どうしようもないやつ

「え…あの、その……」

「シャナン?どうしました!何か言われたのですか?……貴様、さっきから……」

「やい、テメェ。さっきから舐めた態度取りやがって!カトンゴの推薦だろうと大概にしろよ!」


 ルディがトーマスより先に感情が爆発して怒りを向ける。トーマスは機先を制されたためか寧ろルディの態度にたじろぎすら見せる。


 だが、“生命の賢人“には効き目がない。軽く息を吐き、ルディに相対して言葉を発した。


「この娘、勇者だよね?」

「んな……あ、いや。バ、バカ言うな!そんな訳あるか!」

「隠しても無駄だよ。僕には分かる。まさかこんな所で逢うなんて奇遇だね」


 “生命の賢人”の言葉にルディがカタリナとセシルに視線を送る。


 視線の意図は生命の賢人この男“が分析(アナライズ)や看破(ペネトレーション)を使ってシャナンの正体を探った素振りが無いか、確かめるためだ。分析アナライズ看破ペネトレーションの魔法を使用できる二人ならば、”生命の賢人“がこれらの魔法を使った素振りに気づいたかも知れない。

 しかし、意図を察した二人は軽く下を向いて頭を振る。


「……」

「そんなに睨まないでよ。怖いなぁ」


 魔法でなければ何故シャナンが勇者と分かったのだ?ルディが”生命の賢人“を睨みつけて訝しむ。しかし、“生命の賢人”はルディの視線を気にせず、次に続く言葉をつなげる。


「うーん。もしかして、なんで僕がこの娘を勇者と見破ったか気にしてる?」

「勇者じゃないと言っているだろ。良い加減にしろよ」

「うーん。そこまで隠したがる理由は何なのさ?別に僕が知ったからと言って不都合はないだろう?」

「不都合大アリだ。嘘を振りまかれると迷惑なんだよ」

「だから嘘じゃないって……」


 ルディと“生命の賢人”の水掛け論が続く。実際に嘘を言っている側はルディなので、どちらかと言うと分が悪い。ノホホンとしている“生命の賢人”と攻撃的な態度を向けるルディの間に言い知れない緊張感が走っている。


 だが、その時、セシルがため息を吐いて二人に割って入った。


「……今更隠しても仕方がないわ。そうよ。シャナンは勇者よ」

「な……セシル!何を言ってるんだよ!」

「そ、そうだぞ。セシル。シャナンはただの子供で勇者なんてもんではない」

「ルディ、トーマス。もう隠しても無駄よ。この人はもうシャナンが勇者だって見抜いているわ。どんなに言い繕っても覆そうもないなら、認めましょう。それに、この人から魔法を教わるならば、その過程でシャナンが勇者だと分かってしまうかも知れないし……」

「お、話がわかるね、キミ。僕はキミみたいな人が大好きだよ」

「それはどうも……それよりも、何で分かったのか知っておく必要があるわ。これからの旅でこの人の様な人がいるかも知れないし」


 セシルの言うことはもっともである。シャナンの正体が知られれば、カシムと同様に悪用する者も出て来るだろう。もっともカシムの例は可愛い者で、自分を売り込む程度ならばさして問題ではない。


 危険なのは、魔族やその他王国に敵対する者にシャナンの正体を伝えられてしまうことだ。


 王国の最終兵器である勇者の正体を知られて仕舞えば、敵対者は暗殺を仕掛けて勇者を始末しようと画策するだろう。シャナンが一人前ならば、暗殺者を返討ちにできるだろう。

 だが、道半ばのシャナンでは、勇者といえども強力な存在ではない。今のままでは暗殺者によって簡単に殺されてしまう蓋然性が高い。だからこそ、勇者の存在は隠しておく必要があるのだ。


 それに、シャナンが持つ“勇者”の肩書は、低位の魔法では簡単には見抜けない。フォレストダンジョンでカシムに見抜かれたのは、彼がスナイパーらしく探査系魔法に特化していたためであった。


 だからと言って、魔法対策をしないのはよろしくない。戦闘中に見抜かれ、逃げられでもしたら大事だ。

 しかし、フォレストダンジョンではそもそも魔法を使う相手は稀であり、カロイへの道中も整備された道のため、外敵自体がいなかった。それに、街中で魔法は御法度だ。そう考えると、大掛かりな対策をせずとも分析アナライズ看破ペネトレーションの魔法で探られる可能性は低いと考えていた。


 しかし、実際には違った。目の前の“生命の賢人”は魔法かスキルか分からないがシャナンの正体を知ってしまった。一行の甘さが露呈した瞬間であると同時に、今後もこの様なことが起きない様に対策を施す必要がある。

 

 なればこそ、理由を聞きたい。一体どうやってシャナンの正体に気づいたのか。しかし、全員の期待を裏切る言葉を“生命の賢人”は発する。


「何で勇者か分かったかって……?……ん……んーん。……ヒ☆ミ☆ツ!」


 すかさずルディが胸ぐらを掴みあげる。


「……ぐぇ!何するのさ!」

「ルディ、トーマス。やっちゃっていいわよ。……私がバカだったわ。こんな奴の思わせ振りに乗せられてるなんて……」


 ルディが“生命の賢人”の胸ぐらを更に締め上げる。背後ではトーマスが拳をボキボキと鳴らす。


「ま、待って!暴力反対!分かった!言う!言うよ!」

「ッチ…次ふざけた事言ったらタダじゃおかねぇぞ!」


 ルディが“生命の賢人”の胸ぐらを離す。“生命の賢人”はゴホゴホと苦しそうに咳き込んでいる。しばらくして落ち着いたのか、深くため息を吐いて話をし始めた。


「ふぅ。まったく、原始的だなぁ。言っておくけど、僕と同等の奴なんか絶対いないのに……」

「あん!?言っている意味が分かんねんだよ!分かるように言えよ!」

「……真面目に言うと分かんないから、端的に言うね。…………勇者シャナン!」

「は、はい!」


 突然の“生命の賢人”の言葉にシャナンが驚いて反応する。


「ん?」

「あれ?」

「おい、ちょっと待て!」

「そうよ!ちょっと待ってよ!どこで、その名前を……」


 シャナンを除く四人が違和感を感じて話を止める。だが、“生命の賢人”は四人の言葉を無視して続ける。


「僕がキミを勇者と見抜いたのは、僕の超越魔法“諦観(オールノウン)”だからだよ」

「……”諦観オールノウン“?」


 シャナンが訝しげに言葉を発する。だが、それ以上に疑念を持った者はセシル含めた四人だった。

 皆がフツフツと怒りを滾らせている中、ルディが口火を切って”生命の賢人“に食って掛かった。


「おい!テメェ!フザケンナよ!超越魔法ってなんだよ!聞いた事ねぇ言葉を言って俺達を煙に巻くんじゃねぇよ!これ以上……あ?……あれ?」

「グ……一体何だ?!……体が……お、重い……」

「く……な、何かしら……これ…?」

「この感じ……精神系魔法を……でも、いつの間に……?」


 シャナンを除く全員が地面に突っ伏した。


「み、みんな!どうしたの!?」

「シャ……シャナン……」

「……」


 辛うじて言葉を発したトーマス以外は言葉を紡げないでいた。シャナンはキッと”生命の賢人“を睨みつける。


「やめて!何でひどいことするの!?」

「うん?いや、だって僕のことを疑うからさ。だからエクストラスキル”服従“で平伏させただけだよ。でも、さすが勇者だよね。全く僕のスキルが効いてないや」

「そんなのどうでもいい!お願い!そのスキルを止めて!いや、止めてください!」


 皆の苦しそうな表情を見てシャナンは必死にお願いする。真摯なお願いが響いたのか“生命の賢人”が顎をさすって軽くため息をつく。


「分かったよ。ほらよっと」

「……ッグ……体が……」

「何……これ?」


 皆が一様に体の開放を感じる。シャナンはホッとした。だが、すぐに“生命の賢人”に向いて言葉を発する。


「超越魔法……何だか聞いたことがあるわ……“生命の賢人”さん。超越魔法って何なの……ですか?」

「そうか。キミはキミ自身が超越魔法を唱えたことがないんだね。……えーっと……ああ、記録上はエリカが四回、エミリーが一回か……おや?キョウコ……は0回か。危なかったねぇ。キョウコが放つ寸前で。あの子の超越魔法は社会機構を崩壊させる力があるからね」

「……キョウコ?……なんでキョウコを知っているの?……」


 驚きの言葉を“生命の賢人”が言い放つ。シャナンがその”キョウコ“について聞こうとした時……


「テメェ!この野郎!」

「貴様!よくもやってくれたな!」

「ルディさん、トーマスさん!こんな人、やっちゃってください!」

「私も加勢するわ。このボケナス!」


 体が自由になった四人が一斉に“生命の賢人“に襲いかかる。


「わ、わ、わ、ちょっ…ぼ、暴力反対!ヒェ〜〜!!」


 四人が“生命の賢人”をボコボコにしている。呆気にとられたシャナンは呆然とその光景を見やるしかなかった。


 シャナンは考える。この男は”キョウコ“を知っている。もしかすると自身がこの世界に来たルーツを”生命の賢人“は知っているかもしれない。悲鳴を上げている光景を見て、今日はダメかもしれないが、明日なら話ができるかもしれないとシャナンは思量した。

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