幕間――駐輪場の風景
【休走】駐輪場の風景その②
最近は忙しく出回ることが多く、ユキは多少疲弊していた。
だから「今日はこれから一雨来そうなので、外出を控える」と彼女の所有者である佐竹絃夜が言ったある日、ユキは少しだけ安堵した。
もちろん、しょせんは原付なので自動車ほどの精密なメンテナンスは必要ないにせよ、もともとそれなりに使い込まれた年代物の機体である。それゆえに、各所にガタがき始めているのも事実であった。
足回りのメンテナンスは無理にしても、そろそろ、オイル交換でもしないとまずそうだわね――と、彼女は感じていた。
ここで念のためにガソリンとオイルの違いについて説明しておく。
ガソリンは人間でいえば食事に相当し、オイルは血液に相当する。バイクは人間と同じようにオイルを巡らせて動力機関を稼働させるのだが、劣化したオイルを放置したまま稼働を続けると、バイク自身は疲弊し内部に損傷を与える可能性が高まる。
しかし、バイクは人間と異なり新陳代謝も老廃物の排出も行うことができない。そのため定期的にオイルを交換しなければ、オイル内に汚れや老廃物がどんどんたまり続けていくのである。それは人間でいえば血管内に中性脂肪をため続けて生活するようなもので、度を越えれば心筋梗塞や脳卒中を引き起こしかねない。
それと同じ危険性が、彼女にも迫っているのである。
だがしかし。
そのためには、彼女の所有者であり恋人的立場でもある佐竹絃夜にオイル交換を頼まねばならない。
一応、「アタシ、そろそろ倒れそう――」などとか弱さを押し出して不調を主張したり、金欠の彼に対して「このままではさらに出費がかさむわよ。そうなる前にオイル交換しなさい」と弱点を突いて脅すことも可能ではある。そうすれば、なんだかんだ言って面倒見のいい佐竹ならば文句を言いつつも要望に応えてはくれるだろう。
しかし、オイル交換を依頼するということは、私の健康を気遣ってくれと言っているに等しく、すなわち自分の身体に手を入れてくれと言っているに等しい。そしてそれは意地っ張りの彼女にとって、とても容認できることではなかった。ましてオイル交換のために、自身のあんなところやこんなところを触れられるなど、想像しただけでも
それでも、いずれそうせねばならない。
そうせねば、彼女自身の生命に関わるからである。
だが、彼女はそれをしようとはしなかった。
他人の善意にすがることを良しとしない気高さゆえか。
素直に弱みを見せられない我の強さゆえか。
賽銭で飛び続ける佐竹の懐をおもんばかってか。
転生した今世に期待しない諦観か。
もしくは――それらすべてなのか。
それはユキ以外の誰にも判らず、そして唯一それを知る彼女は黙して語ろうとしない。
梅雨が本格化し始め、薄暗い空模様が続き始めた六月最終週。
気だるげなため息をつきながら、ユキはひとり駐輪場でまどろむのみだった。
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