2.ライブの後

 翌日学校もない土曜日。チケット四枚分の恩恵に、優人はしっかりとあやかっていた。

 スタンディングの観客が二百人ほど埋まっている客席は、歓声と熱気で満ちている。

 曲調に合わせて照明効果がめまぐるしく変化し、それがステージのバンドマン達の演出となり、音楽の抑揚をより強いものにしている。

 それが観客達に伝わればさらに盛り上がり、バンドマン達も応えようとする。そんなエネルギーの循環がこの地下ホールには満ちている。

 ここは新宿駅東口側にあるライブハウス、大きさは中規模程度。

 演奏するのはホークウイング。都内で活動するインディーズバンドではそこそこの知名度があり、ライブでも固定客が多めでコアな人気のあるバンドだ。

「しかしよくチケット手に入ったよな。今回もほぼ諦めてたのに」

 周囲の狂騒に負けないように、優人の耳元で政明は叫ぶ。

「本当に運が良かっただけさ」

「まったくだよ。TAKASHIの友達と友達だから、偶然流してもらえるなんてさ」

「我ながら、ちょっと運が良すぎて怖いね」

 大嘘にはなっていない。チケットは鷹志がマコトに渡し、さらにそれを手渡されたからだ。

 自分を含めればチケットは残り三枚、それは自然と学校でも仲が良い政明・由梨・景の三人に渡すことになった。

 ちなみに以前も一度、鷹志からチケットを貰い、同じ四人でホークウイングのライブに来たことがある。それ以来、特に女子二人はディープなファンとなり、電車の中でもイヤホンを片方ずつ分けて二人で曲を仲良く聴いているらしい。

 鷹志への贔屓なしに、優人もこのバンドが好きではある。

 その理由は、ライブでもパフォーマンスは控えめで、演奏自体に重きを置いているからだ。何より曲自体のテーマに一貫性があるのが良い。

 ホークウイングの曲は、マイナーだがスペースロックというジャンルに分類されるものが多くある。その名の通り、宇宙の壮大なスケールからイメージできる、巨視的な浮遊感や透明感がわかりやすく伝わってくるのだ。

 ホークウインというバンド名も、過去に同じジャンルの曲を作っていたイギリスのバンド、ホークウインに語感を合わせたものらしい。

 聞き手をそんな感覚にしてくれる音楽は他には少ない。愛だの恋だの、安っぽい言葉が並んだメジャーの適当で曖昧な曲より、よっぽど硬派で中身があると優人は思う。

 そんな曲だから、たまに生の演奏を聴きたくなるのだ。

 ただ今は、由梨が戻ってきたお祝いに、三人をまた誘えたことの方が大きい。

 声は届かないが、ステージにいる鷹志へ「ありがとう」とこっそり口にする。ステージ前面に立つボーカルにギタリストにベーシスト、その後ろでドラムセットに囲まれている鷹志は、普段と全く違う雰囲気がする。

 日頃の出で立ちや性格は陰気だが、今は耳に着けた複数のピアス等もパフォーマンスとして活きており、逆に鷹志は輝いている。普段は内に秘めているエネルギッシュな光を、ここぞとばかりに解き放っているかのようだった。

 やがて時間になり、一度のアンコールの後に、ライブは終了となった。

 大勢の観客に混じって優人達も地下のホールから出る。まだ寒い季節ではないが密閉された空間に長時間いたため、外気が涼しくて心地良い。

「いやー、最高だった。久々に弾けたねっ、もう宇宙まで飛んでいっちゃいそう」

「優人くん、ありがとね。またいい思いさせて貰っちゃった、本当にホークは最高ね」

 由梨は言動がオーバーになるくらいで、いつも同じで元気なままだ。

 ただ景の方は普段落ち着いた様子なのに、ライブの余韻のせいか今も高揚を隠せず、由梨と同じテンションで騒いでいてとても珍しい。

「でも、ホークってなんでもっと大きいライブハウスでやらないんだろうね。今日もこの前も満員だったし」

「そうね。わたし達もだけど、チケット手に入らないって話を結構聞くのに」

「ホークなら少人数でのライブにこだわりでもあるんじゃないか? 稼ぎよりもファンとの繋がりを大事にしたいとかさ。俺はそこがまたいいと思うけどな」

 日頃味わえない爽快感の余韻に浸りつつ歩き、駅に着くと四人は寄り道もせず解散することにした。由梨と景が京王線、政明が山手線、それぞれの改札へ行くのを優人は見送る。

 夜のライブハウスに出入りしていてなんだが、高校生という身分を忘れてはいけない。

 優人もセースハウスに戻ろうと歩き出したが数分後、携帯電話が振動する。

 メールの受信であり、送り主は景。

『今日は誘ってくれてありがとう。気を遣わせちゃったかしら。また行こうね』そんな短い文面を読み、改めて景が元気になって良かったと安心する。

 今晩の誘いは成功だ……しかし満足感に一人で静かに浸ろうとしたのも束の間で、再び携帯電話が振動する。

 メールの受信で送り主は、なんと由梨だった。

『はい、景ちゃんが打ってるメールの送信相手はきっと優人くんだよね? 文面を考えて何度も書き直してる景ちゃんの姿は乙女そのものだよ。見せてあげたいぜ。今日はありがと』

 イタズラ九割感謝一割のふざけたメールに呆れて、優人は片側の頬だけを歪ませる。

 しかしこれも平和であることの証として満足しよう、そう整理を付けて夜空を眺めて深呼吸したとき、またもや携帯電話に反応がある。

 せわしない様子のそれを再び手に取るが今度は通話の着信、相手はマコトだった。

『あ、優人くん。ちょっと引き返してきてよ。良いものを見られるよ』

「うん、いいけど……良いものって何?」

 質問に答えず『いいから、先輩のお願いよ!』とだけ告げ、一方的に通話を切られる。

 いつもの可愛らしく幼い声で、強制力のある台詞を押し付けられたら逆らえない。

 それに先週プライベートに踏み入ったことに対し、借りのようなものを感じていたこともあってか、マコトの言う通りライブハウスへ戻ることとした。


********************


 しかし優人はライブハウスへ引き返したことを、すぐ後悔したのだった。

 少し前までホールは満員だったが、今は人口密度が激減しすっきりしている。

「おーし、今日中に片付けちまうぞー」

 リーダーである鷹志の雄叫びに対して「うっす」とドスの利いた声を十人程度の男達が張り上げ、撤収作業に入る。

 声こそ出さなかったものの、優人も作業者の一人に組まれてしまった。

 なぜ? どうして?

 頭の中で疑問が繰り返されるが、テキパキと働くバンドマンやスタッフ達を前に文句を言える雰囲気ではなかった。

 鷹志は様々な人への指示出しで忙しく声を掛けられない。一方、バーカウンターで洗い物をしているマコトへ視線を送るが、舌をペロっと出すお茶目な仕草で誤魔化されてしまう。

 してやられた。

 潔く諦めて優人は作業に勤しむが、その甲斐あってか三十分程度で作業は終わった。しかしこれで解散だろう……などを思ったのは、かなり甘い考えだった。

「へい、お前ら夜はこれからだ。打ち上げいくぞ!」

「「「おー」」」とリーダーへ腕を振り上げて叫ぶのは十人程度のバンドマンとスタッフ達。その勢いに巻き込まれ、優人も近くの居酒屋に流れることとなった。

 なぜ? どうして?

 自分が置かれた環境に再び戸惑い、未成年ゆえ入ったことがない居酒屋の席に気づけば座っていた。理不尽なことに、ただただ疑問が募っていく。

 乾杯の後はくつろぐように各々が雑談を始めている。

「やっぱストロボは控えめにして正解。ステージの派手さが減るけど、弦が良く見えて安心するな」

「まあ、でも今日は比較的大人しめの曲が多かったから、成り立ったのかもしれないぜ」

「曲のせいもあるけど騒ぎ具合としては、いつもよりはおとなしめだったよな」

「そこは客が盛り上がってれば良いってわけでもないからな、難しいとこさ」

 鷹志を含めたバンドマン側は、ライブの内容に関する話題ばかりで混ざりにくい。

「ほーら、一気にイクぞぉ……ぷはー」

「ちょっと。自分からやるのはいいけど、ほどほどにね。介抱はしないわよ」

「そういや学生の若い子達の間で《空飛ぶヒトデ》って噂があるんだっけ? 酔っ払ったら見えるかもしれねーぞ」

 スタッフ側は、普通の盛り上がりをしているが顔見知りは一人もいない。

 暇だったため、隣で呑気にジュースを飲むマコトに、無言で視線だけをじーっと向けてみる。

 すると気配を察したのか、マコトは一瞬だけこめかみが揺れ、振り向かずに優人とは逆の方向へ首を傾ける。

 露骨な態度に対抗したくなり、まず閃いたのはマコトの前にある料理、特に刺身だった。

 獲物を前にメガネ越しに悪い顔で眉を細めて笑みを浮かべ、素早い箸捌きで一切れを摘み、そして醤油皿に触れてからすぐ口へ運ぶ。

「うん、やっぱサーモン美味いねー」

「えっ……な、なんてことを! 優人くんの外道! 詐欺紳士!」

「ふっふっふっ、褒め言葉として受け取っておこう」

 とは言いつつも、優人はマコトの箸を使い、自分の皿にあったサーモンを摘んで返す。

 それでもマコトの機嫌は悪く、頬を膨らませて不満そうだったが、一度の溜め息をスイッチ代わりに普段の自然な様子に戻った。

「ごめんね。この打ち上げにはわたしも行かなきゃいけない雰囲気だったから、優人くんなら心強いと思ったんだよ」

「いえいえ。マコ先輩の頼みなら、わたくしはどこへでも馳せ参じますよ」

「えへへ、ありがとう」

 軽いお礼だったが、その笑顔はいつも通り無垢なものだった。

 中にはそんな彼女の仕草に異性として意識する者もいるだろう。ただそれよりも動物的な愛らしさに癒され安堵する者の方が多い。

「姫っ、ジュースのおかわりでございます」

 仲間の輪から抜け出したバンドマンの内の男一人が、店員のような粗相のない動きでマコトの前にストロー付きの冷えたグラスを置く。

 しかしその外見は金髪のソフトモヒカンという、接客には向かない厳つい外見。

 離れた席にいる鷹志を含めた他のメンバーも劣らないバンドマンらしい派手な外見である。

「おー、くるしゅーないっ!」

 姫と呼ばれたマコトは普段ならしない横柄な態度で受け取る。しかし持ち前の緩い雰囲気のせいか嫌味な印象はなく、男も笑いながら両手でピースをして仲間達の輪へ戻る。

「ひ、姫って、どういうこと?」

「あちゃー、聞かれちゃったね。うーんとね、お兄ちゃんがホークウイングのリーダーなわけだけど……その妹なせいかな、お姫様扱いされちゃってるんだよ」

「そうかー、姫かー、覚えとくよ」

 マコトはやや頬を赤く染め「止めてよ」と困って恥ずかしそうだった。

「こんなだから学校じゃ先輩にいじめられちゃうのかもね」

「自虐ネタは止めなさい」

「はい、ごめんなさい。メンヘラちゃんは止めます」

 今度は子犬のように萎む。耳があればきっと垂れているだろう。感情の変化が豊かところは仲の良い陽香とよく似ている。

「でもさ、ライブに続いてこんな煩い場所で体は平気なの?」

「先週に比べれば好調だしね。前の……接続から時間が経つほど回復はしていくんだよ。それにライブ中も舞台袖の奥の方にいたから、あまり激しくはなかったよ」

「そっか。そんな元気なら、いつも通り陽香さんとロマンスしてあげればいいのに」

「ロマンスって……もう、優人くんのエッチ!」

 劇場版では射的の天才になる、某少年の気分を味わえた気がした。

 ちょうど眼鏡を掛けているし、夜は銃を握ることもあるから、案外自分は共通項があるかもしれない……等と馬鹿なことを思った。

「たまに変なこともされちゃうしさ……あー、でもね、リーダーに抱き締められてると温かいんだよ。癒されもするんだけど、何よりポカポカして充電される感じ。それに最初はリーダーがわたしに抱きついてるんだけど、寝ちゃって起きるとなぜかわたしがリーダーに抱きついてるんだよね。なんか不思議なんだ。でもこれ、お兄ちゃんに言っちゃダメだよ?」

 そんなことは、例えマコトに頼まれてでも無理だ。

 もしマコト自身が教えるのであれば、鷹志が一人で怒り狂うだけで済む。

 しかし他人が教えた場合、あの悪魔にその場で処刑されかねない。

「そうだ。優人くんも今度、抱き締めてもらえばいいじゃん。リーダーはおっぱい大きいからクッションみたいで気持ち良いしさ」

 司令室にいる普段の陽香はジャージ姿で色気を感じない。しかし外出中のフォーマルな服装の彼女はスタイルだけでなく、学生にはない社会経験を持つゆえの洗練された魅力に動揺するときもある。

「おっぱいはともかく……そんなの僕のキャラじゃないよ。それにこんな生意気な男を抱き締めるのなんてリーダーも嫌に決まってる」

「それは……どうかなっ」

 思わせぶりな言葉のあと、含むような笑みをマコトは浮かべる。ただその意図を考えても、優人にはわからなかった。


********************


 日付も変わろうとする頃、一度精算となった。居酒屋を出ると冷えた外気が全身を包み心地良い。しかし休む間もなく次の行動を起こす者もいる。

「よしっ、じゃあ元気残ってる奴らで二次会行くか? どうする?」

 ライブが終わった後と変わらぬ勢いで、鷹志は全員へ向けて高らかに叫ぶ。

 常人より体力のある優人だが、慣れない環境に気疲れしたこともあり、この先は断って帰宅しようと決めた。

 しかしそれは周囲も同じようで「明日休みだけど」「鷹志の誘いだし」「お前どうする?」といった様子を伺う小声が出始めていた。

 しかし鷹志は相談を始める各々を尻目に、公園の入口にある石造りのポールにゆったりと腰掛け、上空を見上げた。

 今晩はやや雲が浮かんではいるが、星々は見えて満月の眺めも良い、悪くない夜空であった。

 やがて満足したのか立ち上がり、未だ相談を続ける周囲に向けて手を叩き注目させる。

「よし、今日は解散としよう。みんなお疲れ!」

 すると、その場で迷っている全員がピタリと相談を止めて「鷹志お疲れー」といったラフな別れを告げて、各々の帰路へ散っていった。

 鷹志は動かず皆を見送り、それに倣うようにマコトも隣で待つ。

 少しして優人を含めた三人だけになると、鷹志は何かを吐き出すような大きな溜息をした。

 そんな溜息の仕方を、優人はごく最近見たことがある。

 昨日のホテル前で中年男を見送っていた陽香と同じものだった。

「しけたやつらだ」

「でもしょうがないですよ。ライブのあとだし、もうすぐ深夜だし、タカさんは体に似合わずタフ過ぎですよ。ね、マコ先輩?」

 優人は軽い気持ちで同意を求める。しかしマコトは伏し目がちになり、なぜか悟ったように首を左右に振って優人の言葉を否定する。 

「そうじゃねえよ」

 鷹志は再び満月を見上げる。

「行きたくないならそれでいい。ただ、そうとはっきり言って欲しかった。なのにあいつらはどっちにも決めてくれなかった」

「歯切れが悪かったのは、今日がたまたまだったんじゃ?」

「いつもさ。ライブも『やるか?』と聞いたらいつまでも相談してて『やるぞ』って言うと、いつも反対しないんだ……つまり俺の言いなり、自分で決められないんだ」

 その視線は上空の満月よりも、遥か遠くへ向いている。

「あいつらは俺が声掛ければ動く。でもな、何も言わないと何一つ動かない。さらに言えば、俺が見捨て気味だったり、干渉しないでいると、すんごく困って覇気のない顔をする。バンド野郎らしい派手な格好に似合わない情けない顔だ」

 残念そうに語る述懐とは裏腹に、鷹志はすでに克服し現実を受け入れているようだった。

「今の人気を考えれば、もっと広い場所でライブやってもお客は満員になるし、稼ぎだってそこそこになるさ。でも今以上に規模を大きくすると多分あいつらは怖気づいちまうよ、きっと耐えられない」

 心で整理はついていても、内容を咀嚼できる格を持った相手に、話したいこともあるのだ。

 だから今はきちんと聞き手になろうと、優人は思う。

「あいつらは自分を信じてない。なら当然、他人を信じることもできないし、団結もない。でもよ、個人の実力は良いしあんなライブもできる。ただ音を出すことで手一杯なだけで、俺が背中を押してやれば団結もできる」

「でもそれって、タカさん一人に全員が依存し過ぎじゃ?」

「しょうがねえだろ……、なんだから」

 それは先週、司令室でマコトが呟いた言葉と同じものだった。

「バンドは好きだから、あいつらも大事にしてる。けど。張り合いが無いっつーかさ、物足りなくなっちまう時がある。そんなときには言っちまえばあの糞リーダーと口喧嘩の一つや二つでもしねえと腐っちまいそうだよ」

「もうっ、お兄ちゃんったらリーダーとは仲良くしてよ」

 マコトはからかうように言うが、責めずに優しく兄の腕を揺らす。

「子供っぽいこと言ってるのはわかってるさ、努力する」

「ちょ、ちょっとー」

 返事は素直だが鷹志は仕返しに妹の頭を撫でる、髪の毛を掻き乱すようにグリグリと。

「さて、湿っぽくなっちまったが帰るとするか」

「家じゃネリーくんが駄々こねてるだろうしね」

「そうだな。ライブとか忙しい時は集中しちまうから、一緒には出掛けられないって言ってるのにな。一応あれでも機密の塊なんだが」

「あれ実際は出掛けたいんじゃなくて、駄々こねたいだけだと思うよ」

「だろうな。さ、俺らも帰るとするか」

 鷹志が踵を返して歩きだそうとしたとき、その裾をマコトが摘んで引っ張った。

「あのっ、お兄ちゃん。その前にわたし、おしっこ行きたい」

「この公園のトイレ綺麗だし行っ……じゃなくてな、マコト、いい加減高校生なんだから下品な言葉使い止めろって言ってるだろ」

 しかし鷹志の言いつけを聞こうともせず、マコトは小走りで行ってしまった。

「しょうがねえやつだ……なあ、優人」

 鷹志は石造りのポールから立ち上がった拍子に声をかける。その表情は普段の無愛想で気怠い印象のものとは少し違い、微かに穏やかなものだった。

「ありがとうな」

「いえいえ、僕の方こそチケットありがとうございました。またくださいね」

「調子乗るな。そこまで安売りはしねえよ」

 それから新宿駅が見える通りまで進み、優人は川原兄妹と別れた。 

 セーフハウスへの帰り道を歩きながら、ふと昨日起こった陽香と鷹志の喧嘩を思い出す。

 打ち上げの最中も隙さえあれば、昨日の陽香は嫌な接待をした直後で間が悪かったのだと、本人の代わりに鷹志へ釈明しようと考えていた。

 しかしきっとそんなことは不要で、余計なお節介でしかない。

 心配事が杞憂に終わった良い一日だった……と自己完結しようとしたところで、足を止めた。

 鷹志の方は良い。しかし陽香の方はどうだろうか?

 昨日、司令室でリングスのメンバーが全員集合していたときから陽香には会っていない。

 言われるがまま丸雄に任せきりにしてしまったが、どんな様子なのか。

 しかし優人には会話する二人が全く想像できず、ぼんやりとした思考のままセーフハウスへ歩き続けた。

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