包囲網
場が何だか騒つく。十三とサディは思案に耽り、その騒ぎに気づくことは無かった。
その隙にカシム以上の分析魔法の使い手が十三とサディの正体を完全に解き明かす。
兵たちに指示が伝わり、魔族への包囲網が静かながら形成されていく。
「ねぇ、十三ちゃん。何だか騒がしくない?」
「そ、そうだな……」
大柄な“ルディ”ことサディがボソリと呟く。
十三はシャナンへの感情に気を取られて正常な判断ができないでいた。その隙に徐々に包囲網が狭まる。
二人が異常に気づくのは周囲四方に張り巡らされた人間の視線によってであった。
「ジュウザくんと……ルディくんだったね。申し訳ないが、大人しくコチラに来て欲しい」
この声に疑いの念を感じ、十三は鋭い目を相手に投げ返す。
「俺たちが何かしたのか?」
強い言葉とは裏腹に十三の額に汗が浮かぶ。
「いや。ちょっと冒険者の方々に意見を聞いているだけでね。ただ、あまり他人に聞かれては良く無いのでね」
「ふん。他人に聞かれていけない意見を聞くとはどう言うことだ?」
「……そ、それは……」
十三の反論に兵士は言葉を詰まらせる。だが、この程度で引き下がるならば苦労はしないだろうと十三は考える。
「と、とにかく!君に話がある!こちらに来ていただきたい!」
「断る……と言ったら?」
「じゅ……ジュウザ…ちゃん」
周りの冒険者から無言で衆目を集める十三たち。この兵士は十三を明らかに疑っていることは明白だった。一触即発な雰囲気が辺りに流れる。
その緊迫した空気を破る声が遠くから響く。
「おい!何やってるんだ!そいつが魔族なのはもう分かってるんだ!早くやれよ!」
カシムだ。回りくどい兵士たちの行動に痺れを切らし、彼は怒りの混じった声で場をかき乱す。その声に苛立ちを隠せないのか兵士が眉根を寄せる。
伝令使がカイン隊長に事態を伝えに向かってから数十分……まだ到着には至らない。その時間稼ぎも兼ねていた兵士の目論見は考え無しの冒険者により無残にも崩壊した。
「どうした?もう分かっているンなら早く剣を抜けよ。俺たちはもう覚悟はできているぜ」
「ッチ……!」
兵士が舌打ちし、剣を抜刀する。だが、それよりも早く横腹に鈍い衝撃が走る。
「グホ……」
「十三ちゃん!もうやっちまっていいよね!」
「バカ。やっちまってから聞くな。だが……いい判断だ!やるぞ!」
“ルディ”ことサディが魔法による変身を解く。見る間に頭に山羊の角を生やし、全身が厚い毛で覆われていく。対して“ジュウザ”こと十三は一瞬眼を瞑じ、暫くして開けた瞼の奥には、魔族を示す赤眼が瞬いていた。
「クソ!一旦離れろ!弓隊!全員矢をつがえて奴らを射ろ!」
十三たちの気配に押されたのか、近接戦を回避すべく兵士の中でもリーダー格と思しき男が大声で指示を出す。
だが、サディは後方に下がる兵士に一瞬で追いつき、右手に持つ戦槌を力任せに横薙ぎする。兵士は咄嗟に剣の柄で戦槌を防ぐが、強力な運動エネルギーが鞘ごと剣をへし折り、そのまま兵士の身体も粉砕する。
その攻撃力と俊敏さを見て、他の兵士は逃げ腰で後方に下がるべきではないと一瞬で判断を見直す。兵士たちは散会し、サディの前面に一人、両側面に二人と包囲する陣形を敷き、サディと対峙する。
「さっすが……訓練されている兵士は……冒険者とは違うなぁ!」
サディが醜悪な笑みを浮かべ、背中に背負った戦斧をもう一方の手に持った。本来ならば両手で持つべき戦槌と戦斧を二刀流よろしく片手で扱う姿を見て、兵士は息を呑む。
サディは肩慣らしに武器を振り回し、辺りに風を撒き散らす。その風圧はこの魔物が武器をただ持っているのでなく、十分に取り回し出来るほどの膂力があると改めて認識させた。
一対一では勝ち目がない。だが、三人で一斉に襲い掛かれば、どこかに死角が生まれる。誰かが犠牲になるかも知れないが、各個撃破で全滅するよりはマシ──そう考えたのか兵士たちは掛け声と共に三人同時に斬りかかった。
「たった三人で……俺に敵うと思わないでよな!」
両の手に持つ武器をまるで棒切れのように振るい、魔物が横薙ぎで兵士たちを分断するかのように振るう。
右側面にいる兵士は自身の頭部に向かう戦槌を屈み込んで避けようとする。しかし、一部が頭部を掠めた。だが、効果はそれで十分だった。戦槌に頭皮がのっぺりとこびり着き、兵士は意識を失った。
左側面にいる兵士は戦斧を剣と丸盾を重ねて受け止めようとした。しかし、戦斧が持つ運動量は兵士の防御をあざ笑うかのごとく胴体ごと両断し、体内の内容物を撒き散らした。
正面にいる兵士は剣を魔物の頭部に振り下ろす直前に魔物が両手に持つ武器に衝突して血の花を咲かせて倒れこんだ。
「ク、クソ!まだカイン隊長たちから連絡はないのか!いつ戻って……!?」
リーダー格の兵士が大声で叫ぶよりも早く十三の勝ち誇った言葉が差し込まれる。
「世界の理に掛けて世界に遍く光の精霊よ!我が声に応じて稲妻の結界を立てよ!」
十三を中心に空気が変わるように熱が四方八方に流れ出す。
──稲妻の結界?その割には電気による痺れが発生しない。兵士達は魔法攻撃に備え身構える。だが、何も起こらない事態にリーダー格の兵士は魔法の不発と判断して全員に攻撃命令を出す。
「魔法の不発だ!今の内だ!奴を射殺せ!」
しかし、その判断が命取りになったとリーダー格の兵士は十三の手の内で怪しく光る雷光を見て理解した。
「世界の理に掛けて世界に遍く光の精霊よ!我が声に応じて紫電を走らせよ!
「ギャ!」
十三の手から放たれた稲妻が周りの兵士達を正確に貫く。高エネルギーの電撃を浴びた兵士たちからは肉が焦げる臭いがし、目から血を流して倒れこむ。
「気づかなかったか?先に唱えた魔法は誘雷魔法さ。電撃系の魔法を使う相手には、この手の対策は必須だぜ?」
十三は勝ち誇った笑みを浮かべる。だが、数人の兵士を倒したくらいでは、まだこの場を切り抜けられないと十三は悟る。周囲から続々と兵士たちが集結し、二人の包囲網は徐々に厳しさを増していく。
「多勢に無勢、だな。サディ」
「十三ちゃん……流石にこの数はマズイよ」
「そうだな。たとえ囲いを破っても追撃が止まらなくてはな……こうなれば人質を取って逃げるしかない」
「人質?」
「ああ、追って来れば人質を殺すと脅せば、少しは追手が怯むだろう。その隙を突いて逃げるぞ」
「で、でも、相手は結構やる奴ばかりだよ。簡単に人質になる奴なんか……」
「いるさ。ついて来い!サディ」
十三が勢いよく兵士の囲みに突撃する。と、同時に先程の
間隙を縫って十三たちの横腹へ長槍を繰り出す兵士がいたが、サディの戦斧によって頭部が弾け飛んだ。
十三が真っ先に目指す先には何も知らずこちらを見ている“少女”の姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます