第38話嫌な予感……

「ではそろそろ合唱本番ですので、最後に男女で合わせます」

 

 時刻は11時35分。

 俺達のクラスは、11時40分からスタートなので、後5分ほどで始まる……。

 今はその貴重な5分を、最後の練習の時間に当てることになっていた……。

 指揮者が指揮をするのに合わせて花が伴奏を開始する。

 まあ昨日歌えなかった連中が、今日いきなり歌えるようになっているなんてこともなく、昨日と同じようにほとんどピアノの音しかしない……。

 そして曲の一番が終わった瞬間に、花はピアノを弾いている手を止めた……。

 急に弾くのをやめたので、クラスの連中は何事かとざわつき出す……。

 担任も驚いた様子で、花に声をかけると、


「これ以上は無駄です」


 はっきりとバッサリ言った……。

 多分担任もそのことは分かっていたが、口にはしなかったのに花は何のためらいもなく言い切った。


「無駄ってどういうこと?」


 指揮者の女子が、花に問う。

 

「そのままの意味です。これ以上練習したところで無意味です。だからこれでも読んでいてください」


 そういった花は、カバンから分厚い紙の束を取り出した。


「これは全員分の楽譜です。時間がないので、せめて一番だけでも覚えてください」


 そうして順番に花は楽譜を渡し始めた……。

 用意がいいというか、最初っから歌詞なんて覚えてくる気がないのが分かっていたようだ……。

 もしかして昨日早く帰ったのは、楽譜を印刷いんさつするためか?

 俺は花の気づかいに感服かんぷくしていた……。

 でも多分、その気遣いというかお節介は意味のないことだと思う……。

 その証拠に花の配った楽譜を、誰もみていない……。

 さすがにイラっときたのか、花は近くの喋っている女子に、


「あの、喋っている暇があるなら一文字でも多くの歌詞を覚えてください」


 っと、怒り気味に言った……。

 しかしその女子達は、楽譜を見るどころか床にポイっと落とした……。

 そして……。


「あのさー矢木澤さん。やる気があるのは結構だけどさぁ、それを私たちにまで押し付けないでくれない? 正直合唱コンなんてどうでもいいんだよね」


 っと、言った。

 それに続けて仲間を増やすように、近くの女子にも声をかけ始める。


「てかさーもうどうせ中途半端に歌うぐらいならさ、歌わなくてよくない? 矢木澤さんが一人でピアノ弾いてれば全部解決じゃん!」


 何一つ解決していないと思うが、俺が何か言ったら『誰コイツ?』みたいな反応されそうなので、黙っていた……。

 もう始まる時間になるというのに、何でうちのクラスはめてるんだよ……。

 その様子を見ていた担任が、場を収めるように仲裁する。

 それで花も何を言っても意味がないと思ったのか、それ以上は何も言わなかった……。

 そして本番が始まる……。

 指揮者が手を振り始め、ピアノが弾かれ始める……。

 そして、アルトパートが歌うところまで伴奏が来たが……。

 誰も歌わない……。

 ただピアノの音だけが流れていく……。

 誰も何も歌わない様子を見て、会場はざわついた……。

 そしてソプラノのパートに入るが、こちらも誰も歌おうとしない……。

 さっき花と揉めていた女子は、スクールカースト上位に位置する存在だ……。

 ここで歌ったら目をつけられてしまうのではないかという不安があるのだろう……。

 そして男子のパートに入ろうとしていた……。

 おれは思いっきり息を吸うと、


「白い光のなーかで……」


 おい……。

 何で俺だけしか歌わないんだよ……。

 隣の眼鏡学級委員!

 お前は歌うと信じていたのに……。

 今まで誰も歌ってなく、ピアノの音しかしなかったのに、いきなりでかい声でしかも最初の数文字しか歌ってない奴が現れたからか、会場からは少し笑い声がした……。

 めっちゃ恥ずかしい……。

 結局最後まで誰も歌わずに、俺達の合唱コンは幕を閉じた……。

 そして帰り道。

 

「賞……取れなかったな」


 まあ当り前というか、むしろ取れたら審査員しんさいんは耳がくさっているのだろう……。

 むしろ取れなくてよかった……。

 今でも担任の苦笑いが頭から離れない。

 あんなにやる気のあるいい先生なのに、申し訳ない……。

 そして隣の幼馴染は、怒りを通り越して呆れていた……。


「当り前じゃない……。というか優太、最初”だけ”歌ったんなら最後まで歌いきって欲しかったわ……」

 

 だけを強調して言ってきた花は、『せめてお前ぐらいは歌え』とにらんできた……。

 

「俺だって最後まで歌い切りたかったよ? でも周りが誰も歌わないから……」


「そんなのは言い訳よ!」


 やたら強い口調で言ってくる……。

 おれは今、花の八つ当たりを受けているのか……?

 でもあの誰も歌ってない状況で、一人で歌うというのは流石に俺には無理だ……。

 それってずっとソロパート歌っているようなもんだろ?

 それじゃあ合唱じゃなくて熱唱になっちゃうよ……。

 

「まぁあなたに何を言ったところでもう遅いのだけど……」


 いつの間にかあなた呼ばわりされた……。

 俺たちの絆はこんなもんじゃ切れないよな……な?


「それじゃあまた来週学校で……」


 そして花と別れた……。

 俺は次の週の学校がとても不安だった……。

 さっきホールで花がもめた相手は、昨日教室で花を愚痴っていた女子Aだったのだ……。 

 実際花がいじめられるとかは想像できないが、嫌がらせを受ける可能性は十分にある……。

 俺はその悪い予感が当たらないでほしいと願ったが、悪い予感というものは、大体当たるように出来ている……。

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