VRMMOで漁師をやっています~賢者の石と封印された時のネフェリウス

金暮 銀

第1話 ある海上での出来事

 四mの波のある青空の海を、一艘の蒼い漁船が進んでいく。漁船は全長十二m幅六m、先端が尖った幅のある流線型の魚船だった。


 魚船は前方中央に生け簀があり、先端には、もりを打ち込む砲がある。また、荷物を四つ積載可能な荷物台を備えていた。


 船の動力は櫂や風ではなくジェット水流である。船尾には水流を噴出する筒が二つ付いている。船の中央には風防がある操舵室があり、船長が乗っていた。


 船を操るのは二十くらいの青年。身長は百七十五㎝で体重は六十五㎏。

 髪はブルーで、肌は褐色肌。顔は愛想のよさそうな丸顔で、細い眉をしている。


 青年は漁師が好んで着る半袖シャツに紺のズボンを穿いていた。武器は腰にエストックを下げているが、ほとんど飾りのようなものだった。


 青年はこのVRMMO(仮想現実大規模多人数オンライン)の八百万やおよろずでは遊太を名乗っていた。ちなみに、本名は三吉みよし優多ゆうたである。


 遊太は魚船に積まれた魔法の魚群探知機を見ながら、舵を操作していた。

 船に積まれた魚群探知機には小型魚の群れが映っていた。


いわしさばか知らんが、魚群があったな。船をオート・バランス・モードにして、ここで獲るか。現実では釣りをした経験があっても、ゲーム内の漁は初体験だな)


 船が自動でバランスを取るオート・バランス・モードにする。

 操舵室から出ようとすると、カモメの群れが見えた。


(カモメが見えるな。掲示板情報だと、カモメの下には大型の魚類がいたな)

 操舵室に戻って魚群探知機を確認する。


 小魚の群れを追ってやってくる大型魚群の群れが見えた。

(鮪が来たかな? それとも、カジキか鮫か。シイラや鰹でも高値が付いたはず。よし、大型魚に狙いを変更だ)


 船を移動させ、魚群の前に先回りしようとする。

 用意してきたオキアミ団子を撒いて釣り竿を手に待つ。


 すると、遠くから大砲を撃つ音が聞こえてきた。

(げっ、知らず知らずの内に開戦海域に入ったか。これ、早く出ないと漁船なんて沈められるぜ)


 すぐに、船を移動させようとする。魚群探知機に二十m超えの物体が映っていた。

(これは戦争と違うな。誰かが海の大型モンスターを大砲で狩っているぞ。どうする? 見にいくか?)


 海の大型モンスター狩りはまだ見た経験がなかった。俄然(がぜん)と興味が湧いた。

(進路妨害をしなければ怒られないだろう)


 遊太は船を走らせ、魚群探知機が示す方向に向かった。

 船を二十ノットで走らせること五分。三本のマストを持つ六十五m級の鋼鉄艦が三隻、見えてきた。


(あの帆にある紋章。あれは大手クランの鏡の騎士団だな)

 軍艦は一㎞ずつで距離をとるように三角形になっており、海上を移動していた。


(艦と艦との距離が近いな。これはモンスターを逃がさないように囲んで砲撃するためかな)


 魚群探知機の位置と目で艦の状況を確認する。艦はモンスターを両側に挟み込むように移動しながら、砲撃を加えていた。操舵室内にある双眼鏡を使う。


(何のモンスターだ? ここからだと、よく見えないな。大きさが二十mだから、シー・ドラゴンか)


 危険だと思ったが漁船を走らせる。

 砲撃が行われている六百mまで近づき、再び双眼鏡を覗く。


 砲撃に曝されているモンスターが波間から、ちらちら見えた。

 辛うじて見える尾や頭から、シー・ドラゴンだと思われた。

(いやあ、圧巻、圧巻。軍艦を利用したシー・ドラゴン狩りとは豪勢だな)


 シー・ドラゴンは体中から血を流しているのか、海面が赤くなっていた

(おや、狩りも終盤か、見せ場は過ぎた感があるな)


 シー・ドラゴン狩りはもうすぐ終わりそうだった。

 見るものがないので、漁に戻ろうとした。


 魚群探知機にシー・ドラゴンより巨大な何かが海中から近づいてきている姿が映った。


 影の主は八十mもあった。

(何だ、こいつ? クラーケンか、リヴァイアサンか?)


 砲撃が止んだ。軍艦はシー・ドラゴンを仕留めて体を回収するために減速状態に入っていた。視界の軍艦は明らかに目前のシー・ドラゴンに気を取られている。


 誰も海中から近づく巨大なモンスターに気が付いている様子はなかった。

「おおい、下から強大なモンスターが来ているぞ。気を付けろー」


 無駄と思ったが一応、大声を出して手を振って警戒を呼び掛ける。だが、軍艦はまるで気付かない。


 思念を伝える魔道具の到達距離は五百m。

 届くかどうかわからないが、思念も送ってみる。

「これは、一波乱が起きるぞ。俺には、見ているしかできないけど」


 双眼鏡を取り出し、成り行きを見守る。

 砲撃によりシー・ドラゴンが動きを停めて、海面に浮かぶ。


 艦隊がシー・ドラゴンの体を銛で刺して曳航しようとした時に、事件は起きた。

 海底から丸太のように太い吸盤のついた脚が現れて、シー・ドラゴンの体に巻きついた。


 脚はさらに海中から五本も現れて、近くの軍艦を強打した。

 軍艦は大きく傾く。残り二隻の軍艦から支援砲撃が始まる。砲弾が海中より現れた脚に命中するが、脚は硬くしなやかで簡単には傷付かない。再び脚が軍艦を強打すると、軍艦の装甲板が飛び散る。


(相手はクラーケンだな。六十五m級軍艦でも三発か四発で沈みそうだ)

 クラーケンの脚はそのまま軍艦に巻き吐くと、メキメキと嫌な音を立て始める。


 バンと大きな音がして、軍艦が三つに割れた。軍艦はそのまま海底に沈んでいく。

 このまま戦っても軍艦二隻では沈められると判断したのだろう。


 軍艦は帆を張ってクラーケンから逃げ出した。

 クラーケンは軍艦を掴んでいた脚を放す。クラーケンはシー・ドラゴンに脚を巻きつける。クラーケンはシー・ドラゴンを海中に引き込んだ。


(ここで慌てて漁船を出すと、やばい。クラーケンに魚と間違えられかもしれん。襲われたら危険だ)


 遊太は漁船が波で転覆しないように浮かべつつ、魚群探知機を見る。

 クラーケンは餌のシー・ドラゴンを手に入れて満足したのか海底へと移動する。安全になったので、遊太は船を走らせる。艦があった場所に行く。


 海上には軍艦に乗っていたプレイヤーが三十人以上、浮いていた。

「どうも、水上タクシーです。御利用のお客様はいますか?」

 遊太は釣りより確実に儲けになりそうなので、水上タクシー業に切り替えた。


 赤く短い髪をした年齢二十くらいの女性冒険者と視線があう。

 女性の肌は白く、顔は凛々しく均整が取れている。唇は赤く、眉は白い。ただ、これはゲーム世界の姿なので、本当の姿は、わからない。


 女性が不機嫌な顔で尋ねる。

「それで、この濡れ鼠にいくら吹っかけようって魂胆なの?」


(海でも沈まない魔法の金属鎧か。お金は持っていそうだな。運賃は鰹十五尾分ってとこで、いいかな)


「近くのマンサーナ島まで三万リーネでいかがでしょうか。代表者の一名が払ってください。俺の漁船には十三名まで乗れますよ。荷物があるなら、定員は減りますが」


「私の名前はローサ。荷物四つに、九人を乗せてもらうわ」

 ぴろりんと音がしたので所持金を確認する。


 三万リーネが送られてきていた

「俺の名は遊太。毎度あり」


 ローサたちは手際よく、海上に浮いていた荷物を回収してくる。

 回収された荷物を漁船の荷物台にロープで固定する。


 ローサと八人の冒険者が乗ったので船を出した。

 操縦しながら、それとなく尋ねる。


「お客さん、ちなみにその荷物って何ですか?」

 ローサは軽い調子で教えてくれた。


「金目の聖遺物よ。当たりが入っていれば、大金持ちね。こいつをシー・ドラゴンに取られたから、余計な狩りをしなければいけなかったのよ」


(軍艦を出して人を集めて狩るんだから、かなりのお宝なんだろうな)

「大きなクランになると、維持費が馬鹿にならない、ってことですかね」


 ローサは船の後方を見ながら質問する。

「そういうところね。ところで、この漁船はこれでフル・スピードなの?」


「これは、ガチャの当り魚船を強化した船なんですよ。巡航で二十ノット。推進器をフルに回せば、海水を吸い込んで一気に噴き出す機構が使用可能です。なので、十五秒ですが、瞬間最大速度で四十五ノットまで出るんですよ」


 ローサが背後も見ながら軽い調子で命令した。

「そう、なら、推進器をフルに廻して。全速前進よ」


「全速前進は揺れますよ。荷物はロープで固定されているから落ちないでしょう。ですが、乗っている人が落ちたら、回収の手間が掛かりますよ」


「何人か落ちても構わないわ。新たなシー・ドラゴンが追ってきているわよ」

「何!」と魚群探知機を確認する。全長二十mの物体が後方、八百mにまで迫っていた。


(くそ、何が聖遺物だ。呪われた品の間違いだろう)

 即座に加速レバーを引く。船の後方から出る水流が激しく飛沫(しぶき)を上げる。船を跳ぶように推し進める。


 水流を吐き出す全速前進は三十秒置きにしか使えない。船は加速が終わると巡航速度に向かって徐々に減速する。すると、シー・ドラゴンの影が徐々に距離を詰めてくる。


 三十秒が経過すると、全速前進レバーが使えるようになる。再び距離を離せるようになる。


 だが、全速前進が終わるとまた距離が縮まる。距離は一分毎に約九十mずつ詰まってきていた。

(まずいぞ。マンサーナ島まであと三十分はある。八百mあっても振り切れない)


 どうしようかと思案しているとローサが乗っていた冒険者に指示をだす。

 ローサが思念で会話する魔道具を使ったのか、思念による会話が聞えてきた。


「おまえら、降りろ。数秒でもいい、下りて足止めしろ。帰りは泳いで帰ってこい」

「えーーーつ」と他の八人の冒険者が抗議の意思を思念で伝えてくる。


 誰かが哀れみを誘う念が聞えてくる。

「ローサさん。ここからマンサーナ島まで足の速い漁船でも三十分ですよ。泳いだら島に着くのは、いつになるのやら」


「大丈夫だ。ここはゲームの世界だ。死ぬ気で頑張れ。マンサーナ島で荷を下ろしたら、迎えの船を出す。それまでの辛抱だ。手近かな漂流物でも掴んで、漂流していろ」


 別の誰かが尋ねる。

「シー・ドラゴンと戦って死んだら?」

「そんときは僅かな補償金で諦めろ」


「そんなひどいっすよ。このキャラクター、ここまで成長させたのに」

 ローサは怒りの念が跳ぶ。

「いいから、さっさと下りて戦え、私たちを逃がすんだよ」


 数秒静かになったと思ったら、ざぶん、さぶん、と人が水に落ちる音がした。

 軽くなった漁船は、速度が僅かだか上がった。


 ローサが後方の海を機嫌よく眺めて、念を飛ばす。

「雇われにしちゃあよく働く奴らだった。南無南無」


 冒険者の働きか、魚船の性能か、シー・ドラゴンには追いつかれることなく振り切った。


 シー・ドラゴンを振り切ると、面積が七十㎢のマンサーナ島が見えてくる。

 マンサーナ島には小さな村があり、村の南側に桟橋がある。


 桟橋には軍艦二隻がすでに停まっていた。

 マンサーナ島の船着場には、四十人以上の冒険者がいた。


 ローサが冒険者集団に手を振る。

「帰ったよ。シー・ドラゴンに取られた荷物も回収できた。もっとも、当りかがどうかわからないけどね」


 桟橋の端に漁船を付ける。

 煌びやかな黄金の鎧に身を包んだ金髪の壮年男性が出迎える。


「よし、さすがはローサだ。荷物は回収できたんだな。積荷を軍艦に積み替えよう。ヴィーノの街の古物商に持っていって換金だ」


 軍艦の上から誰かが叫ぶ。

「フェリペさん。クランの白頭の鷲です。やつら、軍艦二隻を出して、こっちに向かっています。海賊船も一隻、近づいてきます」


 フェリペは忌々しそうに吐き捨てる。

「やつら、見張ってやがったな。港で戦うぞ。大砲の準備だ」


 フェリペの合図で、大砲を持つプレイヤーが魔法陣を展開して、各種の大砲を呼び出す。


(おやおや、まずくなってきましたよ。さっさと船を消して、村の転移門からヴィーノの街に飛んだほうがよさそうだ)


 遊太は魔法陣を描いて船を異空間にしまおうとした。

 すると、ローサがフェリペに提案する。


「荷物を一つ貸して。漁船に積んで逃げるわ」

「おいおい、勝手に巻き込むなよ。俺の漁船が壊れたら修理費どうするんだ」


 ローサは毅然とした顔で指示した。

「修理費は出さない。でも、ヴィーノの街まで逃げ切れたら、百万リンを払うわ」

(きたね、高額の仕事が。鰹に換算すると五百尾分だよ)


「よし、わかった。俺の漁船で逃げてやるよ」

 遊太は船を反転させると荷物を背負ったローサを乗せた。

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