第3話 おもちゃ箱の危機

 コロンコは箱の底のほうに縮こまって、息を殺していた。とてつもなく怖ろしかったが、トモキという少年はさきほどからおもちゃ箱に入っているほかのおもちゃに興味津々で、コロンコには気づいていない。


「マーヤ、これなに?」

「ああ、レジスターだよ。ちゃんと計算もできるの」

『チャリーン、358円デス』

「ほんとだ、すげー!」

「やっぱり遊んでるじゃないの!」


 うまくいけば、このまま見つからずにやり過ごせるかもしれない。コロンコは隙あらばここから抜け出そうと思ったが、あいにくいちばん近い隠し通路の前にはマーヤがいた。

 もっといろんなところに通路をつくっておくべきだった!


「うわあ、このワンピースかわいい」

「おばあちゃんが作ってくれたの。今度、リンちゃんのも頼んであげる!」

「え、でも悪いよ……」

「そうそう、リンコにはそんな女の子っぽい服、似合わねーよ」

「なんですって!?」

「ほら、そうやってすぐ怒るから」

「やめなよトモくん。そうだ、トモくんにもおそろいでかわいい服作ってもらおうよ。ふたりとも、絶対似合うよ!」

「げっ、やめろよ。こいつとおそろいなんてまっぴらだよ」

「こっちだって! ねえマーヤ、頼むからおそろいは勘弁して」

「えー、いいと思ったんだけどなあ。ふたごコーデ」

「オレたち、そういうのはもう卒業したの」

「そうそう。あ、でもマーヤとおそろいならうれしいかも」

「ってオイ、抜けがけかよ」

「ああ、いいねー。じゃあ3人でおそろいにしちゃおっか。漫才トリオみたいで楽しそう」

「ってなんでだよ!!」


 トモキとリンコがそろって突っ込みを入れる。


「ほら、すごく息ぴったり!」

 マーヤがにこにこしてふたりを見比べた。


 一方コロンコは、この長いやりとりのあいだに、そろりそろりとおもちゃ箱から抜け出すことに成功した。あとは、本棚の裏にまわるだけ!


「はー、しかしなかなか見つからないねー、小人さん」

「うーん、やっぱり昼間は寝てるのかなあ?」

「あ、ジェンガあるじゃん。あとでやろーぜ」

「また遊びはじめる……」

「あとでって言ってるじゃん。そっちこそ、ワンピースに気を取られてたくせにさ」

「わかったわよ! あたしもちゃんとやるからあんたもしっかり……」

「うわっ!! なんだろコレ!?」


 突然マーヤが素っ頓狂な声を上げた。コロンコもびっくりしておもちゃ箱の後ろに隠れた。


「なになに?」

「見て、本棚と机の隙間のところ。小さなドアがついてるの!」

「……うわっ、ほんとだ! もともとはこんなのなかったの?」

「うん! きっと小人さんが作ったんだよ。いいなあ。入ってみたいなあ」


 コロンコは心の中で舌打ちをした。なぜ、あんないかにも「ドアですよ」という見た目の真っ赤な扉にしてしまったのか。ヤカクレの慣例通り、目立たないように壁と同じ色の資材を使うべきだった! 自分は調子に乗りすぎていたのだとコロンコは改めて深く反省した。おかげであのドアからは二度と出入りできなくなった。


 仕方ない、別の部屋から天井裏へ向かうとしよう。


 そう思って、振り返ったときだった。真正面に、巨大な少年が膝をつき、じっとこちらを見ていた。刹那、張り詰めた空気が漂う。


 と、次の瞬間、コロンコは全速力で走りだした!


 ……しかし逃亡は失敗に終わった。ふだんは3本目の手として役立つ長い尻尾があだとなり、先っちょを床に押さえつけられてしまったのだ。


 あわれ、コロンコ! 愉快な居候の日々もこれまでだ。これからはペットか実験動物として、さんざんもてあそばれた挙げ句、解剖されてしまうのだろう。


 トモキとかいうわんぱく小僧がコロンコの尻尾をつまみあげ、逆さまの宙づりにした。住居適性検査シートには、家主の友人にわんぱく小僧がいないかどうかも付け加えておくべきだと、コロンコは思った。


 コロンコは絶望し、両手で抱えていたオレンジ色のゴムボールを取り落とした。ゴムボールは床にぶつかり、力なくこてろんと弾んだ。

 トモキ少年の顔に笑みが広がる。


「つーかまえた!」


 リンコとマーヤも何事かと振り返る。マーヤはあっと声を上げた。


「この子だよ! わたしが探してた小人さん!」

「ええっ、本物!? 見せて見せて!」

「ここに入っていたのかな?」


 マーヤはおもちゃ箱をひっくり返したが、むろん、コロンコ以外のヤカクレはそこにいない。

 トモキは空っぽになったおもちゃ箱にコロンコを入れた。


 コロンコはすぐさま脱出を試みた。が、乱雑なおもちゃの足掛かりなければ、つるつるした箱をのぼることは到底不可能だった。バシバシと側面をたたいてみるが、それほどやわなつくりでもない。コロンコは両手を箱の壁につき、ずるずると沈みこんで膝をついた。


「こんにちは小人さん! わたし、マヤっていうの!マーヤって呼んでね」

「や、やばい!! なんかすごくかわいいんだけど……」

「っていうか、こいつすげー落ち込んでない?」

「そっか、いきなりこんなことしたからびっくりさせちゃったよね……」

「あんたが乱暴にするからよ! マーヤと小人に謝れ!」

「見つけてやったのに、なんで謝らなきゃいけないんだよ」

「あっ、そうだ。お菓子あげたら喜んでくれるかな?」


 箱の隅っこで小さくなって膝を抱えているコロンコのもとに、マヤの巨大な手が降りてきた。コロンコはすぐに飛びのいて身をひるがえしたが、手はそれ以上追ってこない。代わりに、カラフルな包み紙のキャンディが3つおいてあった。

 そんなものと引き換えにこの身を売れとは、ずいぶん安く見られたものだ! コロンコはまたぷいとそっぽを向いて縮こまった。


「あれ? 夕べはすごくうれしそうに運んでたのに」

「もっと珍しいものがいいんじゃない?」


「ちょっとおじゃまするわよー」


 リンコがまさに提案したところに、マヤの母がお盆にジュースとおやつをのせて部屋へやってきた。子どもたちはとっさにおもちゃ箱の前に立ちはだかった。


 今度はなんだ? とコロンコは重い頭をもたげた。

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