第35話 VSリビングメイル

 ブロードソードの剣先を下げたまま走り出す鎧の敵。


 アクアが俺の手を放し、地面に降り立つと、鎧の敵に駆け寄る。


「アクア様が、リビングメイルは抑えるの。クチキはもう一体を何とかするの。」


 リビングメイルが旋回しながらブロードソードを振り回す。その刃がアクアの身体を切り裂き、すり抜ける。

 リビングメイルの剣撃など、まるでダメージがないかのように平然としたまま、アクアが拳をふりかぶり、リビングメイルの胴体目掛け、突き刺す。


 その拳を盾で受け止めるリビングメイル。足元の地面を削りながら後退し、しかし、こちらも無傷の様子。


「もう一体……?」


 俺がアクア達の戦いを見守りながら呟く。目のはしに、刃物の煌めきが写る。とっさに後方に飛ぶ。

 飛び退いた俺の首のあった場所を大鎌の刃が通りすぎた。


「うわっ、あぶねっ!」


 リビングメイルの影に隠れて、大鎌を持ったレイスが召喚されていたようだ。


 俺はさらに後ろに飛びながら、ツインテールウィップに換装し、レイス目掛けて振るう。


(当たれ!) 


 鞭の先端は何の抵抗もなくレイスを通り抜ける。


「え、うそ……」


 俺が呆けている間に、するすると空中を滑るように近づいてくるレイス。鈍く光る大鎌が禍々しい。

 俺も慌てて逃げる。


「霊体だから、物理攻撃無効なのかっ!? アクアのやつ、知ってたなー!」


 俺とレイスの空中を駆け巡る鬼ごっこが始まった。


 どれ程時間がたっただろう。戦況は完全に膠着していた。

 斬撃を無効化し、力押しで向かうアクア。しかし、高い技量でそれに対抗するリビングメイル。


 一方的に逃げ回っている俺。


(攻撃手段が一つもない……。エマさんがいればこんな敵、ただの的なのに。)


 俺はホッパーソードに持ち換え、レイスの攻撃の瞬間の大鎌を狙ってみるが、無情にも、それすらもすり抜ける。

 逆に大鎌が僅かに腕にかすってしまう。


 逃げながら、切られた確認するが物理的な傷はついていない。しかし、ステータスを確認してみると、オドとイドが僅かに減っている。


(レイスの大鎌は精神攻撃みたいなものなのか。)


 俺は一瞬だけ、イド・エキスカベータを使用し、イドだけ回復させる。


(オドも削られるのはまずい。弱体化の状態異常っぽいけど、くらい続けたら、逃げられなくなってタコ殴りになる……)


 しかし、限られた空間しかない室内のこと。例え飛び回って三次元的に逃げていようとも、俺は徐々に隅の方に追い詰められてしまう。


 俺がいよいよ危なくなり、無理な体勢で大鎌をかわした時だった。しっかり閉まっていなかったリュックから、皮装の本がこぼれ落ちる。どうやらアクアが先程俺から離れる時に、適当にリュックに突っ込んでいたようだ。


 空中を舞う本を、とっさにつかむ。

 ちょうど刻印のところに手が触れる。


 俺の手の中で、皮装の本がイドを吸収し、光り始める。


(えっ、何で今!?)


 その瞬く光がレイスに届くと、レイスは嫌がるように俺から離れていく。


 枯渇していく俺のイド。それに合わせ、瞬く光が強くなる。


(何でこの本、光っているの? 最初にイドを吸ったときは光ってなかったよな。そういや、地下闘技場に入るときに壁の彫像に向けたら光ったけど、もしかしてそれで何かの条件を満たしたのか? ……イドがヤバい、イド・エキスカベータ発動!)


 強くなる光を明らかに嫌がる様子のレイス。


 俺はイドを注ぎ続けながら、本をかざしてレイスに向かう。

 逃げ出すレイス。しかし、逃げるだけでダメージが入っている感じはしない。


 そのままレイスは闘技場の中央で闘うリビングメイルの所に向かうと、するりとその鎧の中に入り込む。


「合体した?!」


 これまで全く気にしていなかったリビングメイルの斬撃を、アクアがかわし始める。


 どうやらリビングメイルとレイスが合体したことで、リビングメイルのブロードソードの攻撃でもイドとオドにダメージが入るようになってしまったらしい。


 アクアが叫ぶ。


「クチキも、ボーとしてないで、手伝うの!」


「いや、待って。ボーっとはしてないから! こっちも大変なんだから! 絶対わかって言ってるだろ。」


 その時、俺は手の中で、皮装の本が暴れようとするのを抑えるのに、必死だった。

 無尽蔵かと思うぐらいに吸い続けられるイド。イド・エキスカベータの影響で、目の前は極彩色の光が舞い踊り、手の中では本がまるで意思を持ったかのように激しく光り、振動を始めていた。


 もう、抑えられないと思ったその時だった、急に皮装の本の光が収まり、振動もゆるむ。次の瞬間、手のひらの上で、ぐにゃぐにゃと形を変え始める皮装の本。

 まるで生きているかのように手の中で蠢いている。そのまま、一度収まった光が溢れ出すように辺りを白く染める。


 光が収まったときには、俺の手の中には、一丁の引き金のない拳銃があった。


 起動魔石が煌々と光を放っている。


(何かが、溢れる?)


 俺がそう感じると同時にアクアが叫ぶ。


「クチキ、暴発するのだ! リビングメイルに向けるのだ!」


 俺は言われるがまま、拳銃をレイスの合体したリビングメイルに向ける。


 アクアが無表情のまま、焦ったように離脱するのが目の端に映る。

 俺が拳銃を向けきった瞬間、溢れんばかりの光が、ついにその銃口から決壊し、光の奔流となってリビングメイルに襲いかかる。

 盾を掲げるリビングメイル。

 アクアの渾身の一撃を軽く防いでいた盾がまるで紙のように破れると、光の奔流がリビングメイル本体に襲いかかる。一瞬で蒸発するように溶け、弾け飛ぶリビングメイル。その内部に潜んでいたレイスだけがその場に残る。しかし、レイスも、光の奔流を受け、徐々にその身体を崩壊させ始める。


 ちょうどレイスが完全に崩壊した瞬間、拳銃から溢れた光の奔流が収まる。


 レイスとリビングメイルが立っていた場所には、鎧のような何かと、布らしきものだけが、残されていた。



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