第143話 スキルの可能性

 目の前で、ぼろぼろのスニーカーをぬぎ、革靴に履き替える冬蜻蛉。


「サイズはどうだい」俺はその様子を見守りながら声をかける。


「うん、ぴったり。どう?」軽く歩きながら、きいてくる冬蜻蛉。

 この、どう? とは多分見た目がどう見えるかと言うことだろう。答え方を間違うと後々まで禍根が残るという噂に高い質問に違いない。

 今回は着替えずにそのまま来ていた冬蜻蛉。当然ジャンパーを重ね着している。一番外側のジャンパーが、俺があげた新品の黒色で、色合い的には靴と揃ってはいる。

 しかし異世界人の俺からしたら、そもそものジャンパーの重ね着が変にしか見えないので、そこに加わった真っ黒な革靴と言うのは奇抜さがアップしたようにしか見えない。

 しかし、当然そんなことは口が裂けても言えず。


「ああ、色合いがあってるよ?」とお茶を濁した回答をしてみる。


「ふーん」と冬蜻蛉。俺の回答が不満かどうか微妙なところ。


「なんだか、革靴って、かたくて歩きにくい。底も厚いし」


 まあ、当然革靴なんて履いたこともないだろう。俺はファッションの話題から離れてほっとする。


「すぐ慣れるよ。それじゃあ、さっそくスキルを使ってみるか」


 俺は来る途中で拾ってきた木の枝を冬蜻蛉に渡す。軽くホッパーソードで表面の削り、握っても怪我しないようにしてある。


「それにスキルをかけてみてくれ。その革靴についているスキルは重力軽減操作。質量は変わらないんだけど……」


 と、そこまで話した所で、きょとんとした表情の冬蜻蛉に気がつく。

 ──そうか。物理学とか知らないか。そういや冬蜻蛉達がどれくらいの教育を受けているかなんて全然把握してなかったな。


 俺はその境遇を思って暗い気分になる。


「とりあえず、棒よ、軽くなれ軽くなれって思ってみてくれる?」


 俺は冬蜻蛉が倍加のスキルを発動させていたのを見ていたので、これで大丈夫だろうと、分かりやすく伝えてみる。


 ──重力軽減操作はイドの消費が少ないからこれで大丈夫だと思うんだけど……


 俺がじっと見守る先で、冬蜻蛉が両手で木の棒を握り、目をつむっている。


 そっと目を開ける冬蜻蛉。

 不思議そうな顔をしながら、手にした棒を上下に振り始める。


「ダメみたい?」と残念そうな冬蜻蛉。


「えっ! もう一回やってみてくれる」


 俺は改めて冬蜻蛉のイドの流れに集中してみる。


 ……確かに、イドの流れが見えない。棒を握って再び集中している冬蜻蛉。その体にイドがあるのは見えるが、俺が自分で重力軽減操作をしたさいに見える、イドの流れが冬蜻蛉からは感じられない。

 逆にイドが何故か冬蜻蛉の中で渦巻くように動いているのが見える。ふと、思いつきを口にしてしまう


「冬蜻蛉、試しに自分自身に軽くなれって念じてみてくれる?」


「え、うん」木の棒をかえすがえすしていた冬蜻蛉の肯定の返事。


 棒を持ったまま、だらんと腕を下げた冬蜻蛉。

 その体に宿るイドが、革靴に集まったかと思うと、次の瞬間、ばっと全身に広がるのが俺の染まった瞳にうつる。


 パチッと目を開ける冬蜻蛉。

 軽く膝を曲げ、飛び上がる。


 俺の身長を軽く越える、跳躍。一瞬見失った冬蜻蛉を目で追う。

 跳躍の頂点で一瞬静止した冬蜻蛉の、驚きに見開かれた瞳。


 驚きのあまりか、ぐらりと空中で姿勢を崩す冬蜻蛉。

 俺はとっさに落下地点へ。

 ストンと俺の腕の中へ落ちてくる冬蜻蛉。


 その体は羽のように軽くなっていた。


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