第11話 旅路ー2(改稿済)


 俺達は今、崖の上にいた。

 というのも、昼頃急にゴブ美ちゃんが……


「今なんか、変な臭いしませんでした?」


 とか言い出したのだが、そこからは何も見えなかった為、何か探し物をするなら高い所から見下ろした方が効率が良い。

 というコトになり、崖に上った次第である。


「どうですか? ウィリアムさん」

「あぁ……何かあったようだ。割と近くに黒い煙が見えた」

「え、黒いの? 確実にトラブルだよそレ」


 黒い煙、この言葉から連想される山のトラブル……。

 まさか、山火事かッ!?


「……二人とも、協力してくれ。もしかしたら危険かもしれない……。だが、どうしてもお前達の力が必要なのだ。俺様は現場に駆け付け逃げ遅れた者がいないか探してくる。お前達は水なり土なり何でもいいが、とにかく火を消してくれッ!」

「わ、分かりました!」

「うん、分かっタ。でも気を付けてヨ? 僕は、知らない奴より君の命の方が大事なんダ」


 その言葉に、俺は嬉しくなった。

 これが、友達と言う奴なのか……。

 温かいな、本当に……。

 

 ……いや、今はそれは置いておこう。

 万が一があってはいけない。


「あぁ、勿論だ。そっちの方は頼むぞッ!」

「はい! あ、それとウィリアムさん。言い忘れていましたが、私回復魔法が得意なんですッ! 傷ついて帰ってきても、必ず私が治しますので! どうか……死なないでください」


 それは……心強いな。

 急なカミングアウトだったが、それを知れたのは大きい!


「そうか! それは助かるぞッ! では、ゴブ美ちゃんは崖のふもとで待機してくれ! 怪我人を見つけたら、そこへ連れ帰るかそこに向かわせるから」

「分かりました! ではルードゥさん。消火の実行役を任せていいですか?」

「うん。最初からそのつもりだヨ」

「じゃあ、あとは頼んだぞッ!」


 山を全速力で駆け下りる。

 途中で転げそうになるが、それすら利用して先を急ぐ。

 自然と俺は、前傾姿勢になっていった。


「間に合えぇーッ!!!」 


 知らない場所で知らない内に死んでしまう人や、寿命、病死などいわゆる仕方のない死というモノは、どうしても存在する。

 当然だ。

 誕生と死はセットだ。

 それを覆すのは、自然の摂理に逆らうもの。

 してはいけないことだ。

 だが、今回は別だ。


「俺が知ってる場所で、助けられる範囲で勝手に死ぬのは、許さねぇからなッ!」


 森の中を駆ける。

 倒木を跳び越え、草木を掻き分け前へと進む。

 

「ぬあぁぁぁぁッ! 誰も死なせない! 悲劇など……起こさせてなるモノかッ!」


 ――助けて、誰か――


 そんな声が聞こえた。

 弱々しい声。

 しかし強く生を望む、救われるべき者の声が。

 確かに俺の耳に入った。


「ッ! そこに誰かいるのかッ! 俺様が今助けてやる。何処にいるんだ!? 教えてくれッ!」


 しかし声は返らない。

 絶望しかける。

 

 まさか、間に合わなかった……? 


 しかし、そんな俺の予想は……外れていた。


 ドンッ! と背にぶつかる衝撃。

 それに振り返ると、そこには赤髪の少女がいた。

 涙とすすと泥にまみれ、服はボロボロに焦げ、身体には数多の傷があった。

 

「助けて、お兄ちゃん……。お姉ちゃんが! お姉ちゃんがぁッ!」


 お姉ちゃん……だと? つまりこの娘は、姉を助ける為にこんなにボロボロになりながらも懸命に走ったと言うのかッ!?

 それに、今この場にそのお姉ちゃんがいないということは……『お姉ちゃん』は、何らかの原因で動けなくなってしまったと考えられる。

 

 ……まさか、生き埋め状態になっているんじゃ!? 


「クソったれがぁ!! 何故、何故気付けなかったッ!」


 俺の目指すグレートでクールなヒーローならば、そんな事件があれば何処からともなく現れて必ず全てを救いきる筈だ!

 それが、俺は一体何をしてた……? のんびり旅を楽しんでいた!

 悔しい……途轍もなくッ!

 助けられる筈の命が、そこにあったのにッ! 

 やっぱ、弱虫の俺には荷が重いのか……? いや! 今はそんなの関係ねぇッ!

 グレートでクールなヒーロー? 今はそんなの関係ねぇだろうがッ!

 

「ひぃっ!」

「ッ!」

 

 しまった……悔しさのあまり口に出ちまった!

 くっそ! 助けるべき対象を怖がらせてどうするってんだッ!

 落ち着け、今は落ち着くんだ……。


「ふぅ、はぁ……」


 深く息を吐く。

 呼吸を整え、はやる気持ちを出来る限り落ち着かせる。


「すまなかった、怖がらせてしまったね。大丈夫だよ、もう怖いお兄ちゃんはいないからね。君のお姉ちゃんは、俺様が必ず助けて見せる。だから、君のお姉ちゃんの居る場所を教えてくれないか?」

「お姉ちゃんは……あの中に居るの。焼けた村の中に」


 村……だって? では、この少女のお姉ちゃんだけでなく、既に死んでしまっている者まで居るかもしれないというのかッ!? 

 

「グゥッ……!」 


 心を黒いもやが包もうとする。

 だが、それよりも強く輝く救いの決意が、俺の魂を正常に戻した。


 そうだ。

 今はそんなことを考えている暇ではない。

 すぐに助けに行かなくては!


「分かった、安心するのだ少女よ。俺様の名はウィリアム。俺様が来たからにはもう大丈夫! 必ず君のお姉ちゃんを助けて見せるから! さぁ、君は逃げるんだ。ここのすぐ近くに、崖がある。そこの麓に、俺様の仲間の回復魔法使いの女の子がいるから、その人に怪我を治してもらうんだ。あぁ……それとお姉ちゃんの名を教えてくれないか? 探すときに必要なんだ」

「お姉ちゃんの……名前? ユーリ、です。お兄ちゃん! お姉ちゃんをお願いしますッ!」


 行ったか……。


「……さて、何が原因かは知らねぇが。とにかく今は、あの少女の姉をさっさと探し出して助けねぇとな。無垢な子供の応援を受けたんだ。叶えねぇとカッコが付かねぇってもんだぜッ!」


 そうだ、やってやる。必ず助けて見せるんだ!

   

「今の俺は、弱虫の俺じゃないッ! グレートでクールなヒーロー、偉大なるウィリアム様だッ!」

 

 決意を胸に、俺は轟々と燃え盛る炎の森へと飛び込んだ。





 肌が焼けるように熱い。

 しかし、そんなものは頭の片隅に入れる価値もない。

 死ななければそれでいい。

 ゴブ美ちゃんが治してくれるからだ。

 こんな無茶な捨て身の救出を実行に移せるのは、全てゴブ美ちゃんのおかげだ。

 あの娘には、感謝しないとな。


「ユーリさん! 返事をしてくれ! 何処にいるんだッ!」


 家屋らしきモノが幾つか集まった場所に着いたので、大声をあげてユーリさんに呼びかける。

 しかし、返事は返ってこない。

 それどころか、誰の声も聞こえない。

 まさか、全員死んでしまった……? 村なのだからあの娘とユーリさん以外にも住人はいる筈だが、誰の声も返ってこないなんて。


 いや……まだ諦めるのは早い。

 声を出せない状況なのかもしれないからだ。



 村の中を駆ける。

 鼠一匹見逃さないように細心の注意を払いつつ、誰かいないのかと叫びながら。


 ――そこに、誰か……いるの?――


 ッ! 今、確かに聞こえた。

 ではさっきまでは気を失っていたのか? いや、何にせよ声を返してくれたのだから後はもう余裕だ。

 必ず助けて見せる!


「そうだ! 俺様はウィリアム。君を助けに来たのだッ!」


 ――良かっ、た……――


「ユーリさん? ユーリさんッ!!!」


 クッ……しかし、まだ息はあると分かった。

 それに声を出してくれたおかげで、大体の位置は分かった。

 あとはとにかく、岩とか屋根とかひっぺがえして探し回るのみッ!


 黒ずんだ木や粗く削ったブロック状の石などの瓦礫を踏み越え、声が聞こえた方へと進む。

 元は屋根や壁だったのだろう。

 なんとなく面影が残っている。





 声が聞こえてきたのは、大体この辺りだったな。


「ぬあぁぁぁぁッ!」


 岩に触った瞬間、手が焼けた。


 焼けるようにではなく、文字通り焼けた。


 しかし気にしない。

 助ける為ならば。

 

 だが、その下敷きになっている訳ではなかった。



 まだまだ探す、必ず助けると誓ったからだ。


 グレートでクールなヒーローならば、この程度10秒ぐらいで無傷のままササっと片付けてしまうのだろうが……真の強者になれていない今の俺にはまだ無理だ。

 助けようとして、俺自身が痛ましい姿になり心配をかけてしまうかもしれない。

 爺さんの言った通りだな……精神的に、俺は彼女を傷付けてしまうだろう。

 

 だが止まれない、止まらない。


「ぬあぁぁぁぁッ! 何処だ、何処だ!?」


 ひっくり返せないものは刀で斬り裂いた。

 斬れないモノは拳や脚で砕いた。

 もはや拳の皮はずたずたになり、所々骨の欠片が飛び出ていた。

 脚は赤紫に変色するほど程に傷つき、血だらけになっていたがそれでも気にしなかった。

 

 数十分探し続けて、ようやく見つけた。


 金髪の女性、泥やすすで汚れている為今は分からないが、多分綺麗な人だ。

  

「絶対に助けて見せる……ッ! あの少女との約束を果たすんだ。

 これは俺の願いへの第一歩。ヒーローが越えるべき受難!

 ならば、自分の傷など……気にしていられないッ!」

 

 眠るユーリを背負い、崖へと戻る。

 これ以上は流石に限界と感じたからだ。

 俺はまだ死ねない……もしこの他にも生存者がいたのならば申し訳ないが、まだ死ぬわけには行かないのだ。


 砕けた足を無理矢理動かし走る。

 いや、もはや走れていなかったが、とにかく前へと進んだ。

 一歩一歩進むごとに、身体が砕け散りそうな痛みが走った。

 

 ユーリを見つけ出せたことで、一種のバーサク状態だったのが解けてしまったのだろう。しかし、まだ倒れるわけにはいかないのだ。


「……! ウィリアムさんッ!」


 声が聞こえた。

 もはや視界はぼやけ、意識は朦朧もうろうとしていたが、それでもその声は分かった。

 あぁ……もう、安心だ。

 

 これで、俺の役目は――。


 意地だけで保っていた意識が、とうとう切れた。

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