家隠れのコロンコ ~天井裏にこっそり暮らす、小さな居候の物語~

文月みつか

第1話 新しい住まい

☑閑静な住宅街の一戸建てである。

☑猫などの危険なペットを飼っていない。

☑食料が適度に放置してある。

☑多少ものがなくなっても気にしないおおらかな家庭である。

☐いたずら好きで乱暴なわんぱく小僧がいないこと。


 コロンコはカーテンレールの上からお絵かきにいそしむ女の子を見下ろした。机も使わずに、カーペットの上に画用紙をじかに広げ、一心不乱にクレヨンを動かしている。画用紙の上には色も形も様々な花が咲き乱れていた。チューリップと思しき赤い花、タンポポなのかヒマワリなのか区別しづらい黄色い花、見たこともないようなくるんくるんの変てこな黒い花まで、一斉に開花している。どうやら、お母さんの誕生日にプレゼントするつもりらしい。

 コロンコは『ヤカクレの住居適性検査シート』の最後の項目にもチェックマークを書き入れ、まずまずだというふうに軽くうなずいた。新しい住み家はこの家にしよう。


 ヤカクレとは、古くから民家などに住み着いて暮らしている人ならぬものである。

 では動物なのかというと、調べた人はいないので微妙なところだ。姿かたちは個体によってまちまちだが、総じてネズミとモルモットの中間くらいのサイズで、つやのあるビロードのような毛並みをしており、尻尾は細くて長い。多くはひょうたんにマッチ棒を4本突きさしたような体形で、二足歩行をし、手先はとても器用。道具を作ったり、文字を書いたり、花を愛でたり、ゴルフを楽しんだりと、大いに文化的な側面を持つ。

 好奇心旺盛で知恵も働くが、警戒心が強いので人間に見つかることはほとんどない。彼らが家にいるかどうか知りたければ、お菓子や人形用のミニチュア家具などを放置しておけばわかる。もしも知らぬ間にそれがなくなっていたら、十中八九君の家にはヤカクレがいる。ほかのだれかが盗んだのでなければの話だが。


 さて、コロンコはヤカクレのなかでも特に好奇心が強いほうだった。新居に定めた家の女の子の部屋には、コロンコの心をくすぐるドールハウスや包み紙にくるまれた甘いキャンディや、部屋のアレンジに使えそうな布切れ、ビーズ、ボタン、それに絵本や図鑑がたくさんおいてあった。だから多少気に食わない点があったとしても、目をつぶるくらいの覚悟でいた。


 ところが、住んでみればこれ以上ないほど快適な家だった。


 コロンコはまず、当分の寝床として女の子の部屋のベッドの下を選んだ。ほこりっぽいので掃除から始めた。そして、もとからベッドの下に落ちていたタオルハンカチを布団がわりにし、ペンライトを据え置いた。

 それから、本格的な住まいづくりにいそしんだ。机と本棚のあいだの、人間からは死角になっている柱の空洞に、自前の電動ノコギリで穴をあけ、簡単な足掛かりをつける。そこから、天井裏や台所や、掛け時計の裏なんかにつながる通路をつくる。

 ヤカクレは特に天井裏の空間を好む。暗くて、湿っぽく、時にはネズミやクモなどの先客がいることもあるが、そういう場合は交渉による区画分けを行うことが多い。(その際、お菓子を大量に譲渡することもよくある。)幸い、コロンコが狙いをつけた辺りは気のいいネズミの通り道になっているだけだったので、キャンディ3つで片がついた。

 スペースが確保できると、今度は風通しの穴をあけたり、掃除したり(ヤカクレはたいていきれい好き)、壁紙を貼って明るい雰囲気をつくった。それから、椅子、机、ベッドなど、必要な家具をそろえ、ペットボトルのキャップにきらきらのガラス玉をはめこんで作ったオブジェや、戸棚の裏で拾った怪獣のキーホルダーなど、お気に入りのものをどんどん運んで、快適で心躍る屋根裏へと仕上げていった。


 そして、いよいよベッドの下から寝床を移そうと思ったときのことである。


 コロンコはとても浮かれていた。これほど順調に、思い描いていた以上の完璧な部屋ができるとは思っていなかった。そして、今日からそこでの暮らしが始まるのだ! 今までのように、人間が現れるたびに気配を消して縮こまる必要はなく、好きなだけゴロゴロしてお菓子を食べ、趣味にひたることができる!(コロンコはとても多趣味で飽きっぽい)しかし、まずは友人を呼んで記念パーティを開くことにしよう。みんな新しい部屋の完成度にびっくりすること間違いなしだ!


 パーティには楽しい飾りつけとごちそうがいる。コロンコはおもちゃ箱の中に、色とりどりのゴムボールが入っていることを知っていた。大きさも、持ち運ぶのに無理がない。あれを飾ったら、きっともっと素敵な部屋になるだろう。けれど、ちょっとのあいだ借りるだけ。あとでちゃんと返しに来よう。


 そう考えて、ひょいっとおもちゃ箱にダイブした。

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