4.ワルサーppk

 週明けの月曜日。

 土曜日に中止となった報告会の内容は、優人とマコトには陽香から、鷹志には丸雄からそれぞれ伝えられた。

 優人は土曜日の喧嘩が起こる直前に概要をほぼ聞いたが新しい情報として、調査班の進捗が良く、次の週末には《光の柱》発生装置の回収作戦が実行されるということだった。

「急だけど多分、作戦実行は次の土曜日の深夜、今回も二人には頼ることになるから」

 陽香は話しながら、後輩二人に対し交互に目配せする。

 マコトは陽香の視線が外れたとき、静かに小さな拳を握り締めていた。隣にいた優人にその仕草は見えていたが、無粋に思えてすぐ忘れることとした。

 そんな人のことより、優人は前回の作戦で行った独断専行の汚名返上をしなければならない。まだ具体的な作戦内容は知らないが、少しでも成功率を上げたい。

 そこで、まず思い当たったのは装備についてだ。以前から現状の装備に対する疑問もあったため、放課後は装備保管室で過ごすことにした。

 月曜日は単純なメンテナンスと自分の改善案の整理のみ。

 火曜日にはその考えを陽香に伝えようと、昼間に「相談があるので夕方頃、待ってます」と具体的な場所は書かずにメールを送った。そして放課後、実際に待っていたのだが、

「おう、いたのか」

 自分の後に現れたのは丸雄であった。

「今日は陽香さんに用があって待ってるとこです」

「仕事熱心で良いことだ」

 しかし、より仕事熱心に見えるのは丸雄の方。

 弾薬等の補給物資が詰まったコンテナ二つを、両肩で抱えて運ぶ丸雄の姿は様になっておりとにかく似合っている。いつもと同じシックなスーツではなくブルーカラーの作業着であればさらに完璧である。

 優人がアタッカー、マコトがアドミニストレーターであるように、丸雄にもバックスという肩書きがある。

 直接作戦には参加せず、銃火器やオーダーへの接続機器といった設備管理をするサポートが主な役割である。しかし作戦中は陽香の隣で参謀的なこともこなすため、実際はサブリーダー的なポジションとなっている。

 そんな彼の姿を見て、優人はずっと聞けずにいた些細な疑問を思い出す。

「少し聞いてもいいですか?」

 コンテナを下ろすと声を出さず、ただ振り向くだけの返事。おそらく肯定だろう。

「僕とかマコ先輩は普段高校生やってますけど、丸ちゃんは何をして過ごしてるんですか?」

 管理部隊に所属するものは基本的に、学生や会社員など何かしらの身分を持つのが規則となっている。陽香はリーダーゆえの外出時間制限があるため何もないが、鷹志はインディーズだがミュージシャンという肩書きがある。

 つまり社会の表向きの顔というやつだ。

「臨時の警備員やガードマンだな」

「うわっ、ベタですね」

「合理的と言え」と丸雄が不服そうな反応だったため「似合ってますよ」と言い直すと、納得したように大きく一度頷かれる。中年を通り越して爺さん臭さすらある仕草だった。

「やっぱハードな仕事なんですか?」

「ここでの任務に比べりゃ屁の河童さ、そのくらいわからないお前じゃないだろう」

「そりゃ、そうですけど……そんじゃ、世間一般の尺度では?」

「そう来たか……全然ハードじゃない、退屈極まる仕事だ。要人警護をしてたって襲われる事なんてほぼもない。強いて言うなら、雇い主のご機嫌伺いが面倒なくらいだ。じゃ、私怨で人を襲うやつはいやしないんだよ、誰もが小心者だ……しかしな、ごく稀に妙なやつが出てくるときがあるが、そういうときにビシっと決めてやると、俺の株は上がるな」

 必要以上ににんまりと、厳つい笑顔で言い切るサングラスの大男はとても怖い。

 この強面なら、どんな相手も怯むだろう。身軽さが要求される潜入ではなく、戦闘に限れば自分よりもアタッカーとして優秀かもしれない。

 すると廊下から足音が聞こえきた、スニーカーのラバーが掠れる軽い音だ。

 マコトであれば学校指定の革靴で鷹志はブーツばかり履くため、消去法で誰が来たかは明白だった。

「二人共お疲れさん……おっ、来たんだね」

 陽香は服装も口調もいつも通りラフであり、丸雄が運んできたコンテナに早速触る。

「これが今日の設備か。中身は何だっけ?」

「主にネリー用の改良パーツだ。調整されたセンサー類、飛行用アタッチメント、それにライフルラックだ。次の作戦で使うかは鷹志次第だがな」

「そっか。仮に次の作戦が無くとも、鷹志とネリーの装備はバージョンアップしとかないとね」

 鷹志とネリー向けの装備更新は頻繁にある。なら自分も、より高い結果を出すために装備のポテンシャルを上げる提案をしても良いだろう。

「あの陽香さん。メールにも書きましたけど相談があります」

「うん、そうだったそうだった。若き少年の性の悩みならいつでもお姉さんが聞いてあげよう。でも過度な期待はしないようにねっ」

 ウインクも飛ばす悪ふざけが面倒だがここはクールに受け流す。今日は意見を聞いてもらう側であるため仕方ない。

「二つあるんですが、まずは一つ目。次の作戦は回収作戦って話ですけど、おそらく相手組織の施設を攻める展開になるわけですよね?」

「そうね。まだ作戦の練り込みは浅いけど、主に優人と鷹志の二人に頑張ってもらうことになると思うわ」

「なら危険度が高いと思うので、今回はプレーツアーマーを使いたいです」

 前回は、都内に無数ある工事現場の中で、実行犯達が無作為に選んだ場所を制圧すれば良かった。しかも相手は《光の柱》を空へ飛ばさなければならないのだ。

 しかし今回は発生装置の保管場所、相手の陣地を攻めなければならない。つまり敵にとっては、警戒や対応がしやすい有利な環境というわけだ。

 ならば前回より強力な装備で望むべき、というのが優人の結論だった。

「そうね。今回は前回以上にデリケートな作戦内容かもしれないし、許可するわ」

「ありがとうございます」

「優人の現場判断でもあるし、あたしも必要と思っただけよ。それで二つ目は?」

「これのことです」と言いつつ銃の保管棚を開けて、握り慣れた一丁の拳銃を取り出すと空のマガジンを抜いて左手でキャッチする。

「このワルサーppkは全長も短めで軽量、しかもセミオートでサイレンサーが使えるという、潜入も戦闘もこなすアタッカーにはうってつけの拳銃……という説明を昔、陽香さんしてくれましたよね。今でも覚えています」

 うんうん、と陽香は自慢げに頷きつつも視線は優人の右手にあるワルサー本体にあり、続く言葉を待っているようだった。

「ただ使っていくうちに、装弾数が少ないと思ったんです。特に前回の作戦ではっきり感じました。複数人を相手にするときや打ち合いのとき心許ないです」

 潜入のときは良いが、乱戦の最中はマガジンの交換回数を極力減らしたい。

「でも案のない否定は良くないので、ちゃんとより良い拳銃も調べました」

「なるほど、興味深い」

 設備の管理を行う丸雄もそこはかとなく楽しそうに唸る。

 そこでワルサーをテーブルに置き、保管庫からもう一丁の拳銃を取り出す。

「グロッグのコンパクトモデル、特に26が良いと思いました。ワルサーに比べて全長も重量もあまり変わらず、セミオートでサイレンサーが使えるところは同じ。重要なのは、ワルサーが7.65ミリ弾7発に対して、グロッグ26が9ミリ弾10発なところです。ダブルカラムにもこれから慣れていきたいと思います。どうでしょう?」

「なるほどね。確かにグロッグは性能的にベターな選択だと思う」

 調査と考察を繰り返した自分なりの結論が肯定された気になって、胸がじわりと熱くなっていくが、

「でも却下だわ」

 上向きだった気分が急降下していく。今日までの小さいが地道な作業が報われず、優人は首の力を抜いてカクリと項垂れる。

 仕方ない、また出直すとしよう。

 諦めて落胆する気持ちに区切りを付けようとしたが、労うように左肩に手が置かれる。女性らしい細い手だが、温かみのあるその感触に救われたような気分になる。

「ごめんね。でも理由のない否定じゃないのよ」

 陽香はワルサーとグロッグの二丁を握りしばらく交互に見比べる。その後、グロッグのある左手だけを上げて話し出した。

「作戦の成功だけを考えたら、確かにベターな考えだと思う。でもね、それなら一丁の銃に拘る必要もなくて鷹志みたいに状況によって使い分けるのがいい。それにハンドガンじゃなく、サブマシンガンやアサルトライフルだって選択肢に入れるべきよ」

 しかし掲げたグロッグを下げて、陽香は話を続ける。

「でもそんな装備をあたしは許可しない。なぜだかわかる?」

 自分が考えもしなかった範囲まで話が広がり、優人は答えられず口篭ってしまう。陽香がそんな決定をしないと曖昧にはわかるが、理由までは浮かばない。

「あたし達はこの社会を管理するのが目的であって、戦争をする兵士じゃない。強力過ぎる装備に頼れば、己の役割を見失ってしまうわ。だから極力、殺傷能力が高い銃器を使わないのがあたしの方針。その上でベストな銃の選択が、このワルサーppkだとあたしは思ってるわ」

 陽香はグロッグをテーブルに置きワルサーを掲げる。

「この銃の名前であるppk、ppはドイツ語でポリツァイピストーレの略、つまり警察用ってこと。kは小型を意味するクルツだったり、刑事用を意味するクリミナルだったり、仮説があるけどね」

 そして優人に手渡し、両手で握らせる。

「つまり戦争を目的に使う銃じゃないってこと。あたし達は警察でも刑事でもないけど、兵士よりはそっちに近い立場の人間だと思う。だからそれを忘れないため、力に頼らないように、という戒めとしてこの銃は相応しいと思う。だから優人には、これからもこの銃を使い続けて欲しいの。でも、自分を見失わないために」

 ふと自分にワルサーを握らせる両手から、陽香の目に視線を移してみる。

 温かさの中にも熱さが宿るその瞳は、全く揺れず真っ直ぐ自分を見つめていた。単なる視線同士の重なりだけでなく、目の奥にある心同士が接してるような気がした。

 合理的に考えれば、他にも優れた銃の選択はある。だから案を却下された瞬間はまた出直そうと思ったが、陽香が持つ真摯な視線は強く正しいはずだ。

 だから銃を変えることは止めよう。きっとそれがいい。

「でもね、確かにこのワルサーだけじゃ戦力不足になる局面が多いのは確かね……だからそのために、優人にはこれがあるのよ」

 銃の保管棚の隣に鎮座するのは、腕輪状のデバイス。

 陽香はこれを手に取り細めた目で眺める。しかしそれ自体ではなく遠過ぎる別の何かに思いを馳せているようで、その正体を優人は読み取れなかった。

「まだ教えてなかったけどこれ、キャスターって名前なのよ」

 デバイスの中核を成す部分には、内面に電子基板のパターンのようなものが伺える金属製のフレーム、その中央に緑色の淡い輝きを宿す楕円形の水晶部がある。

 しかし外見からどんな機能を有しているものなのか、優人は何もわからない。

「前に丸ちゃん開発の新装備って言ったけど、あれはもちろん嘘よ。うーん、様子を見るに、一度は力を発揮したみたいね」

「わかるんですか?」

 仕組みは分からないが前回の作戦中、陽香がキャスターと呼ぶこのデバイスに、優人は危機的な状況で助けられた。あれが無ければ作戦は失敗し《光の柱》事件の解決が困難になっていたのは確実だった。

「そりゃね、キャスターのことはよくわかってる。あたしだって元アタッカーなんだからさ。まだ事情は話してないけど、これはあなたの心強い味方になってくれるわ。どんなに性能が良い火器でも代わりは務まらない、頼れる相棒よ。だから大事にしてね」

 得体の知れないものを押し付けられても納得はしにくい。ただそれでも今は素直に言うことを聞くのが良いと思えた。

「詳しい事情はいずれ時間がある時に。そうね、次の作戦の後にで……とかいうと死亡フラグっぽいわね。いつか格ゲーで負けが込んだときでも説明するわ」

「僕はいつだって聞きますよ」

「そう。じゃあ、一言ヒントを上げるとね……キャスターはワルサーと相性が良いわ。だから週末の作戦はしっかりお願いよっ」

 陽香は真面目な表情を止め、茶目っ気たっぷりの笑顔で優人の肩を乱暴に叩く。しかし優人はいつもと違い悪い気にはならなかった。

 信じよう。自分はまだ上司である彼女に遠く及ばないのだから。

「ワルサーの話ですが今の話聞くまでは正直なところ、世界一有名なエージェントが使う銃、というのが理由だと少し疑ってました。陽香さんの趣味かなって」

「あたしはどれだけ不真面目なのよ。まっ、1%ぐらいそうかもしれないけどね」

「ふむ。ではここでバックスとして一つ言わせてもらおう」

「あら、丸ちゃん。いたのはわかるけど、忘れてたわ」

 丸雄は自分への酷い扱いに顔を歪ませるが、瞬きする間もなく一瞬で立ち直る。

 そんな外見と違わぬ不屈さに加え臨機応変さも備える彼を、優人は感心せずにはいられない。

「銃を選んだりするのは良いが、気をつけて欲しいことがある。基本的なことだ」

 優人は自然と体ごと丸雄へ向ける。

「いつも言っているが」

 陽香は立場こそ上だが年配者への敬意か、話を聞こうと首だけは傾けるが――

「「装備は極力無傷で返却すること」」

 得意気な顔で放った決め台詞を陽香に被され、さすがの丸雄も呼吸すら忘れ凍り付く。

 その一方、彼が楽しみにしていたお約束を容赦なく奪うリーダーは、してやったりとニヒルな顔でとても満足そうだった。

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