第68話正論と正解……

 時刻は午後七時……。

 文化祭の準備のために居残りをしていたが、それも今ちょうど終わった。

 いつもならだれよりも早く帰るところだが、今日はそうはいかない……。

 花が帰ろうと、かばんにプリントなどをしまっているところに声をかける。


「なぁ花……。この後時間あるか……?」


 そう聞かれた花は、鞄を肩にかけると。


「あるわ……」


 っと、一言そう言った。

 俺は花についてくるように言って、ある場所へ向かう。

 行く道中も花は、これから何をするのか? などの質問はしてこなかった。

 俺が今から何を言うのか察しているのだろうか……?

 そして俺は、国語研究室の前に花を連れて来た。

 別にここである必要はないのだが、今から話すことはあまり人には聞かれたくなかった内容なので、人気がないところに来た。

 連れてこられた花は、早速本題に入るように促してきた。

 俺がここに花を呼んだ理由。

 それは……。


「花、嫌なことは承知しょうちでお願いする……。阿澄に謝ってくれ!」


 俺は腰を九十度に曲げて、阿澄に謝るように花にお願いする。

 だが……。


「嫌よ……。だいたい何であなたにそんなことお願いされなくてはいけないの?」

 

 もっともな返答が返ってきた。

 でも俺はここで簡単に折れるわけにはいかなかった。

 どんなに正論を言われようと、俺が諦めたらまたあの時のようになってしまう……。

 

「自分でもおかしなことを言っているのは分かる。プライドの高いお前が人に頭を下げたくないのも知っている……。でも頼む! これは他ならぬ花のためなんだ」


「私のため? もっと意味が分からないわ……。何故私があなたに頼まれて阿澄さんに謝らなければいけないの? この正論に上手いこと返せたら考えてあげる」


 上手いこと返す?

 それは無理だ。

 だって俺がお願いしている理由は、”花が阿澄にいじめられないため”という全く筋の通ってない理由なのだから……。

 でも……。

 

「お前の言っていることは正しい。俺なんかに謝れなんて言われて意味が分からないのも分かる。でも理由とか理屈じゃないんだよ……。だから頼む……。阿澄に謝ってくれ」


 俺は無理やりお願いするが、花の方は聞いているのが馬鹿らしくなったのか鞄を肩にかけなおして帰ろうとしていた。


「あなたの言っていることはおかしいわ……。それはあなたが一番分かっているのでしょう? 分かったら私の正論に対する応えを持ってきなさい」


「待ってくれ……」


 花を呼び止める。

 しかし何を言えばいいのか分からない……。

 でもこのまま帰したらダメなことぐらいは分かる。

 俺は無理やり花を説得するための言葉を絞り出す。


「花の言っている正論に対して、俺は返すことが出来ない。俺の言っていることは、客観的に見たらおかしいし間違っている……」


「じゃあ――」


「でも……それでもお願いだ……。お前の言っていることは正論だ……。でも正論は正論であって正解じゃない……。このまま何もせずに阿澄と揉めたままっていうのは大きな間違いなんだよ……」

 

 花の言葉をさえぎって、俺は頼み込む。

 これでもダメというなら、多分何を言っても意味がないのだろう……。

 だが花は、あほらしいっと一言俺に告げて、その場を後にした……。

 取り残された俺は、この先どうしたらいいのか分からなかった。

 もうこのまま花がクラスの連中に疎外されていくのを見るしかないのか……?

 考えても悪いことしか浮かんでこなかった。

 俺は重いあしを何とか前に進めて、下駄箱に向かった。

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