第18話 予測された事態

帰路に着いた俺とミレットは15分~20分ほど掛けて屋敷の玄関へとたどり着いた。


「ふぅ……。今日も終わった~……って、ん?」

「この匂いは……」


屋敷にミレットと共に入るとすぐに違和感に気付いた。

おいしそうな匂いが漂っていたのだ。


「ルカ姉が確実に何か作ってるな、これ……」

「多分、食堂だろう。ったく、無理をしていなければいいけどな」


俺とミレットはそう言いながら足早に食堂へと向かった。


「フン~フフン~♪」


二人で厨房を覗き込んでみるとそこには鼻歌を歌いながら、何かを作っているルカの姿があった。俺はわざと足音を響かせてルカの方へ歩み寄った。


「ルカ、体の方はもう大丈夫なのか」

「あ、達也さんにミレット。おかえりなさい!」

「あ? ああ……ただいま?」


ニコッリと満面の笑みを投げかけられて言葉が詰まった。


「さすがルカ姉……かわし方がうまい……」


ミレットがコクコクと頷いて感心している。


「関心するな! って、あ……いや、俺も俺か……」

「ブッ……! 自分で突っ込んで自分で回収するなんてぇ、達也って馬鹿?」

「うるせぇ!」

「いたぁ!」


ミレットの頭をぽかんと1発殴った。


「ミレットと達也さん、すっかり仲良しですね!」


前を見るとルカが面白いモノを見たようにクスクスと笑っている。

表面上を見る限りはもう普通通りのようにも見える。


「ルカ、冗談抜きで本当にもう体は良いのか?」

「ええ、もう大丈夫です。それに寝てばかりだとつまりませんから!」

「……だとしても無理するなよ?」

「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫ですから! あっ、後もう少ししたら夕食が出来上がりますから待っていてください!」

「……。悪いが、それは却下だ。病み上がりなんだから三人で分担するぞ?」

「いや、でも、本当に大丈夫……」


ルカがすべてを言い切る前に手を前に出して制止させた。


「一人でやろうとするのは禁止だ。別に今は俺とミレットも忙しくないんだから」

「そうそう! タツヤの言う通り!」

「ミレットまで……。わかりました。では、その……お言葉に甘えてお願いします」


一瞬、ルカはなんと答えたらよいものかモジモジとして居たが、そう語ったのだった。ミレットにべったり張り付かれながらルカは夕食を用意し、俺がそれを運ぶ。

そんな和やかな雰囲気のまま夕食を取って、後片付けも三人で協力する。


そうして、ひと段落した頃合いを見て俺はルカに一連の現状を話した。


「そうですか……では、明日には黒幕の正体が分かるってことですね?」

「ああ、事が思うように運べば……だけどな? そういえば、マレルに例のメモ渡してくれたか?」

「ええ、確かに渡しておきました」


俺がマレルに渡したメモには『ザールとその家族の身辺警護を厳とせよ』

そう書いておいたのだ。


誰が黒幕であれ、屋敷の襲撃を指揮した事実が公になるのは伏せたいはずだ。

それに軍の内部に内通者がいる時点で今日の尋問内容も恐らく筒抜けになっていると、見越しての策だった。


つまり、ザールの口を塞ぐために黒幕が動く可能性があると考えて、その対策のために隠者へ警護の指示を出したのだ。


「もうやれる事はやりきったし、今日はもう寝るか」

「そうですね、明日は忙しくなりそうですから」

「じゃあ、アタシも帰ろうぉ~っと」


こうしてその日は解散したのだった。


その夜、俺はミレットとルカと分かれた後、寝室で密かに地図を広げてゲレーダ軍と戦闘になった場合を想定してシュミレーションをしていた。


これは考えておいて損はない。戦争というものはこちらの都合など関係無しで起こるものだ。故に一刻も早くどう対処するのか考え出さなければならない。


かといって……軍の士気が下がっている現状の軍ではいくら策を講じても、戦略を立てても実施するのはまず、無理だろう。


なにせ、前々代の絶対的領主『リベルト・リテーレ』が討たれたことに加え、ルカが跡目を継いだ後に起こった二度目の領土侵略による敗北。そして、今回の内部反乱とも言える領主邸の襲撃事件――いろいろなことが重なって尾を引きずっている。


「(詰まるところ、俺が領主として迅速に、かつ確実に、領主らしく動く事ができるか、それにかかってるんだろうな……)」


そう思いながら俺は地図を見つめ続けた。


「(ゲレーダ領と決戦になるとしたらこの『リュナ』という街より南側だな……)」


依然、膠着状態にある『ゲレーダ戦線』の方を詳しく見ると地形的には平地になっているものの、ゲレーダ領の方へ向かうにつれて狭い道になっており一部、渓谷のようになっている部分がある。


詳しい事は現地に赴かなければ分からないが、策を仕掛けるなら大軍が動きを取れなくなるこの場所で仕掛けるしかない。


「うまいことココに誘い込んだ上で陣形を崩して叩く……それがベストだろうな」


俺は冷静に策を練りつつ、この件が片付いたら視察に出ようと考えつつ、深い眠りについた。


そして、遂に朝が明けた。俺はルカと共に朝食を取ってミレットの到着を待ってから一緒に軍本部へ向かった。だが、軍本部に着くと内部が騒がしくい。兵士もバタバタと慌しく動いている。


「な、なんだ? なんかあったのか?」

「わかんねぇーけど……こりゃあ、牢獄の方で何かあったんだと思う! 達也はここで待っててくれ、アタシがちょっと状況を確認してくるから!」


ミレットが奥へと駆けていった。なにか、無性に嫌な予感がする。


「領主様……」


背後から声をかけられ、振り返るとそこにはマレルが居た。


「マレルか、この騒ぎは一体……」

「ザールの家族が……」


マレルは下を向いてしまった。


「何があった?」

「申し訳ありません。朝食に毒が盛られ、ザールの妻と子どもが危篤状態に……」

「な!? 実行犯は捕まえたのか!?」

「はい。厨房のスタッフや配膳に関わった者は捕縛しています」

「……。わかった。マレルたちは毒がどうやって混入されたのか、探ってくれ」

「……!? 私達で良いのですか……?」


マレルは護衛対象を守れなかったため、叱責を受けると思っていたのだろう。

だが、今は一分一秒が惜しい。その裏が取れるかどうかでザールから話を聞きだすことが難しくなる可能性も考えられる。


「説教はあとだ。失敗は成功で取り返せ。今は時間がない。お前等の力が必要だ」

「かしこまりました。隠者の威信にかけて調査いたします」


マレルは一礼して走り去って行った。

そして、今度はマレルと入れ替わりでミレットが戻ってきた。


「達也! 大変だぁ~! ……って、マレルから聞いた?」

「ああ、ある程度はな。で、危篤状態って聞いたけどやばい状況なのか?」

「いや、発見が早かったから治癒魔術と精霊術で解毒をした上で治療すれば大丈夫って軍医が言ってたから問題ないと思う」

「そうか……それなら何よりだ。とりあえず、犯人を絞るぞ」


俺とミレットは急いで軍内の厨房へと向かった。

厨房に着いてからすぐに俺とミレットは毒物の捜索を行った。


普通に考えれば、毒が盛られた可能性が一番高いのは厨房になる。

ここで毒物が混入されたなら毒物やそれが入った容器があるはずだ。

だが、厨房には毒物の存在は確認できなかった。


「(証拠隠滅を図るにしても、あまりにも完璧すぎる)」


疑念を抱きつつ、俺は捕縛されている容疑者たちの元へ向かった。そこで捕縛されていたのは朝、現場に居たスタッフ四人だった。


全員にボディチェックと取調べを行ったが、毒物の発見は愚か、全員が『毒の混入』を否定した。もちろん、それは配膳していたスタッフも同じだ。否定する事は想定していたが、毒物も見つからないとなると正しく、八方塞がりだ。


こうなるとザールとの交渉が難航する。

ザールは今回の殺人未遂を俺のせいにするだろう。せめて、今回の毒混入の犯人が分かればそこから辿っていけるはずなのだが……正直、現状では厳しい。


「(もう時間も無いし、行くしかないか……)」


俺は覚悟を決めてザールと対面することにした。俺がザールと対峙している間、ミレットには毒物の捜索と引き続き、容疑者の尋問を行うように指示を出した。


そして、ザールと一日ぶりに顔を合わせたわけだが――。


「てめえ!! よくも俺の前に顔を出せたな! ぶっ殺してやる!!!」


ザールは食って掛かって来そうなほど、怒り狂っていた。

相手がどんな状況だろうと俺は真っ向から挑むしかない。

ここで俺がやるべき事は3つだ。


一つ、ザールの家族に危害を加えたのは俺の指示ではないことを伝える。

二つ、黒幕がザールを消そうとしているであろうことを伝える。

三つ、毒で倒れたときの状況を聞く。


それさえ出来れば、まずまずといったところだろう。もちろん、あわよくば黒幕を吐いて欲しいところではあるが、高望みはしないほうがいいだろう。


「(ふぅ……さて、始めるか)」


睨みつけてくるザールの目線を真っ直ぐに見つつ、俺は冷静に話し始めた。


「こちらを恨みたくなるのは当然かもしれないが……今回、君の妻子を狙った毒殺犯は外部の奴だ」

「外部だとぉ!? ふざけるな! お前以外に毒を盛ろうと考える奴なんていないだろが!」

「確かにそうかもしれないが、冷静になって考えてみろよ。俺はお前との取引を望んで交渉していたんだぞ? それなのに毒殺しようとして何の得になるってんだ?」

「そ、それは……確実に吐かせるためだろ!?」


ザールの興奮は収まるどころか、更にヒートアップしていく。


「馬鹿なのか、お前? 俺は昨日、お前が取引に応じなければ妻と子の首を飛ばすと宣言したんだぞ? 別にお前が吐かなかったら殺せばいいだけで毒殺なんて洒落た事はしねぇよ……」

「じゃあ……誰が、誰がやったって言うんだよ!!」


俺は一呼吸置いてから語り出した。


「客観的に考えれば……お前が匿(かば)っている屋敷襲撃の“首謀者”がやったんだろうさ。お前が知っているかは分からないが、軍の中にはその首謀者と繋がっている奴がいる。そいつが俺とお前との取引内容を聞いて首謀者が自らの保身のために殺そうとしたんだろう」

「……それなら、俺だけ殺せばいいじゃないか! なんで家族まで!」

「ああ、そうだな……。それが俺にもわからない」


確かに首謀者を知っているのはザールだけだ。家族まで殺す必要がない。

その時、尋問室の扉が少し開かれ、マレルが顔を覗かせた。


「どうした?」

「例の件、調べがつきました」


早い。まだ、一時間半も立っていないというのに調べがついたという。


「ちょっと待ってろ」


ザールにそう吐くと俺は尋問室の外へ出た。

俺が外に出るとマレルは調査結果が書かれた封筒を差し出してきた。


「恐れながら、信じがたい事実です」

「え……?」


俺はマレルの鋭い目と言葉に疑問を感じつつ、その封を切り、中身を見た。


『魔術的検証を行った結果、毒物の混入ルートはシチューに入っていた肉である。その肉の中に毒が練りこまれていたと推察される。なお、毒物が混入した肉を軍本部内に納品したのは


そう書かれていた。


「ファルドだと……!? 何かの間違いじゃ……」


俺が困惑しているとマレルのコミラートがカチン、カチンと音がなった。マレルは少し離れてコミラートを耳に押し当てていたが、やがてこちらを見て首を横に振った。


「領主様、ファルドで確定です。先ほど斥候を送り込んだのですが、ファルドが大量の荷物をつめてフィーリスを出ようとしているようです」

「嘘じゃないって事だな……。よし、マレル。早急に部隊を送り込んでファルドの身柄を押さえろ!」

「承知しました」


マレルはコミラートを耳に押し当てながら走って行った。

俺はその姿を見つつ、再び、ザールのいる尋問室へと戻った。


「お前、もしかして今朝のシチューに手をつけなかったか?」

「あ? ああ……。俺はあの甘ったるい奴が嫌いだからな」

「ふぅ……(なるほどね……)」


よりによって殺そうとしたのはいいが、シチューが嫌いで食べなかったっていうのはさすがのファルドも読めなかっただろう。


「それがどうかしたのかよ?」

「ああ、実はそのシチューの肉の中に毒が盛られてたんだ」

「ってことは……俺はシチューを食わなかったから無事だったってことなのか?」

「そうだ。ちなみに今回の毒殺の未遂犯も分かった」

「一体、誰だったんだ!? 頼む、教えてくれ」

「まぁ、隠す事もないからな……毒殺の首謀者はリテーレ領の経済長官をやっているファルドだ」

「……………。」


ザールは完全に押し黙った。


「(沈黙はある意味、肯定と取れてしまうんだよな……)」


そう思いつつ、俺は冷酷にザールへと告げた。


「ザール。状況が状況だが……俺はお前との取引を辞めたつもりはない。首謀者を吐いて家族を助けるか、全て話して無罪放免になって地位を得るか。……それとも死か、選択はお前次第だ。どうする?」

「……ちきしょうが……。もう、疲れた……。家族まで殺されかけるくらいなら、アンタとの取引に乗ってやる。だが、その前に条件が二つある」

「いいだろう。言ってみろ。この際、行きがけの駄賃だ」

「一つ目はアンタが俺を協力者として告知した後、フィーリスの郊外で暮らせるように生活資金と事業資金を工面して欲しい」

「事業資金?」

「ああ、そうだ。昨日、家族と話して……軍を辞めてパン屋をやることにしたんだ。そ……そのための資金だ」


家族とあんな環境でそんな話をするとは、ザールは妻子に恵まれているのだろう。


「フッ、いい話じゃないか。いいだろう。残りの一つは?」

「もう一つは、俺たち家族に警護部隊をつけてほしいんだ」

「警護部隊を? どうして? お前が黒幕を吐けば終わるだろ?」

「理由はこれから話す。で、答えは?」

「……わかった。全部、条件を飲もう。その代わりきっちり話してもらうぞ?」

「わかってる。だが、その前に書面にまとめてからだ。それからすべてを話す」

「はぁ……わかった。じゃあ、その書面を作ってくるから待ってろ」


段取りをまとめ上げた俺は急いで、尋問室を後にしたのだった。

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