第29話 初仕事ー7(改稿済)

 親父を包む黒いもやが、大剣状に流動していき固定される。

 長年の癖なのか、柄らしき部分を右手で握ると、振り心地を確かめるように数回ぶんぶんと軽く振るった。

 そして満足したように剣を握る力を緩め、だらりと腕を降ろし地面に剣を突き刺す。

 

「勝負の前には名乗りを、だ。命を賭した死闘ならともかくな。俺の名はイルク。先代勇者でありお前の父だ。さぁ、お前も名乗れ」


 空いた左手を前に出し指をくいっと曲げて、名乗りを上げた。

 

 ……挑発だ。


 黒いもやの内側では、きっと不敵な笑みを浮かべているのだろう。

 少しイラっとするが、華麗にスルーして名乗り返す。


「……ウィリアムだ。アンタはどうやら本当に俺の親父のようだが、まだ許した訳じゃねぇ。許すかどうかは、戦って決める」


 深く腰を落とし、両手をこめかみ辺りでクロスさせる。


「ふっ……そういや、こっちに来てからちゃんと構えをとって戦うのは初めてだな」


 暗闇の中襲われたり、吐いてる時に襲われたり、そもそも戦う気なかったり……って、碌な戦いしてねぇな俺。

 いやまぁ、命賭けた戦いなんざ基本的にしたくないしな。

 襲われてからやり返すってのが基本スタイルだったし、当然っちゃ当然か。


「……準備は出来たのか? お前から来ても良いんだぜ?」

「律儀に待ってたのかよ。そっちこそな、アンタから来ても良いんだぜ?」


 挑発には挑発を。

 親父のしたサインをそっくりそのまま返してやった。 


「……かー! ったく、いらねぇとこ似やがってよぉ、へっ……。んじゃまぁ、軽く揉んでやるとすっかぁ!」


 俺の挑発に乗り、親父が戦闘態勢に入る。


 ドンッ!!!


 親父が強く地面を蹴った衝撃で、地面にクレーターが生じる。


「オラッ! おねんねの時間だぜぇ!!」

「なっ!?」


 予想を遥かに超えた速度で俺に迫って来る親父。

 

惰眠ヒュプノス――」


 大剣がくるッ! そう考えた俺は、反射的に身を屈めて攻撃を躱そうとするがしかし、


「拳ッ!?」


 その予想は的外れで、飛んできたのは左拳。

 咄嗟の判断で刀を右手に任せ、左腕を前に出し攻撃を防ぐ。


「グゥッ!」


 強烈な一撃。

 衝撃によって身体が後ろに押されるのを感じる。が、転ばないように脚に力を込めて耐える。


「耐えられたッ!」


 これならまともに戦えるッ! そんな思いを抱きながら顔を上げて、気付く。


 ――まだまだだな。


 そう言われているのかと思う程に、その戦略は見事だった。

 いや、俺がまだまだ弱かったのだ。


「――崩壊ブレイクッ!!」


 俺の意識は、暗転した。 








◇◇◇









「――いい加減起きやがれッ!!!」

「グハァッ!!」


 突如腹に走った猛烈な痛みに、俺の意識は浮上した。


「な、なんだ一体……?」

「テメェ、んだあの様は。あァン!?」


 何故俺は怒られてるんだ……? 

 いや、そもそもあの様とは……。


「あ……」


 そうだ! 思いだした。

 親父と戦うことになって……どうなったんだっけか。

 でも、今俺が寝てて親父が起きてるってコトは……。


「俺は……負けた、のか」

「負けたどこじゃねぇぞバカが。テメェ一体これまで何してきたんだ? ぜんっぜん戦えねぇじゃねぇか。こんなんじゃ俺に勝つなんざ百年経っても無理だぞ」


 ……あ?


「あんだと!? テメェもういっぺん言ってみろ! ぜってぇぶっ飛ばすッ!!」

「何度だって言ってやる。この様じゃ俺に勝つなんざ百年経っても無理だッ!!」

「なんでだよ!?」

「さっきの技、惰眠崩壊ヒュプノスブレイクは寝てる奴にぶちかましてこそ真価を発揮する技だ。上手く防ぎやがったからミスったとか思ってたのよぉ……なんでミスったのにテメェ気絶すんだよ!?」


 さっきの、そんな技だったのか……。

 伝説の英雄とかに比べればまだまだだとは思ってたが、ここまで実力に差があるとは……。

 しかし、何故かこいつ相手に素直に認める気にならなかった俺は、


「そ、それは……アンタが馬鹿力すぎるだけだっつの!! 今度はもう油断しねぇ、先手を譲ったから負けたんだ!! 今度は俺から行くッ!!」


 適当な屁理屈をこねて再戦を挑んだ。

 

「へっ! いいぜやってやんよ!! ぜってぇ無駄だからよ!」


 それから俺達は子供の喧嘩のように何度も何度も戦い続けた訳だが……


「だーッ! くっそ! なんで勝てねぇんだよ!!」


 そう。既にかれこれ30戦はしたが、ただの一度も勝てていない。

 訳が分からなかった。

 こいつと俺とで一体何が違う……? 


 天使の加護を受けた勇者とただの人間? いや、こいつの話じゃ俺の方がよっぽどヤバい奴らしいが……。

 ってか、俺って本当にそんなヤバい奴なのか……? それが真実だとしたら何故俺はこいつに勝てない? 余裕で勝てても可笑しくないのに……。


「は! まだ分かんねぇのか? 俺はもう分かったぜ。お前が雑魚すぎる理由がよ」

「チッ……一々腹の立つ奴だな、で? なんだよ」

「お前、武器の力も自分の力も全く使いこなせてねぇんだよ。もっと早く気付くべきだったぜ……クソッたれが。時間が無駄になっちまった。外で魔王と必死に戦ってるゴブ美とルードゥが可哀想だぜ……」


 やれやれとばかりに言い放つ親父。だが、その言葉には俺にとって驚愕の事実があった。 


「なに!? ゴブ美ちゃんとルードゥが……戦ってる? 外の状況が分かるのか!?」

「あぁ。今ゴブ美は回生の力を使ってルードゥを強化して戦わせてる。まぁ、魔王相手じゃ歯が立たねぇようだがな。いや……お前の肉体がもっと強化されてりゃこんなモンじゃ済まなかった」


 回生? なんだそりゃ。

 ゴブ美ちゃんがってことは、回復魔法のコトか? 

 でも強化ってどういうことだ?


「そういう意味ではファインプレーとも言える。お前が雑魚なおかげでゴブ美が死なずに済んでるし、ただのメタルマンティス如きで魔王を抑えられてる」

「ちょ、ちょ待てよ! どういうコトだ? 回生ってのもなんだかよく分かんねぇが……なんで俺が弱いからって魔王とやらまで弱くなってんだ?」


 俺がそう言うと、


「あん? あぁ……今外でゴブ美達が抑えてる魔王は、俺達が戦った魔王って訳じゃねぇんだよ。言っただろ? 精神体同士が戦うと傷ついた方に魂が流れ込むって」

 

 良く分からないことを言い始めた。

 一体何の関係が……? だが、とりあえず聞いた覚えがあったので話を合わせる。


「あぁ。言ってたな」

「だからスウィは俺に加護を与え補助役に徹したんだ。直接戦えば、わずかでも傷をつけられちまったら純粋な天使ではいられなくなるからな。だが、そうも言ってられない状況だったからスウィは最大限気を付けて戦った……。が、傷を作っちまった。だからスウィはその時から純粋な天使ではなくなったんだ。ま、要は天使の魂に若干の魔王因子が混ざった訳だな」

「はぁ……?」


 ……良く分からん。 

 つまりどういうことだ?


「で、その因子は子であるお前にも受け継がれてる。つまり今外にいる魔王はお前なんだよ。闇の側面って奴だ。どんな色に魂が染まろうと、結局お前であることに変わりはねぇんだよ」

「……は?」


 ヤバい。

 話は終わったみたいだけど、全然分からん。


「えーっと、つまりどういうことだ?」

「……チッ、だから! ゴブ美達が抑えてんのは闇に堕ちたお前だってこと!」

「あ、なるほど。そういうことか……って、マジかオイ!!」

「馬鹿かよ……理解力なさすぎか? さては頭悪いだろお前」

「まぁ……良くはないんじゃないか? 知らんけど」

「……はぁ」


 ボリボリと頭らしき部分を掻きながら、深くため息をつく。


「仕方ねぇ……。ついさっきまで自分が人間だって思ってたぐらいだしなぁ。やっぱ事情を知る親がいねぇってのは痛かったな……」


 ぶつぶつと何事か呟いたと思ったら、急に顔を上げて俺に言い放った。


「俺がお前に力の使い方を教えてやる。実戦で覚えろ。ハードに行くからな。のんびりやってる時間はねぇ」

「あ? なんで俺が。ってか時間がねぇってどういうことだよ」

「お前、自分の身体を見てみろ。俺と同じような黒いもやが身体を覆い始めてんだろ」

「は? そんな訳……」


 ……なに、これ。


「え、え? なんで俺の身体こんな黒くなってきてんの……? え?」

「黒の世界に染まってきてんだよ。あと2時間もしたらお前、戻れなくなんぞ」

「は……? どう言うことだよソレ!? なんでそんなことになんだよ!!」

「言っただろ。この世界は精神世界だって。肉体の主導権が魔王に移り始めてんだよ。長い時間精神世界が黒く染まったまま放置されちまってるせいでな。覚えがあるだろ? 心が沈んでくような感覚に」

「ッ! あ、あぁ。ある! 特にネガティブになった時、いつもなる」

「そんでその度になんかが起きてお前の思考をすくい上げてくれる……違うか?」

「あっ……てる」

「スウィの力だ。魔王に乗っ取られないように、心が黒く染まり過ぎないように小さな奇跡をおこしてんだよ。ま、今回はその程度じゃ収まらねぇ程にお前が殺意を覚えちまったから黒に飲まれた訳だがな」


 母さんの、力……。

 いつも俺を、助けてくれてたのか……。


「そしてお前の剣の才能、タフさは俺からだ。肉体の格が雑魚なくせに妙に戦えるのはお前の修行の成果ってのもあるがまず俺の血の影響がデケェだろうな」


 へへん! とでも言うかのように胸を張る親父。


 子供の頃から妙に体力があったのはそのおかげだったのか……。

 しかし、素直に感謝するのはプライドが許さないので、


「遠回しな自慢ですかぁ? ひょっとして貴方、ナルシストですね?」


 からかってやった。が……


「あん? 当然だろ! 強ぇんだから」


 意にも留められなかったようだ……。


「チッ……だー! くそッ! ゴブ美ちゃん達の為だからな! アンタの指示に従った訳じゃあねぇ!! 感謝なんかすると思うなよ!!」

「へっ! それでいい。十分だ。んじゃあ始めっぞ!」


 特訓は、始まった。

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