令。引き合わせたい人物が居るとのこと。


大なり小なりの情報が飛び交う。

恐らく、短時間でコレだけの情報が入ってくるという事は半ば、混乱に近い状態だろう。だが、それを統制し、的確な情報を送ってくるサミラルは本当に凄い。


にしても……だ。反乱軍からの伝令が今来るとは一体、何事だろうか。この状況で反乱軍がコンタクトを取ってくるという事は余程、大事なことなのだろうか?


「とりあえず、こっちは向かっている。出来るだけ兵数をゲレーダ戦線に召集しろ」

「承知しました」

「それから、その引き合わせたい奴は誰なのか聞いたか?」

「それについては私から――」


会話に割り込むようにマレルがそう言う。


「なんだ……? 知ってるのか? 一体、誰なんだ?」


マレルはコミラートの上に手を置き、声が聞こえないようにしてから俺に告げた。


「ゲレーダ領の第一皇女、つまり、ゲレーダ領主の奥様です」

「はぁ!? なんでゲレーダの皇女が……? 意味が分からん!」

「落ちついてください。領主様」


こんな話を聞かされて誰が落ち着いていられるか。俺と会うという事は敵領土の領主と会うということであって捕虜になったって文句は言えないということになる。


「マレル。その情報、嘘じゃないだろうな……? 裏は取ったのか?」

「はい。サクリファイスを使って確認済みです」


マレルははっきりとそう言った。そして、衝撃の事実を俺に告げた。


「エリーテ・エクシエスは皇女が放った密偵だったんです」

「な、なんだと!? もっと在り得ないだろ!? なんだよそれ!」

「確かにそう思われるでしょうが……それが事実なんです。これもサクリファイスで確認したので間違い在りません」


意味不明だ。明らかに裏切り行為にあたる。それに自分の代わりに一般人を密偵として送り込むなどリスクが高すぎる。そもそも、旦那を裏切って寝返ると言うこと自体、「その皇女はクソだ」と思わず、突っ込まずに居られない自分が居る。


「で、その皇女が何で俺に会おうなんて……目的は?」

「リテーレへの助軍、打診だそうです。詳しくは分かりませんが、罠や誘引の類ではないようです」

「怪しすぎる……。まぁ、ここで議論しても仕方ないか。とりあえず、会いたいと言うなら会ってやろう」

「では手配はこちらの方でやっておきます。とりあえず、今は先を急ぎましょう」


マレルが片手で馬を操りながら俺から離れ、指示を飛ばしていく。こうしている間にも俺たちはひたすら全速力でゲレーダ前線へ向け駆けていった。


ゲレーダ戦線に到着した頃にはすでに夜。司令部の前ではサミラルを筆頭に各部隊に配給物資が配られていた。その中身は厳重に隠され、荷馬車が何度も行き来している。


「サミラル!」

「達也様とマレル。良くぞご無事で」

「ああ。ところで状況は?」


俺がサミラルに問うと冷静に話し始めた。


「とりあえず、戦の用意は既に完了です。特定の位置に部隊の配置も済みましたし、『例のアレ』も各部隊に山のように配布済みです。ただ、フィーリスは未だに集結中の部隊がいくらか居るようです」

「わかった。敵さんの様子は?」

「ミレット様によると隊列を組もうとしているような様子はみられているようですが……特段、動きは無いようです」


それと時を同じくするかのようにカチン、カチンとマレルのコミラートが鳴った。

コミラートを取るなり、マレルは少し席を外すように離れ、しばらく何かを話していた。そして、通話を切ったマレルは俺にこう告げた。


「“お客様”が到着したそうです。いかがしますか?」

「はぁ……。ああ、会いにいくさ。こっちの事はサミラル、頼むな?」

「誰かとお会いになるんですか?」


当のサミラルは誰に会うのか、検討もつかない顔をしていた。そりゃ当然だ。


「まぁ、気にしなくても大丈夫だ。さほど重要な相手でも無いから」

「……?」


言い方が意味深だったせいか、疑るような目でサミラルは俺をみる。


「とにかく大丈夫だ。計画に失敗はない。抜かりもない。二人で練って練って練り上げた策だろ? 今更、破綻することなんて無いから安心しろ」

「そう……ですね」


俺が鋭い目つきでサミラルに視線を送ると追求したらマズい事だと察したのかそれ以上は言及してこなかった。


俺はサミラルに現場を任せ、その珍客と会うため、マレルと一緒に以前、エリーテを取り調べた建物へ向かった。そこには隠者五人に囲まれる形でエリーテと金髪ショートの女性が座っていた。金髪ショートの女性は大きな金色のイヤリングを耳にぶら下げており、顔は少しやつれているように見える。年齢にして二十歳前後といったところだろうか?


「初めまして。リテーレの君主。私はゲレーダ領第一皇女のアリシアと申します」

「初めまして……と言えるだけの間柄ではないが、リテーレ領、領主の達也だ」


俺はそのゲレーダの皇女を前に威圧的な態度で会話を始めた。


「それで……? 敵国の皇女様が私に何の御用でしょうか? 最も捕虜になりに来たというのなら大歓迎ですが……?」


俺がそう言うと皇女は完全に黙ってしまった。しばらくの沈黙が部屋の中を支配したが、エリーテが静寂を破った。


「皇女様は我々、レジスタンスを支援するおつもりなんです……ですから、どうか話を――」

「お前には聞いてはいない。そもそも、お前が身分を明かしていればこんなことにはならなかったかもしれないんだぞ?」

「そ、それは……」


そう、もしエリーテが皇女の密偵だと白状していればゲレーダを内部崩壊させることだってできたはず――いや、待てよ……。


俺は思い出していた。エリーテに呪術をかけた日の事を――。

そうだ。あの時、既にこちらは敵対の禁止を義務付けていた。


「(ということは、最初からこの皇女も、何らかの形でリテーレ領に助軍するつもりで行動していたってことか……)」


なんでこうも面倒くさい手をこの皇女は打ったんだと思いながらため息をついて彼女たちを見つめた。


「はぁ……まぁ、いい。早いところ話を済ませたいんだが……?」


俺がそう言うと皇女は決意を決めた強い声で話し出した。


「リテーレの君主よ。私はどうなっても構わない。仮にこの場で殺されたとしても甘んじて受けよう。されど……ゲレーダ領に居る者を、民を助けて欲しい。我が、夫のトリーの暴政で民は傷つき、悲しんでいる」

「おいおい……そういう場合はアンタの旦那に言え。それが一番簡単に済む話だろ? 俺に泣きつくのは筋違いってもんじゃないか?」


そんな夫婦の意見違いを敵国に持ち込んでくるんじゃないと俺は茶化す。


「私の話など……あの暴君は聞きもしない。もちろん他の者の助言も……」


その言葉には思い当たる節がある。あのレオル・エバースを指しているのだろう。そんな暴君に嫁いだこの皇女はお気の毒だとは思うが……今のリテーレ領には何のメリットも示されていない以上、俺にはこの話し合いは時間の無駄でしかない。


「……めんどくさいな。結局、アンタは何を求めたくてここに着たんだ?」

「すまない。では単刀直入に言おう。私が求めるのはゲレーダ領の組織破壊とゲレーダ領の領民救済だ」


ほう。ゲレーダ領の組織破壊ねぇ――。


「アンタ。言っている意味、分かってるのか?」

「ああ。もちろん。リテーレの領主だからこそ直に頼みに来ている」


一直線な目が俺に向けられる。だが、そんな言葉で俺が動くと……?

俺は素早く懐から魔術石を取り出し、皇女に突きつけた。エリーテやマレルが息を呑む。当の皇女はそれでもこちらを微動だにせず、みている。


「アンタの言う領土の組織破壊と領民救済に協力するメリットがこちらにあるのか?」

「リテーレ領が確実に勝てるように支援する。そして、勝利した暁にはゲレーダ領は私の権限の元、リテーレに従属する。ここに署名もしてある」


そういいながらゆっくり手を上に出しポケットから丸められた巻物を取り出した。

皇女からそれを受け取り、マレルに確認するように目配せをする。


「間違いなく、正式な、効力のある文章です」


その中身を確認したマレルはそう俺に告げた。


「だとしても、これが罠ではない確証が無ければ動けないぞ?」

「では、その確証になるか定かではないが、コレを――」


そう言って皇女は鍵を取り出した。


「コレは?」

「これはゲレーダ領の中心部から南西にある武器庫の鍵で、今回の戦争では使われていない剣や防具、大量の弓が格納されている。今、警備の兵はゲレーダ戦線に出ていて手薄だ」

「それがなぜ、罠ではない確証になると……?」

「レジスタンスが今、喉から手が出るほど欲しい武器だ。私が嘘をついていれば警備は厳重でしょうし、罠で在れば武器を取りに言った時点でレジスタンスは一人残らずに壊滅するでしょう」


皇女は強気にそう言いながら一切、目を逸らさない。本当に肝が据わった女性だ。そして、こう続けた。


「それと各軍事施設の情報と私という捕虜が居るということ。それでいかがでしょう?」


ここまで言われると本気だとしか思えない。

俺はエリーテに視線を向けた。


「レジスタンスの現状はどうなっている?」

「武器さえ手に入れば行動は可能です。皆、このままじゃ駄目だって立ち上がろうとしてくれています」

「そうか。……エリーテ、悪いが、そこにレジスタンスの斥候を送り込んでくれるか? 皇女が言っていることが本当なら静かに武器を盗み出して時を待ってほしい」


エリーテにそう言うとコクリとうなづいた。

そして、俺は再び皇女に視線を戻した。


「では、皇女は牢獄へ居てもらいますが、いいですね?」

「ええ、ですが……」

「分かっています。あなたの覚悟は受け取りました。この話に裏が無いことが確認できればリテーレの、いえ……私の威信に掛けて約束は守りましょう」

「感謝します。リテーレの君主」


こうして、予期もしない皇女との会談は終わったのだった。

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