第7話 不思議な力
『死体は五十代ぐらいの男で、ボロボロのスーツを着用している。変わった点はいくつかあるが、まず些細な所で言えば眼球が二つともくり抜かれていた点かな』
……南米で殺された学者と、同じ死に方か。
阿蘇は例の教授を連想した。その男とは、彼のことで間違いないだろう。
しかし、 “ 些細な所 ” とはどういう意味だ?
『――全身の骨が、全て抜かれていたんだよ』
阿蘇の疑問を察したのか、丹波は落ち着いた声で言った。
『足の小指から頭蓋骨まで、それはそれは綺麗にね』
「……!」
『しかも外傷は多々あれ、骨を抜かれたような形跡は無いときたもんだ。いやぁ、前回は血で、今回は骨。いよいよ悪趣味な事件が続いたものだと思わない?』
「……確かに、気持ちの良い話ではありませんね」
『だろう?』
――どういうことだ。
阿蘇は顎に手を当て、考えこんだ。
あの学者が殺された状況とは、まるで違っているではないか。いや、眼球が無いという決定的な共通点はそのままだ。
もしかして、あの穴に落ちてしまったからこそ、骨が無くなってしまったのか?
だとしたら、何故?
想定外の情報に戸惑う阿蘇であったが、まだ丹波の情報は終わりではなかった。
「……だけどゾッとするよな。こんなゴムの塊みたいな不気味な死体が、四日間も放置されていたなんて』
「は――」
思いも寄らぬ発言に、阿蘇はつい強い口調で丹波に尋ねた。
「部長、その死後経過日数は確かなのですか」
『え、なんだい急に。そりゃまあこの季節だからあまり差異は出ないと思うけど』
「……」
『何? 何か気づいた事でもある?』
阿蘇は、答えることができなかった。また後で連絡をすると伝え、電話を切り上げる。
死後四日。
おかしい。それではおかしいのだ。
教授が穴に落ちたのを見たのは昨日だから、経過日数は一日しか無いはずだ。
ならば上がった死体は教授のものではないのか?
だが、それ以外の特徴は全て一致している。あんな死体が二つも出てくるとは到底思えない。
――意味が分からない。
阿蘇は混乱していた。情報が脳内で混ざり合い、どれを取り出していいのか判断がつかない。今まであったものと、新しく得たもの。それらを分けるので精一杯だ。
ギリ、と奥歯を噛みしめる。
想像も及ばない事件への焦燥と苛立ちが、じわじわと足元を浸し縛っていく。混沌とするイメージの中、やたら背筋の伸びた兄の姿が浮かんだ。
――やはり、俺一人の力では――。
そうやって立ち尽くしていると、体に何かが追突してきた。
目隠しをした藤田である。阿蘇を探し、空気を読まずにぶつかってきたのだ。
「ああ、良かった! お前場所変えるからどこに行ったのか分かんなかったよ! 電話終わった?」
「……」
「え、何? なんで黙ってんの? 追加情報来たんなら早く曽根崎さんに電話しようぜ。オレ待っててやるから」
そう言って阿蘇の肩に手を置く藤田に、阿蘇はつられて頷いていた。頷いてから、今の彼にはそれが見えないのだと思い出し、「おう」と口にする。
……そうだよな。今はとにかく、コイツを助けることを優先しなきゃいけない。
その為に、すべき行動を取らなければ。
阿蘇は携帯電話を操作し、怪異の掃除人を自称する兄の連絡先を確認したのであった。
「こちら本日のメインディッシュ、曽根崎の輪切りバジルソース和えです」
「頼んでません」
頭部のレントゲン写真を前に冗談をのたまう烏丸を、曽根崎はバッサリとぶった切った。
午後に授業を控えた景清と別れた後、彼は自身がミートイーターに寄生されていないか確かめる為、烏丸の元を訪れていた。
眠たげな目を細めた烏丸は、モニターを手の甲で叩いてヒッヒッと笑う。
「安心しなー。曽根崎の脳みそは綺麗なもんだったよ。弟君の友達とは違って」
「そのようですね」
曽根崎は自分の脳の断面を横目で見、頷いた。
……これで、 “ ミートイーターに寄生された者と長時間過ごした人間は植物を植えられてしまう ” という藤田の仮説はひとまず外れたことになる。
彼の言葉を鵜呑みにしていたわけではないが、曽根崎は「ふぅ」と安堵した。
そんな彼に、烏丸は片肘をついて言う。
「……何が起こってるかイマイチよく分かんないんだけどさぁ、今回僕も手伝った方がいい? 医学的見地が必要なら出張ってやるけど」
「助かりますが、下手に関わったら死にますよ」
「それは毎度のことじゃん。そんでも手伝ってやるっつってんの」
知人のありがたい申し出に、曽根崎は憮然とした顔をする。本当は微笑みたかったのだが、うまく筋肉が動かなかった。
「そんじゃ早速。先生から見て、こういう植物ってどうやって寄生すると思います?」
「そうねー。多分どうにかしてタネを植え付けられたんだろうと思うけど、どうだかね。位置的に経口摂取じゃないし、外科手術されたような形跡も無いし」
「例えば腕から寄生して、それが根に根を張って脳にまで到達したとか」
「それは無いんじゃない? 見た所、タネっぽいのもこの視神経辺りにあるんだわ。よしんば腕から寄生させたとしても、体内外を伝って脳にまで達するには結構時間はかかるんじゃないかな」
「すると……」
「うん、タネを植えつけた方法――僕が医師としてアンタに示す回答は、ただ一つだ」
声を潜める烏丸に、曽根崎も前のめりになる。
烏丸は、気怠げな目を開きハッキリと言った。
「――何か、不思議な力を使ったに違いない」
「……」
「……」
「……」
「解散!」
「曽根崎ィ!」
立ち上がってとっとと帰ろうとした曽根崎の腰に、烏丸が纏わりつく。普段は温度感の無い男だが、懐いたら懐いたで面倒くさい絡み方をしてくるのだ。
烏丸を剥がした曽根崎は、苦言を呈す。
「こちとら真面目なんですよ、先生。ふざけてる場合じゃないんです」
「真面目だよ! 真面目に考えて辿り着いたのがあの結論だから!」
「ほーう。医学的見地からでも、あの異物は不思議な力抜きでは説明できませんか」
「無理だねー。つーかさ、こんな筋肉だの血管だのスレスレ巻き込んでんのに、なんでアイツ頭に痛み出てないの? 拒否反応出てないのも謎。目が見えてるのも謎。死んでないのも謎」
「この世のものじゃないから、という理由では?」
「それならレントゲンに映らねーっつーの。……ああ、今思いついたけど、もうこれ異物じゃないのかもね」
「はい?」
烏丸のふとした思いつきに、曽根崎は彼を振り払う手を止めた。ボリボリと頭をかき、烏丸は長身の男を見上げる。
「既に一体化してるって話。肉の一部になってるから、体の方も拒否反応を示さない。さも生まれた時から一緒のようにくっついてるって言えば分かりやすい? 今の所、腫瘍やガン細胞のように他組織を圧迫したり破壊したりしてないしね」
「……やっと医者っぽい話をしてくれましたね」
「ずっとしてるつもりなんだけど」
しかし、それならばなおのこと厄介である。これだけ広範囲に、かつ深く脳や神経と一体化しているのなら、彼の言う通りどんな腕のいい医者でも手術など不可能だろう。
曽根崎は烏丸に礼を言い、別れた。診察室から出るその間際までヤツは甘え倒してきたが、本当に鬱陶しかったので最後は投げ飛ばしてしまった。
あれさえなければ悪くない知人なのだが。
――さて、考えなければならない事は山ほどにある。
曽根崎は歩きながら、顎に手を当てて思案した。
……事務所に帰る前に、例の穴を近くで見てみるとするか。昨日は、調べてみる前に弟から連絡が来て行きそびれたのだ。
目的地が決まった曽根崎は、早速タクシーを止めようと大通りに出る。しかし、一歩そこに足を踏み入れた途端、とてつもない違和感に襲われた。
「……なんだ?」
時刻は昼の三時。本来であれば人々は活動し、車も行き交う時間帯だ。
しかし、目の前にあった光景は違った。曽根崎を迎えた大通りは、シンと静まり返っていたのである。
車はおろか、人っ子一人見当たらない。まるで作りかけのゲームの世界に放り込まれたような妙な感覚に、曽根崎は正気を保とうと頭を振った。
その瞬間。
――曽根崎の視界の端に、黒い影が映り込んだ。
「……っ!」
勢いよく振り返る。そこには、誰もいない。
……そんなはずはないだろう。
彼は唇を噛み締めると、呟いた。
「茶番はやめて出てこい。私に話があるんだろ?」
――曽根崎の背後から、低く嘲笑う声が聞こえた。
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