第3話 戦争の後に

 魚船でマンサーナ島を大きく迂回して、冒険者が漂流している場所に行く。

魚群探知機を使って、海面上に浮かぶ生物の反応を探った。


一塊になった大きな反応があった。反応があった場所に行くと、九人の冒険者が固まって長さ二mのゴム・ボートの状の物体を掴んで漂流していた。


「遅くなりました。水上タクシーです」

 浅黒い肌で金髪の背の低い妖精族の男性冒険者が待ち草臥(くたび)れたとばかりに悪態を吐く。


 妖精族はブッシュ・ワーカー、通称ブッシュと呼ばれる種族だった。

「遅かったな。あやうく海の藻屑になるところだったよ」


 九人の冒険者が船に上がってくる。

「それで、どこまで行きましょうか。マンサーナまでの料金は貰っています。ですが、ヴィーノの街まで行くなら、追加料金がほしいところですな」


 ブッシュの冒険者が不審がって訊いてくる。

「俺の名はテッドだ。なに、マンサーナ島だとまずい話でもあるの?」


「船が出る前、港に白頭の鷲と海賊船の軍艦が迫っていました。今、行けば、どんぱちの最中でしょうね。全速前進で走らせれば、戦争の終盤に間に合うかもしれませんが、どうします?」


 冒険者たちが、げんなりした表情で互いの顔を見合わせる。

 薄い緑の髪と肌を持つ、背の高い妖精族の男性冒険者が、しゃがみこんで意見する。


 妖精族はレントンと呼ばれる種族だった。

「俺の名はスティーブン。急いで帰るのは、よそう。戦争分の金は貰っていない。もし、帰った時に鏡の騎士団が負けていたら、死に損だ」


 テッドが冒険者の意見を纏める。

「なら、船を巡航速度でマンサーナに向かう。それで、まだ戦っていて、なおかつ、勝てそうだったら、戦争に加わる、でいいか?」


 残りの冒険者が顔を見合わせて頷く。

「では、決まったようなのでマンサーナ行き出発します」


 海上を漂うだけでも体力を消耗したのか、多くの冒険者は黙って回復に努めていた。

 テッドは、まだ余力があるのか、話し掛けてきた。


「俺は小規模クランの大鵬たいほうのメンバーだ。船長さんは、クランに入っていないの?」


「俺ですか? 俺はまあ、気儘に八百万を楽しみたいんで、まだいいですよ。クランに入っている人って、プロが多いでしょう。プロになると何だか厳しいそうで」


 八百万ではゲーム内通貨は日本円に換金できた。レートは四千リーネで千円。ゆえに、ゲームでのプレイヤーとしてお金を稼いで、現実世界で暮らしているプロ・プレイヤーを自称する人間もいる。


「クラン大鵬では団長と副団長がプロだけど、その下の隊員は一般だから、規律はそんなに厳しくないよ」

「勧誘ですか? なら、考えてはおきますよ」


 遊太は当たり障りのない返事で勧誘を断った。

 テッドも遊太の感触に脈なしと判断したのか、それ以上は誘わなかった。


 マンサーナ島が見えてきた。二㎞先から双眼鏡で港を確認する。

 白頭の鷲の紋章を掲げる軍艦もなければ、海賊の軍艦も鏡の騎士団の軍艦もいなかった。


 遊太は軽い調子で冒険者に尋ねる。

「軍艦が一隻も出ていないな。どうします。皆さん?」


 テッドが難しい顔をして意見を述べる。

「敵がいないんだろう。なら、近づくしかない。状況がわからないと、判断にも困る」


 船を六百mまで近づけ、双眼鏡を覗いた。港に人と大砲が見えた。

 大砲には鏡の騎士団の旗が掲げられているものが多かった。


「鏡の騎士団が勝ったみたいですね。では、船を港に着けますね」

 ゆっくりと漁船が進む。魚船が港に着くと警戒された。だが、港にいた冒険者が遊太やテッドを知っていたので、すぐに警戒を解かれた。


 冒険者たちは陸に上がれて幸せそうだった。

「スティーブンは、いるか?」とフェリペが真面目な顔でやってくる。


 フェリペの態度からスティーブンとフェリペは顔見知りだと知った。

 フェリペが港を見渡して、苦々しく告げる。


「軍艦をやられた。二隻もだ。異空間に戻して修理中だが、一日では直らん」

「完全に壊れたら直りが遅いからな。軍艦を持っている仲間を呼ぼうか?」


「呼んでくれると助かる」

 スティーブンが難しい顔で尋ねる。

「それで、例のブツは無事なのか?」


 フェリペが、そっとスティーブンに耳打ちする。

 スティーブンとフェリペが遊太をチラリと見る。


(これ、あれか、また何か運ばされるのか。さっき失敗したからな。義経の黒船海賊団が張っていたら、ヴィーノまでいくのは大変だぞ)


 素知らぬ振りして、魚船を異空間にしまおうとする。

 スティーブンが待ったを懸けた。


「ちょっと、漁船を仕舞うのは待ってくれ」

(これまた、囮にしようとか考えているのか、それとも本命をこっそり運びたいのか知らないが、今日は六万リーネのあがりを持って、ログアウトしたい)


 遊太は素っ気ない態度で拒絶した。

「俺、これから飯を食うんで、一度、落ちます。あまり長時間ゲームをやるのも、体によくないんで」


 スティーブンは、ちょいとばかり表情を歪めて誘った。

「そうか、残念だ。条件のよい仕事だぞ」

「いや、今日は、ここまでです」


 遊太は船を異空間にしまい、ログアウトするべく、島の女神像の前に行く。

 女神像は全長が三mで、大理石でできている。


 ゲームからログアウトする時は、この女神像の周辺からログアウトすることが運営から推奨されていた。ちなみに、女神像から半径十五mは戦闘によるダメージが発生しない。


 女神像をじっと睨んで、心の中で唱える。

「八百万ログアウト。キャラクター名・遊太」


 十秒後、目の前が真っ暗になる。数秒で、ぼんやりと暗い二十インチのパソコン画面が見える。遊太の意識は自室に帰ってきた。


 部屋は薄暗かった。携帯の時計を確認すると、十九時三十分だった。

 カーテンを閉めようと、椅子から立ち上がる。


 窓に近づくと外には白く光る直径三㎞にも及ぶ巨大な円盤が見えた。宇宙人と呼ばれた者は存在し、今の日本を緩慢に支配していた。VRMMOの八百万の運営主体も宇宙人がやっていた。

「円盤が初めて見えた日は興奮したけど、今では珍しくも何ともないな」

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