剣士ウィリアムの幻想冒険記

滝千加士

序章

プロローグ(改稿済)

 

 そこには大勢の人が集まっていた。

 俺が自宅から出た途端、街に溢れる声援。

 今までの人生が報われた気がして、俺はファン達に駆け寄った。

 すると、沢山いるファンの内3人の子供が声をかけてきた。


「サインして! ウィリアム!」


 明るい茶髪を短く切った少年。

 背丈は大体140センチといったところか……。 


「ぬあーはっはっは! うむ、勿論だ」


 俺様・・は彼の木剣の柄に、渡された羽ペンでサインを記す。


「おれにもおれにも!」

「ねー、僕にもちょーだいウィリアム~!」

「焦るな焦るな、俺様は逃げんぞ? 少年よ」


 あぁ……感無量だ。

 別に人気者になる為だけにやって来た訳ではないし、俺自身それが好きだったから努力してきた訳なんだけど、それでもこうして声援を受けると嬉しくなる。

 ホント、どうしたものか……時間が無いのに一人一人にきちんと応えたい。

 本当に嬉しいのだが少し焦る。

 しかし、集合時刻まではまだ幾ばくかの余裕があった為、声をかけてきた子供たち全員の要望に応えた。

 子供たちの対応が終わると、次は1人の女性に声をかけられた。


「サインお願いします! 私ユカって言うんですけど、デビュー当時から大ファンなんです!」


 茶髪の可愛い系女子、それも見た感じ清楚せいそ

 俺の好みドストライクじゃないか! それに、デビュー当時からの大ファンだって? くぅ、この後予定が入っていなければ……大会、急遽きゅうきょ中止になってくれたりしないかな? それにユカちゃんか……可愛い名前だ。

 うん、凄くこの娘とデートに行きたいッ!

 

 ……なんて冗談(いや、デートに行きたいのは本心なんだけどさ?)はさておき、凄く嬉しい。

 こういう人の存在が、いつも俺を支えてくれるんだよな……有難いことだ。


「そうか! いつも応援ありがとう!」

「試合、期待してるね!」

「ぬあーはっはっは! うむ、任せるがよいッ!」


 確か……今日の夜は十分時間が取れた筈だな? さて、どうするか。

 この娘と遊びに行きたいという感情に従うか、それとも明日の試合に備えるか。

 俺の選んだ選択は……



「あ、それはそうとユカちゃん。席はどこかな? 試合で勝ったら俺様のサインが入った刀のぬいぐるみをユカちゃんにプレゼントするよ」

「東ブロックの最前列です! 端っこの方だから分かりやすいと思います!」

「うむ、了解だ。あ……上手くキャッチしてねッ! 投げるから」

「あ、はい。分かりました!」



 明日の試合に備える、だった。

 正直彼女は欲しい。

 しかし、女性関係や友人関係などの娯楽を一切絶って……文字通り俺の全てを捧げてようやく出場できた大会だ。

 中途半端なことをしてへまをしたくはない。

 彼女とかは、今回の大会が終わってから頑張ればいいのだ。


「私にもサインを!」

「俺にも!」


 次から次へと声をかけて来る。

 時間はまだ一応大丈夫……広場の中央にそびえ立つ柱時計をチラ見し、現在時刻を確認した俺は一人一人丁寧に応えて行った。

 俺はファン対応がしっかりと出来る子なのだ。











 押し寄せる人波を越えて、ようやく試合会場に辿り着いた。

 ファンの対応をしていたら、結局集合時刻ギリギリになってしまった。

 心苦しいが、次からは全員の要望に応えるのはやめよう。


 呼吸を整え意識を切り替える。

 

 俺が今いる場所は、薄暗い通路である。

 その伸びた先には、落ちた格子戸がある。

 そこから白色光にも似た明かりが入り込んでいた。

 俺はその広く高い通路を歩く。通路に掲げられた松明たいまつの炎の揺らめきが陰影を作り、影が踊るように揺らめく。

 格子戸の隙間から場内を覗き見る。

 そこにあったのは、何層にもなっている客席が中央の空間を取り囲む場所。




 円形闘技場。

 長径188メートル、短径156メートルの楕円形で、高さは48メートル。

 何故そんなコトを知っているのか? ここはこの国の観光地でもある為、情報が全国に解放されているのだ。

 だから、この情報は幼い子供でも知っている。赤ん坊でもない限りな。



 観客席に座った数え切れないほどの観客は、今か今かとそわそわしながらアナウンスを待っている。



「いよいよやって参りました裁定祭さいていさい剣術部門準決勝! 両者、ご入場ください!」


 

 ……そう、俺は剣士。

 それも、世界一を決める大会で準決勝まで勝ち進んだ割と強い剣士なのである。

 自分で言うのはしゃくだが、顔は悪くはないものの決してイケメンではないので、あそこまでファンを獲得できたのは、一途に努力してきた成果……つまり腕っぷしなのだ。



「《銀の閃光》と名高いツイン・レイピア使いイタカ! その華奢きゃしゃな腕から繰り出される一撃は、全くパワー不足を感じさせない必殺剣! その甘いマスクに見惚れる者が後を断たず、その目で見つめられて落ちない女は居ないと言う!」



 キャー! イタカ様ー!



 女性達の黄色い声援と共に、一人の戦士が入場する。

 長い銀髪を後ろで一つにまとめた、女性にも見紛う程美しい縁色の目を持つ青年だ。


 

 それにしても、よりにもよって《銀の閃光》か……トーナメント制の勝ち抜きバトルな為昨日の時点で知ってはいたが、正直不安だ。

 俺の剣が、通用するのだろうか。……いや! 俺は必ず勝つと決めたのだ。

 勝って、そして世界一の剣士たる証明――剣神の称号を手に入れ、近衛七騎士セブンナイツに必ずや入団して見せるのだッ!


 裁定祭は、四年に一度開かれるあらゆる分野の世界一を決める大会。

 剣,槍,弓,盾,騎馬,暗殺,拳の世界一となった者は、王の次に権力を持つ近衛七騎士セブンナイツに入団することを許されるのだ。

 つまり、決勝戦の相手は絶対に前近衛七騎士セブンナイツなのだ。

 それを超える事が出来なければ何があっても入団は許可されない。

 もし仮に前近衛七騎士セブンナイツを打ち倒すコトに成功し入団出来たとしても、その座を実力で守り続けられなければ、たったの四年で脱退することになってしまうのだ。


 

 そう……つまり今更。

 イタカは確かに有名な戦士だが、まだ臆するには値しない。

 この道を夢見た時から分かっていたのだ。

 故郷では街一番の剣士とちやほやされたが、所詮はまだ街一番。

 俺自身、まだ自分が井の中の蛙でしかないことは理解していたし、だからこそ修行の為と世界を旅してまわった。

 今までの人生を無駄にしない為にも、近衛七騎士セブンナイツに入団するという夢を叶える為にも、こんなところでは立ち止まれないのだッ!



 目の前にあった格子戸が勢い良くガラッ! と上がった。

 決意を胸にそれを潜り抜けると、場内に再び歓声が沸く。……唯一つ不満があるとすれば、野太い男の声が目立つという点だ。

 いや、普通に嬉しいんだよ? でもさ……いや、俺にはユカちゃんがいる! その他にも凄く、すごーく少なかったが女性ファンはいる!

 うん、そうだ。そうだよ! 一人も女性ファンがいない訳じゃあない! だから、全然嫉妬なんかしてないんだからなッ! ……ちょっと目から光が失せてるかもしれないけど、全然嫉妬のせいじゃないんだから図に乗るなよこの野郎ッ!  



「続いて入場するは《神速》とうたわれる東方出身の青年、刀使いウィリアム! 彼の繰り出す一撃を目にした者はいない! 何故なら彼が居合の達人であるからだ! そしてそれこそが《神速》の由縁、果たして彼の一撃は《銀の閃光》に届くのか!? さぁ、両名準備は宜しいですか!?」



 その審判の問いに無言の頷きで返し、相手を見つめる。



「それでは……準決勝戦、始めてください!」





 やはり《銀の閃光》は動かないか。

 以前の試合でも、その前の試合でも《銀の閃光》は相手の攻撃を利用したカウンターによって勝負を決めていた。

 

「このままスタミナ戦に持ち込むか……?」


 いや、愚策だな。

 やっぱここは一撃必殺!! いつもの戦法と行かせてもらうッ!!

 

「喰らえ……《疾風はやて》!」 


 縮地と居合の連続コンボ技。

 一瞬で敵の懐に入り込み、一撃のもとに腹を掻っ捌く技である。


「ッ!!」


 手応えを感じず、技の失敗を確信した俺はすぐさま首を逸らす。


 ヒュン!!


 軽い音。

 しかし凄まじい速度と正確さを備えた一撃。


「ふぅ……危なかった。流石といった所か? 《銀の閃光》」

「……仕留められなかったのだから、流石も何もないだろう。それより、今のを躱すとは、流石だな《神速》」


 中性的な声に口調。

 噂によると、大会に提出されているプロフィールでも性別欄は空白だったらしいが……実際の所どっちなのだろう。

 いや、そんなことは関係ないか。

 こいつが男だろうが女だろうが、この場に来たからには平等に倒すべき敵だ。


「いや、俺としちゃ今ので仕留めるつもりだったんだ。やはり噂に違わんな」

「そちらこそだ。私はこれまでの試合の記録から推測して、あらかじめ予想しておいただけのこと。抜刀の瞬間は見えなかった……」


 悔しそうに眉をしかめるも、それは一瞬。

 幻でも見ていたのかと思う程に次の瞬間には元通りの真顔に戻っていた。


「そうか……」


 抜刀の瞬間は見えなかったとの言葉に思わず頬が緩むが、決して警戒は緩めず、どのタイミングで攻撃してきてもいいように正眼に構える。

 そしてそれは《銀の閃光》も然り。

 ツイン・レイピアという特殊な流派故に、構えの名称などは分からないが、恐らく最も応用の利くものなのだろう。


「ならば、このまま降りるか?」


 ニヤリと笑い問いかける。


「ふっ、冗談だろう。お前の方こそ降りたらどうだ? 私は強い」


 同じくニヤリと笑って答えを返す《銀の閃光》。


「くく……戯言を」


 決まっている。

 たしかにこの場に立つまでは不安を感じていた。

 だが……


「今の俺は、最高に昂っているんだ!! 《銀の閃光》!!」

「ふふふ、奇遇だな。私もだ、絶対に……」


 そう、絶対に。


「「勝利は譲らないッ!!」」


 まるであらかじめ示し合わせたかのような被りよう。

 凄い偶然だ。だが、この偶然は裁定祭に出場している選手同士だからこそ起きたある種必然とも言えるものだろう。

 俺達の想いはただ一つ。

 

 ――近衛七騎士セブンナイツになる。

  

 ここは準決勝。

 既に半端者が到達できるような領域ではないのだ。


「行くぞオォォォォッ!」

「はあああああァァッ!」


 ギィン!!


 ぶつかり合い火花を散らす鋼と鋼。

 もはや停止はあり得ない。


「ふッ! はッ!」


 攻める、攻める。ひたすら攻める。

 守りなど考える価値も無し、考えるべきはどうすれば勝てるか。

 

「ぜぁッ!!!」


 しゃがみ、死角から顎へと柄による揺さぶりの一撃を狙う――


「ッ!!」


 ――が、背を逸らすことで躱される。

 それどころかその勢いでバク転。


「はあっ!」


 ついでとばかりに蹴りでやり返そうとしてくるが、それはバク転した時点で予想済み。


「ふっ、馬鹿がッ!」


 すかさず刀を右手に任せ、空いた左手で眼前にある脚のすねを掴む。


「らァァァッ!!」


 そのままの勢いで地面へと思いきり叩き付けようとした瞬間!


「馬鹿はそっちだ!」

「はっ!?」

  

 ギロチンのように上から迫って来る《銀の閃光》の左足。

 攻撃を利用された。

 すぐさま左手で掴んでいる右足を離し、受け身をとって間髪入れず立ち上がる。


「チッ、しくったぜ……」


 振り下ろした方が強力だが、片足しか掴めないあの状況だったら、掴んだ勢いで上空に投げ飛ばして斬っちまう方が良かった……。


「ふふふ、まだまだ甘いな。今度は私の番だッ!!」


 二刀流、それもレイピア。

 速いのなんの。

 とにかく手数が多い。


「くっ、おっ、ちょ! あぶねっ!」


 ……なんだかカッコがつかないが、実際観客の目線なんて考えてる余裕ないのである。


「チッ!! しゃんと立ってろ! 当たらんだろうが!!」

「んな理不尽なッ!? おっと! ま、だからって当たってやるわきゃねぇがな」

「……」


 攻撃の手を止める《銀の閃光》。


「お、もういいのか?」

 

 俺が挑発もかねてそう言うと、


「一々腹の立つ奴だな……。死んでも知らないぞ?」


 狙い通り。

 これで大分やりやすくなる。

 攻撃が単調になるからな。

 まぁ、フリじゃなければ……の話だが。


「ハッ、命より夢の成就が大事だからここにいんだ。俺には近衛七騎士セブンナイツになる以外に未来はない。一般人じゃ満足できないんだ。俺は誰より輝く星に、英雄になる! 死ぬのが嫌なら、お前こそここで降りろ!! 《銀の閃光》!!」

「ッ……!!」


 先程と比較にもならない、圧倒的な速度。

 目で追えない。

 先程のが避けるルートがある弾幕だとすれば、これはもはや壁だ。

 あまりにも速すぎる……。

   

「っぐ!! がッ!!」


 なんとか避けようと身体を捻ったり、突いたり薙いだりして逸らそうとするが、避けきれない。

 

 だが、そんなことは気にならない。

 気にする価値もない。


 必ず勝つ!!

 勝って、夢を叶えるんだ!!


「があああァァ!!!」


 刹那の隙を狙い反撃。

 刀を振るうにつれ、レイピアを躱し防ぐにつれ加速していく鼓動。

 必ず夢を叶えてみせるという強い決意と、こいつに勝ちたいという精神の昂りが、俺達から容赦を躊躇ちゅうちょを慈愛を奪っていく。

 平常時の思考とはかけ離れた、殺す為の、勝つ為の思考回路。

 どう攻撃すれば有利になるか、何処から攻撃が来てどう防げばダメージを抑えられるか、全てがこれまでの経験から直観的に導き出される。

 血が飛び、肉が削げ、骨ごと命を断ち切らんと交差する斬閃の嵐。


「ぶっ飛べッ!!!」

「なっ!?」


 唐突に腹に走る鈍痛。

 身体を後方へと引っ張る衝撃。


 なんとか吹き飛ばないように脚に力を入れ地面へ瞬時にめり込ませるが、無駄に終わる。俺の足よりも先に、地面の方が根を上げたからだ。


 ドンッ!!


「がッ!!」


 闘技場の壁を壊し、めり込む身体。

 ガラガラと砕け、俺の身体に落ちてくる壁の欠片。


「っぐ、うう……! っはぁ、はぁ……」


 やっぱ、流石だな……。

 ホントに、噂に違わない実力だ。

 一体、あの細身の身体の何処にこれ程の力があるというのか。

 

「だがッ……!!」


 そんなことは関係ない。


「勝つのは……俺だッ!!」


 噛み殺すように壁の中で呟く。


 奴は油断して背を向けたりはしないだろう。

 恐らく俺がまだ生きていることなど、降参の意思など欠片も持ち合わせていないことなど、百も承知で俺を吹き飛ばした方を見つめている筈だ。


 だが、俺を文字通り吹き飛ばし壁の中に減り込ませちまう程の蹴りだ。

 さぞ砂埃が舞っている事だろう。


 瓦礫をどかし壁の中から抜け出る。

 

 予想通り。 

 闘技場は砂埃でほぼ何も見えない状態になっていた。


 これだけ砂埃が舞っていれば……。


 ニヤリ、思わず口角が上がる。

 即座に作戦の構築とシミュレーションを済ませると、俺は行動を開始した。 




 砕かれた壁の欠片から最も掴みやすいサイズの欠片を3つ手に取り、奴がいるであろう位置を推測し砂埃の中を動きながら2秒の間隔をあけて2つの地点から投げる。


 そして3つ目を最初の地点から投げ、 


「ふッ!!」


 続けて間髪入れずその場から突進する。


「無駄だ。星落としカデーレステラ!」


 頭上から聞こえた声。

 作戦の失敗を確信した俺は、すぐさま左方向に横っ跳びすることで来るであろう攻撃を避ける。


 ザス!


 驚異的な速度で降ってきて、コロシアムの中央に刺さる1本・・のレイピア。

 

「……なっ! いないだと!?」


 空の何処にも、視界のどこにもいない。

 可笑しい、どういうことだ。まさか……!? 

 

「そういうことだ。この試合……私の勝ちのようだな!」

 

 背後から聞こえた声。


「ッ!!」


 攻撃を避ける為身体を捻るが、


「ぐっ、う……!」


 冷たく鋭いナニカが横っ腹を抉る。


「チッ、だがまだ……!!」


 間髪入れず攻撃をしかけようとする《銀の閃光》。

 しかしそれは認めない。


「させるか!」


 脇腹を蹴りバランスを崩させる。


「っぐ……逃がすか!!」


 予想通り突進してきたので、レイピアのもう1本がある地点までバックステップで下がり、切っ先を奴に向けて投げ奴の突進を邪魔したところでバク転を繰り返し壁際ギリギリまで下がる。


 そしてすぐさま傷の程度を確認する。


「……ふぅ、この程度か。良かった」


 傷の深さを確認し安心した所で、問いかける。


「何故だ、《銀の閃光》。あの時間違いなくお前は俺の頭上にいた筈。なのに何故背後にいた? 一体どうやって移動したと言うんだ」


 そう、仮にジャンプして上空へ行きレイピアの片方を俺に向けて蹴ったのだとしても、その後身体はその地点から落ちるだけの筈。

 奴には空を飛ぶ力でもあるというのか……?


「はぁ、逃がしたか……。どうやったかだと? 単純だ。単にお前のいる位置と突っ込んでくるであろう場所を推測。そこにレイピアを蹴って、それを躱すために移動する方向を推測して、そのもう少し奥に先回りできるようにジャンプしただけだ。横跳びでな」

「なるほど。技のネーミング的に上から降って来るつもりとばかり思っていたが、そこまで予測していたのか。参ったな……」

 

 チッ……どうする、どうすれば奴に勝てる? 奴に息の乱れは見て取れない、対して俺はまだバテるとまでは行かないものの若干疲れてきている……。

 

 うぉぉぉぉぉ!!! ヒュー! ヒュー!


 俺と《銀の閃光》の攻防が一旦途切れた途端、沸く会場。

 そんな中、思考を重ねる。


「どうするか……」


 まだ万策尽きた訳ではない。

 なにか、なにかある筈だ。

 勝つ為の方法が。

 会心の一手が……!


「さて、再開するぞ。……そろそろ決めたいからなッ!!」


 だが、そんなことを考えている暇など与えてくれる筈も無く試合は進む。


 大きくレイピアを持った両手を広げ、宙を腕で切るようにして突っ込んでくる《銀の閃光》。 


 俺もそれに応え、切っ先を相手に向け、こめかみ辺りで腕をクロスさせた状態で突っ込む。


 俺達の剣が再び重なろうとしたその瞬間!!


「い、いやー!!」


 観客席から聞こえた1つの悲鳴。


 それをキッカケに、それは始まった。 


 次々と増える悲鳴。

 

 なんだ? と思い観客席を見てみると、


「な!?」


 上空を指さし何かに驚いた途端、消滅した。

 塵も残さず。

 まるで元から居なかったかのように消えた。

 

 なにが、何が起きている……!? さっきあの人は上にあるナニカに驚いた瞬間に消滅した。つまり上に何かがあるのか! そう思い俺は俯いた。

 消えてしまわないように。  


「え……?」


 すぐ隣から聞こえた、困惑の声。

 まさか……。


「や、やめろ……イタカ、イタカッ!!」

「ウィリ、アム……」


 蒼褪めた顔。

 自分もあぁなるのか、そう思ったのだろう。


 自然と俺は手を伸ばした。

 

「俺の手を掴めイタカ!! 決着も付けず勝手に消えるなんて、許さないぞッ!!!」


 だがイタカは、


「……あぁ、そうだな。だが、もう無駄だ」


 その手を掴もうとはしなかった。


「馬鹿言いやがれ!! まだだ、認めねぇ! 勝手に諦めんじゃねぇぞ!!」


 駆け出す。

 その手を掴むために。


 だが、


「私も、決着を付けたかった……すまないな」


 消えた。

 消滅した。

 塵も残さず消え失せた。


 その最期の顔は、申し訳なさそうな苦笑だった。


「あ、あぁ……」


 伸ばした手が空を切る。

 さっきまで、確かにそこにいた筈なのに。

 

「は、はは……変だな。なんで俺の手、赤いんだ……? なんでこんな、いてぇんだ? なんで、こんな……」 

   

 手が震える。

 頬を不気味なまでに冷たい雫がつたう。

 黒いナニカ・・・が、心を侵す。

  

「あァァァァッ!!!! ふざけんな……! ふざけんなよクソ野郎ォォ!!」


 空を見上げ吼える。

 消えるかもしれない、そんなことは頭から消えていた。

 イタカを、皆を消された怒りで頭が一杯だったからだ。


 穴。

 どす黒い、漆黒の穴がそこにはあった。





 誰しもが赤ん坊の頃、絵物語で一度は聞いた事があるであろう近衛七騎士セブンナイツ

 自分も近衛七騎士セブンナイツに入団して人気者になりたい。

 近衛七騎士セブンナイツのコトを初めて知った3歳からの人生、つまり15年の時を全て剣に捧げてようやく勝ち取ったこの機会。

 それが全て一瞬にして消されてしまう、そのような予感をアレから感じた。





 途端、世界が歪んで見えた。

 まるでアレに吸われているかのように。

 いや、違った……かのようにではなく、本当に吸われていたのだ。


 ――何故俺だけが消えなかった?


 そんな考えが脳裏をよぎる。


 だが、そんなことよりもよほど重要なコトがあったらしい。

 俺の脳は、ただただイタカの顔で埋め尽くされていた。


「ざっけんじゃねぇぞイタカ……!! なんだよ、なんだよあの顔は!! 悔しそうにしろよ!! 助けてくれって言ってくれよ……!! なんであんな……!! くっそがぁーッ!!!」










 剣を振るうのは大好きだし、ただ強くなりたいという欲求もある。


 しかし大部分は違った。


 俺は孤児院育ちだった。

 自我が生まれた頃には孤児院に居て、両親の顔を一度も見たことがない。

 そんな俺は、自分の価値を示したかったのだ。

 誰にでもわかる、ハッキリとした形で。

 そう、つまり俺が英雄を目指した理由は承認欲求が原因。

 誰かに認められたい、誰かに褒められたい、所詮はその程度の理由だった。

 自分の価値を示したいだけで国の為とか考えてないだろ、と言われればそこまで。素直に頷く他ないのだ。





 吸い込まれる、一瞬の浮遊感。

 自分という意識が希薄になっていく……。

 俺は必死に意識を保とうと抵抗したが、ついに意識を手放した。

 意識を手放す寸前で、何故だか懐かしい・・・・暖かさを感じた。

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