第16話 落城
真田幸村と赤備え部隊は松前城に向けて出陣した。その後方には二門のフランキー砲を乗せた荷車を曳いている。
松前城内は混乱しており応戦の気配すらなかった。この空白を突いて幸村たちは一気に城門まで到達した。砲撃で城門を打ち砕くつもりなのだ。
ゴゥン!
砲弾は城門に命中したのだが、松前城の城門は堅牢でびくともしなかった。
「撃て!」
真田幸村の号令で、フランキーが再び三度火を噴いた。
城門は崩れ落ち、赤備え部隊は先鋒となって城内に突入していった。さらに、赤備え部隊に続くようにシャクシャイン率いるアイヌ勢が次々に城門に吸い込まれていく。
諸葛砲の砲撃で混乱した松前城を、刀を振りかざした幸村とシャクシャインが制圧していった。三河屋が送った傭兵は我先に逃げ出し、松前勢も既に戦意を失っている。
幸村の目的は松前高広の確保である。赤備え部隊は城内に散らばり松前高広の捜索にあたっていたのだ。
松前高広は炭蔵の中に逃げ込んでいた。場内で最も堅固な建物であある炭蔵は諸葛砲の砲撃にさえ耐えていたのだ。
高広は討ち死にする覚悟だったのだが、既に城内はアイヌ勢に占領されつつある。
もはやこれまで、と悟った高広は家臣に介錯を命じた。
城と運命を共にする。これが武士の本懐である。
ピィィィィ!
高広の耳に呼子の悲鳴にも似た音色が聞こえた。
「見つかったか。」、
高広は片肌を脱ぎ、短刀を抜いた。
その瞬間、轟音が炭蔵を震わせたのだ。
フランキー砲が炭蔵の扉を破壊し、もうもうと立ち込める黒煙のなかから赤い影が現れた。
「真田幸村、見参! 松前高広殿、お探し申したぞ。」
真田幸村は松前高広の手にあった短刀を跳ね除けた。
「儂は、捕えられるのか?」
松前高広の蚊の鳴くような声に、幸村は答えた。
「松前高広殿のお命、この真田幸村がお守り申す。」
松前高広は安堵したような面持ちで、その場にへたり込んだ。
幸村が肩を貸し、松前高広はうなだれ力を失ったまま炭蔵を出た。赤備え部隊が幸村のまわりを囲んでアイヌ勢から高広の身を守った。
松前城は落ちた。
シャクシャインは時の声を上げ、アイヌたちの歓声が大地にこだました。
「アイヌたちは大宴会を始めたなりよ。酒を酌み交わし、肉を食らい、歌を歌いながら大騒ぎを始めたなり。」
もともとは統率の取れた軍隊ではなかったんだ。戦が終われば、愉快で優しい人々に戻っていくんだ。
それよりも聴いてみろ、アイヌたちの歌は素晴らしいではないか。
「何を歌っているのか全く分からないなり。」
アイヌ語は日本語の方言ではなく、独立した言葉なんだ。分からなくて当たり前だ。
「でも楽しくなってきたなり。」
戸部典子はアイヌのリズムに合わせてでたらめな歌を歌いだした。
♪ なりなりね、なりなりよ、なりなりなりなりなりなりね!
オペレーターたちも戸部典子の歌に大笑いしている。
これで一段落だ。あとは奥州探題・伊達光宗の到着を待つだけだ。
押っ取り刀で駆け付けた、いや、そのふりをした伊達光宗の艦隊は函館港に錨を降ろした。船からはぞくぞくと伊達兵が上陸し、港は賑わいを見せた。
伊達兵、千五百である。光宗は戦に巻き込まれた場合の最低限の人数を率いていたのだ。
松前勢、傭兵合わせて千、そこに伊達の千五百が加わると松前が優勢となる。アイヌ勢二千に加えると三千五百である。伊達がアイヌに加勢した場合、松前城は陥落する。
光宗は常に頭の中でそろばんを弾いているような男なのである。交易の時代を生きる大名にとって数学は必要不可欠な教養であり、光宗には数学の問題を解くという趣味があった。
伊達の軍団が函館を後にした直後、光宗は松前城陥落の報に接した。
「落ちたか。」
光宗は小さく呟いて、兵の進軍速度を緩めた。
「何もかも終わったところに奥州探題が現れるのじゃよ。」
光宗は真田幸昌が書いたシナリオが良く分かっているようだ。
* * * * *
城を取り囲んだアイヌ勢が道を空け、伊達の軍団が松前城に入場していく。
城内では、シャクシャインをはじめとするアイヌの族長たちと、真田の赤備え部隊が光宗を迎えた。
「伊達光宗公、ご到着なり!」
戸部典子の声は、晴れ晴れとしている。伊達光宗の采配を楽しみにしているのだ。まぁ、時代劇なら副将軍様が印籠を掲げるようなシーンだ。
「奥州探題・伊達光宗である。此度の騒乱を鎮めに参った。反乱の首謀者は名乗り出よ!」
シャクシャインが進み出て、片膝を折って平伏した。
アイヌの族長たちもみなシャクシャインに倣って片膝を折った。
「そちがシャクシャインか。此度の騒乱、不届きなれど、皇帝は寛大な処置をせよとの仰せじゃ。アイヌどもの武装を解き、奥州探題に従うならば目こぼしもあろう。シャクシャインとやら、予に従うか?」
「恐れ入りましてございます。」
シャクシャインは両膝を折って地面に頭をこすり付けた。
実は光宗は家臣からシャクシャインの話を聞いて、よく知っていたのだ。
アイヌの束ねになる人物であり、打てば響くような賢い男であると。伊達とアイヌの交易にとって大事な人物であり、シャクシャインを生かしておくことは伊達の利益につながると光宗は認識していた。
反乱や一揆の首謀者は死罪とするのが帝国の法律だが、ここは辺境であり四面四角に法律を適用する必要も無い。だから光宗は反乱や一揆と呼ばず、騒乱と呼んだのだ。
「真田はおるか?」
今度は真田幸村が進み出た。赤備えの鎧を着て髪を風に靡かせている。
「真田幸昌が三男、真田幸村にございます。」
ほう、これが跳ねっ返りの真田の三男坊なのかと光宗は思った。
「幸村、噂にたがわぬ男ぶりじゃ。じゃがのぅ、此度の騒乱においてアイヌに加担したのは何故じゃ。」
「はっ、松前高広殿の命をお守りするためにございます。この真田、アイヌの者どもとかねてより交易をしており、此度の騒乱で松前殿のお命が危ないと判断いたしました。アイヌに加勢するふりをして、松前殿のお命をお助け申した次第にございます。」
「さようか。松前殿はいずこに居られる?」
「炭蔵に座敷牢を設けまして、そこに匿っております。」
「座敷牢とな?」
「アイヌの者どもの中には松前殿に恨みを抱く者多く。お命、狙われるやもと思いましてございます。座敷牢ならば何者も近づけませぬゆえ、失礼を承知で入っていただき申した。」
「松前殿のアイヌへの非道は、この光宗も知るところじゃ。恨みを持つものがあろうとて不思議ではない。この騒乱の元は松前藩にありと見ておる。どうじゃ?」
「はっ、奥州探題様の慧眼、恐れ入って御座います。」
幸村は込み上げてくる笑いを抑ええながら答えた。まったくもって父・幸昌のシナリオどおりだったからだ。
「幸村、松前殿をここにお連れ申せ。」
幸村は部下に命じて座敷牢から松前高広を連れ出させた。
松前高広は両手をついて光宗に平伏した。
「松前殿、アイヌ風情に城を落とされるとは武門の名が泣いておりますぞ。此度の失態、上海の朝廷からきつく処分が言い渡されよう。この奥州探題にご同道いただき、皇帝に申し開きをなさるがよい。」
松前高広は顔を上げて光宗に反論した。
「奥州探題様、かような失態なれど、この松前高広、アイヌの者どもに負けたわけではございませぬ。船でございます。巨大な船が大砲を放ち、城を陥落させたのでございます。」
「船とな? そのような船、どこにも居らぬではないか。奥州探題をたばかるか!」
光宗の一喝に、高広はうなだれた。
このすさまじい破壊の後が真田の仕業であることを光宗は分かっていた。頭の中には鄭芝龍、鄭成功親子の名が浮かんでいた。
だが、松前藩の特許状が無くなれば、蝦夷地の交易は伊達と真田で分け合う事ができる。ここでも光宗のそろばんは健在なのだ。
「松前殿、これよりは、伊達の兵がお送り申す。異存はござらぬな。」
光宗は高広を睨みつけた。
「立ちませい!」
伊達の家臣に促された松前高広が立ち上がった瞬間、どこからか飛来した矢が松前高広の背中を貫いた。
それはシュムクルの族長オニビシが放った矢だった。
矢は心臓を射抜いており、高広は絶命して倒れた。
オニビシの顔が怒りで歪んでいる。オニビシは松前藩士に幼い孫を殺されていたのである。
弓を携えたまま、顔を蒼白にしたオニビシが唇をわなわなと震わせている。
何かを言おうとしているのだが、言葉はついに出てこなかった。
伊達の兵がオニビシを取り押さえ、光宗は即刻斬首を申し付けた。
振り下ろされる刀の下で、赤い鮮血が大地を染めた。
「これはマズいことになったなり。松前高広が死んでしまったなりよ。」
奥州探題・伊達光宗の責任が問われるな。
「そうなりよ。帝国は大名を潰して直轄支配するのが方針なり。伊達も潰される危険があるなり。」
想定外の事態だからな。ここで小手先の策は通じそうにない。
ここはどう切り抜けるかだ。
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