第25話「お茶持ったままドア開けるのって大変だよね」

 応接間は和室でした。

 わー、畳だ。なんだか懐かしい……。


「たまに権之助さんも来るから……そっちのが好きかなって……アーベルが……」


 ボソボソと喋るノエさん。なるほど。この畳の上でとぐろを巻くのかな。想像できる。


「あ、あの、お茶を……持って、きましたぁ!」


 声の方に顔を向けると、お盆にお茶を乗せたジューンくん……ちゃん?がプルプル震えながらドアを半開きにしているのが見えた。

 どうやら、落としそうで入れないらしい。


「大丈夫ッスか?」


 ユージーンさんがひょいっとお盆を持つ。

 ジューンちゃん……くん?は「あっ」と驚いた後、目をきらきらさせて耳をぴょこぴょこと動かした。

 かわいい。


「ありがとうございます!ㅤお菓子も持ってきますね!!」


 と、パタパタと走り去っていく。

 お盆の上にはお茶が6つ。マグカップに入っていたり、コップに入っていたりはバラバラ。

 ……えーと、カイさんとアーベルさんは今いないけど、ノエさん、私、ユージーンさんを含めても5人のはずじゃ……?


「わたくしの分もいれてくださったようですね。愛らしい心配りです」


 背後からぬっと手を差し出し、霧島さんがマグカップを手に取った。

 びっくりしたぁ……!!


「それでは、またホールの方でお待ちしております」


 ブロッコリー柄のマグカップを持ったまま、霧島さんは再び姿を眩ませる。

 神出鬼没すぎる……!


「…………あー、そういうことッスか」


 スマートフォンの画面をいじりながら、ユージーンさんが呟いた。……何があったんだろう?


「……ユキさんは、怖くないの」


 ノエさんが、やっぱりボソボソとした声で聞いてくる。


「生きてる人は、死んでる人が怖いんだ……って、思ってた、から」


 ノエさんは長身の身体を猫背に折り曲げているから、本来よりも小さく見える。……骨になっていないほうの目が、伏し目がちにこちらを見ている。


「なんか、もう……慣れたかな」

「そっか……。じ、じゃあ、俺も、慣れないと……」


 よく見ると、コップを持つ手がカタカタと震えている。


「うーん、歌ったら人が変わるんスけどね……」

「え、怖がらせてる……?ㅤご、ごめんなさい……?」

「だ、大丈夫、ユージーンもいるし……」


 私からしたらユージーンさんの方がよっぽど怖いけど……ピアスじゃらじゃらなところとかなんとなく似てるし、気が合うのかな……?

 いやでも、ユージーンさん、マフィアの構成員だったよね……?


「ぎゃああ腰が!ㅤ腰が!!」

「担いでやる……って言ったのはそっちじゃん。無理しなくていいって言ったのにー」


 突然、外からカイさんの悲鳴と、アーベルさんの呆れた声が飛んできた。


「さ、先に行っといてくれ……俺はもうダメだ……」

「もしかして、また腰骨ズレたの?ㅤ後でフィリップに治してもらいなよ」


 ……悲劇が起こってるっぽい……?


「……お待たせしてます。もう少しだけ、ここで待っててくださいね」


 やがて、アーベルさんだけが、ドアから姿を現す。にこりと笑って、言葉を続けた。


「色々と見切り発車げふんノープラン……うーん……臨機応変に対応しておりますので」


 ちょっとアーベルさぁん!?ㅤ見栄張るならもうちょいしっかり誤魔化してぇ!?


「……なんたっていきなりだったからなぁ、ケイトのやつ……」

「え、えっと、友達がほんとすみません……」


 恵子、私以外にも無茶振りしてたんだね……。やっぱりというか、なんというか……。

 自由だなぁ……。

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