獅子奮迅

「みんな!シャナンを守れ!」


 トーマスの掛け声と共に一斉に駆け出した。


「どけ、こら!この野郎!」


 ルディが何処からか拾った材木片を赤帽子レッドキャップに投げつける。だが、シャナンに相対している赤帽子レッドキャップには当たらず、その背後にいる呆然としていた赤帽子レッドキャップに木片がぶつかる。


 シャナンの威圧で呆けていた赤帽子レッドキャップが痛みで再び意識を取り戻す。


「……ギ!」


 意識を取り戻した赤帽子レッドキャップがルディを睨みつける。


「バカ!ルディ!何やってるのよ!」

「げッ!すまねぇ!」


 自身の失態にルディが慌てふためいた。だが、その失敗をフォローするためか傍には息を整えたカタリナが静かに魔法を詠唱していた。


「……世界にあまねく火の精霊よ…世界の理に掛けて、その力の片鱗を我に与え給え……“火焔ファイア”!」


 魔法触媒に魔力を乗せ、カタリナが赤帽子レッドキャップに投げつける。意識がはっきりし始めた赤帽子レッドキャップが反射的に魔法触媒を手に取る。


 瞬間、その身が炎に包まれる。


「ギャーーーー!」


 赤帽子レッドキャップが右手に持った魔法触媒から放たれる紅蓮の焔で身を焼かれる。その隙に燃え盛る赤帽子の横を通り過ぎ、威圧の効果を受けているもう一体の赤帽子レッドキャップの腹部にルディが剣を突き刺す。


 “ザクザクザク”と肉を貫く音が地下に響く。声も出さずに赤帽子レッドキャップが地面に伏した。

 これで赤帽子レッドキャップは二体倒した。だが、シャナンに襲い掛かる赤帽子レッドキャップは依然シャナンを攻撃しようと歩みを進める。


「シャナーーーン!」


 トーマスの怒声が響く。


“少女を守る。それが我が役目”……トーマスの目に曇りはない。ただ一点、救世主である勇者のために邁進する。


 赤帽子レッドキャップが倒れ臥すシャナンに向けて斧を振りかぶる。シャナンはその光景を見て思わず目を閉じた。


 ドス…という鈍い響きが聞こえる。


 何もない……シャナンが恐る恐る目を開けると、トーマスが自分に覆いかぶさっていた。


「ト…トーマス?」

「グッ、シャナン。無事でよかった…」


 トーマスの肩に赤帽子レッドキャップの斧が深く突き刺さっていた。駆けつけたトーマスは身を呈してシャナンを庇い、赤帽子レッドキャップの斧を身を持って受け止めていたのだ。


 シャナンが泣きそうな声でトーマスに話しかける。


「トーマス……血が……血が出てるよ…」

「フフ、これくらい何でもありません。あなたが無事なら容易いことです」


 トーマスは強がりを言ってシャナンを励ます。だが、その顔は見る見る内に青ざめていく。シャナンは自身の不甲斐なさを恥じると共にトーマスの体調の激変に軽く恐慌パニックを起こしていた。


「だ、だれか!助けて!ト、トーマスが!!このままじゃトーマスが死んじゃう!」

「バカ!トーマス!何やってるのよ!早く血を止めないと!」


 セシルがトーマスに駆け寄ろうとするが、赤帽子レッドキャップがそれを許さない。トーマスの体から引き離した血の滴る斧をセシルに振り払う。


 弓使いのセシルは重厚な斧を受け止める術もない。腰に掛けた短剣を咄嗟に抜き出し、受け止めるべく構える。しかし、赤帽子レッドキャップの斧はそんな短剣など容易くへし折る程の威力を持ってセシルに襲い掛かる。


 その時、ルディがセシルと赤帽子レッドキャップの間に割って入る。


「させるか!」

「ギ!」


 ルディが横合いから剣を突き出す。斧と剣が交差し、金属の擦り合う音がする。軌道から逸れた斧は空を切る。だが、返す刀で赤帽子レッドキャップは邪魔者のルディに斧を振り払った。


 ルディは両手で剣を持ち、斧を受け止める。硬い金属のぶつかる音がこだまする。ルディと赤帽子レッドキャップは鍔迫り合いの状態でお互い睨み合う形となった。


「ギ、ギギギ…」

「ぐ、ぐ、ぐ、こ、この野郎…!」


 赤帽子レッドキャップとルディがお互いの武器越しで睨み合う。両者の力は拮抗し、一進一退を繰り広げる。


 だが、赤帽子レッドキャップが盾を捨て斧を両手に持ち直すと、徐々に押し負けてきた。このまま行けば、ルディは剣ごと体を叩き斬られる。勝利を確信したのか赤帽子レッドキャップが醜悪な笑みを浮かべる。


「ギヒヒヒ…」

「に、にやけてんじゃ……ねぇ!」


 ルディが赤帽子レッドキャップの足の甲を分厚いブーツの底で強かに踏みつける。正々堂々とはいかないルディの喧嘩殺法が炸裂した。


 足の甲は痛覚が集約する危険な箇所だ。脂肪で覆われず、衝撃がそのまま骨や肉に響く。靴などの防具で保護しなければ非常に弱い箇所なのだ。


「ギャア!」


 激痛で赤帽子レッドキャップが斧を取り落とし、足を抑える。


「足元がお留守なのはいただけねぇな、赤帽子さんよ!」


“ブスリ”


 怯んだ隙にルディの剣が赤帽子レッドキャップの喉に深々と突き刺さる。赤帽子レッドキャップは自身の喉にささった剣に手を伸ばそうとしたが、間もなく力なく垂れ下がった。


「ルディ!よくやったわ!赤帽子レッドキャップを一対一で倒すなんて大金星よ!」

「バカ言え。実力だよ実力。この数日でのレベルアップが効いたんだよ」


 勝利に沸く二人の背後の階段から幾重かの影がちらつく。


「………そんな……!」


 カタリナが悲鳴に近い声をあげる。カタリナが指差す先を見ると、赤帽子レッドキャップが続々と階段を降りて来ようとしてきた。

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